3美徳の不幸
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「うあぁぁあ……」
声が漏れた。あまり率先して他人に聞かせたいような声ではない。それにしてもこの目薬はよくしみる。炭の成分だか何だかが入っているらしいが、目の疲れに対して何がどう良いのかはわからない。とにかく眠気覚ましになるか、あるいは目の疲れを解ほぐしてくれるのなら、目薬なんて何でも良いのだ。
反射的に流れる涙を拭いつつ、目薬のしみた痛みが通り過ぎるのを、ベッドでのた打ち回って耐える。自室、やや乾燥した部屋だ。本が傷まないように、一年中湿度が高くなりすぎないように気を付けているからである。二メートルに届かないくらいの大きな本棚が一つと、自分の腰辺りまでしかない小さな本棚が複数。そのほとんどの棚板が本の重みに耐え軋んでいた。
城である。本と本棚でできた城。将来的には壁を全面本棚にしてしまって、最終的には本の重さで床が抜ける場面に遭遇したい。
中学校卒業までずっとAだった視力が最近落ち始めたのか、少し本を近づけないと文字を追えなくなってしまった。両目とも、ギリギリ視力Bを保ってはいるものの、下降傾向にある。できるだけ部屋を明るくして、意識して文字から目を離しているのだが、しかしやはり、長時間文字を目で追っていると疲れがやってくるのだ。もはや目薬は切っても切り離せない相棒のようなポジションに収まってしまっている。
目薬がしみた痛みが通り過ぎたので、自分は伏せていたマルキ・ド・サドの「美徳の不幸」を開くと、再び文字列を目で追い始めた。「美徳の不幸」は三種類あり、これはその一番古いものだ。当然その大幅加筆修正版「ジュスティーヌあるいは美徳の不幸」、および「新ジュスティーヌ」の二冊も買ってはあるが、読むならやはり刊行順だろう。
どこへ行っても「悪徳の栄え」が見つかりません……!