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28黒部の太陽

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 おかしいことがある。

 スカートが見えない。

 机の足の間から見える足は合計八本。見えるスカートの数は三。三人の爪先が向く先、つまりは三人に囲まれている二本の足の持ち主はスカートをはいていない。靴下や靴も脱がされてしまったのか、完全に素足である。机の天板に隠れているのは膝上十センチ程度。もしかしたら全部脱がされているのではないか?

 脳裏に篠目の泣き顔が浮かぶ。決して見たことは無いはずなのに、それは容易に思い浮かべることができた。

 少し困ったように俯きながら、しかしほとんど無表情のまま、きっと涙を流している。仮面のように張り付けられた無表情から染み出すように溢れる豊かな感情を、きっと、赤沢たちは知らないのだ。

 どうしよう、などとは今更思いもしなかった。

 結局本を読んだところで、死んだのだと自分に宣言したところで、沙前健次朗は、こういう人間なのだと。

 誰かが泣いていたら、困っていたら、それが百パーセント自分にとっての害になるとわかっていても、つい手を伸ばしてしまうような、そんな人間なのだと。


 今更、わかりきったことだった。


 人間、そんなすぐに変われるものか。生き様なんてものは一度染みついたら一生取れないものなのだ。捨てたと思っても、洗い流したと思っても、なおしたと思っても、しつこく付きまとってくるのがその人の「本質」だ。つまり自分の本質は、やっぱりこうだったのだ。最初から、変わることなく。それは真っ直ぐではなく、時に屈折したりする弱っちいものでしかないのかもしれなかったが、それでも。


 沙前健次朗の、正義は。

 自分の、篠目への気持ちは。

 今ここに、死ぬことなく、生きていた。


 立ち上がっていた。


 勢いよくドアを開ける。


「部長、入部届を出しに来ました!」


――――しかし、男が、男を賭けて男の仕事をやる以上は、不可能をも可能にするのほかない時があるのだった。(中略)じっと耐えていれば、自然に出口の判って来るものなのだが、だがまたその出口へは、身を捨てて、必死で走らねばならぬ瞬間もある。

 黒部の太陽


 この小説と出会ったのは小5の頃、祖父に黒部ダム土産でもらいました。小学生の読み物じゃねーぞこれ。お道具箱(ってまだあるんですかね)の中に卒業までずっと入れっぱなしで、中1の頭くらいにやっと読み終わった思い出。そんなわけですから、中身なんてほとんど覚えてないですけど、もっと自分が大人になったら読み直すつもりで、唯一常にベッドの枕元の手の届く距離に置いてある本です。

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