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27時計仕掛けのオレンジ

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 西館三階から渡り廊下を通って東館三階へ。東館の三階には社会科室と社会化準備室、それから生物室とその準備室がある。四階には生物と地学の教室が、二階には科学と物理の教室が、それぞれ準備室とセットで設置されていた。

 五階は誤解と設計ミスで間違って作られたのではという噂があるのだが、確かに五階はあってもなくても良いような部屋が置かれていた。西館側の階段から、園芸部室、倉庫、倉庫と並んで三つの教室がある。園芸部にでも入らなければ五階に上ることなど皆無といっても過言ではないだろう。この学校に十年間以上勤務している先生も何人かいるが、五階に上ったことがあるのは一人二人の域を出ないらしい。その一人二人は両方とも園芸部の顧問だ。

 ドグラ・マグラが置いてあった図書室である。「品揃え」は相当良いに違いない。ちょうど良いから「ハムレット」でも読んで居ようか。自分の性分に合わないので借りて読もうとは思わない。月曜日の昼休みと同じくたまたま赤沢たちの予定が重なる金曜日の放課後には、篠目は大体図書室に通って本を借りて帰り、月曜日までには返すらしいが、他人がどうであれ、自分は本を借りない。借りた本は自分の本棚に並ばないからだ。借りるくらいなら買い取る。だから図書館や図書室にはあまり行かない。行くとしたら、今回のようにどうしても時間を潰さなくてはならない時に、手元に本が無い時だけだ。

 そんなことを考えながら東館に到達し、階段を一階層分降りた時である。そんなことを考えていたからか、足を滑らせて鞄を放り出してしまった。慌てて手すりにつかまったから大事には至らなかったが、残り十段以上残る階段を転げ落ちていたらとぞっとする。誰かが水を溢したらしかった。階段の踊り場にそれぞれ設置されている水道の蛇口が濡れている。水の掛け合いでもしたのだろうか? 床に水たまりができていた。

 想像以上に飛んでいった鞄は二階の廊下に着地し、派手な音を立てた。マークシート用の6B鉛筆は確実に折れているだろうなあ、と嫌な気持ちになる。

 手すりを掴んで慎重に階段を下り、鞄を拾いに行く。

 水たまりは二階にもできていたようで、布でできていた鞄の底が水を滴らせていた。ハラショー(とても)最高の気分だ。こんなところに水溜りを作りやがったグルーピー(おろか)な人間は一体誰だ。間違ってもドルーグ(ともだち)にはなれそうにない。アントニイ・バージェス著、「時計仕掛けのオレンジ」に出てくるロシア語交じりのスラング、ナッドサット喋りは悪口に丁度良い。ヤーブル(こうがん)め、ボルシー(でかい)ヤーブロコ(こうがん)め。

 布でできた鞄は完全にぐっしょりで、教科書なんか鞄の中を見なくともやられていることがわかる。不幸中の幸いなのは「No.6」をフリーザーパックにいれて持ち歩いていたことだろうか。ある程度の防水防塵効果を見込めるし、実際、これだけほかの教科書類が水没してしまっていても「No.6」だけは無傷だろうという自信があったし、取り出して見てみても無傷であった。

 それにしても腹が立つ。ちょっと溢したとか、そんなレベルの水溜りではない。盛大に水を撒かなければ、こうも廊下がびしょびしょに濡れてしまうこともないだろうに。よく見ると化学室のドアやガラス、廊下の天井なんかにまで水滴がついている。えらい豪気な奴がここで水浴びでもしたのか? だとしたらそいつはビズムニー(あたまにきた)シュート(ばか)だ。二階と三階の中間の踊り場にある手洗い場の蛇口の一つに緑のホースがはめられているが、あれで水でも撒いたのだろう。誰が、何のために、である。

 しかしここで悪態ついても鞄が乾くわけではないので、とりあえず鞄から中身をすべて取り出し、リノリウムの床に置こうとして――しかし、一面濡れていることを思い出してやめた。ちょうどここに化学室があるのだから、その机の上にでも並べさせてもらおう。去年は化学を受けていたから、化学室の階段に近い方、後ろのドアの鍵が壊れていることはほとんどすべての生徒が知っていた。


「――――アハハハっ!」


 ドアに手をかけた時である。中から笑い声が聞こえてきた。なんだ? 先客がいるのか? もしかしたら廊下水浸しの犯人かもしれないが、すりガラスとなっている化学室の窓からだと中を見ることは叶わない。

 もし水浸し事件の犯人なら一言言ってやりたい。もう遅いかもしれないと思ったが、ドアのガラスに影が落ちないよう、身を伏せてドアの隙間から中の様子を伺う。手前にある机が邪魔で中の様子は全く見えないが、机の脚の間から八本の足が見えた。四人いる。ローファーを履いているから女生徒か。

 中学校時代の嫌な思い出が蘇り、体が硬直してしまった。たいして見えるわけではないが、中の光景に釘付けになる。目を逸らすことも、耳をふさぐこともできそうになかった。脂汗が吹き出し、目尻の真横を流れて顎の先から滴った。

 中学校の時と同じように。中には、芳賀山がいた。声でわかる。やや低めの「耳障り」な声を聞き間違えようはずもない。ということは一緒にいて馬鹿みたいな笑い声を撒き散らしているのは山根だろう。あいつは頭の軽い女だ。あとの二人だって、わざわざ特筆すべきもない。きっと目と同じ色の血が流れている女、赤沢が一人目。名前に赤がつくのに、彼女に流れる血はきっと赤くは無いのだろう――

 そして最後の一人はもちろん、当たり前のように、当然が如く、篠目千日紅その人であった。

 時計仕掛けのオレンジ


 洋書は教育に悪い奴ほど面白いですよねってことで、アントニィ・バージェス氏の時計仕掛けのオレンジ。主人公が一人だったり仲間とつるんだりで殺し盗み犯し押し込み、悪いことは全部やっとくか、ってな豪気な作品。主人公が逮捕されてからの話もすごく気持ち悪い(※褒めてます)のでオススメです。

 どうやら映画もあるみたいですね。

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