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その日はとても穏やかな日であった。
七月であるから日差しは強く差せど、湿気がほとんどなく、からっとした気持ちの良い暑さなのだ。
空には雲一つなく、突き抜けるような青空が広がっている。遠くの山々の稜線がくっきりと見え、プールの水は冷たく澄んでいた。
水泳の授業である。図書室の場所から大体のあたりをつけ発見した、文芸部室の窓がプールサイドからよく見えた。クリーム色のカーテンがしっかりと隙間なく閉じられ、中の様子は全く見てとることはできない。しかし、どの本棚にどんな本が並んでいるかは大体覚えていて、それらについて篠目が語ったこともそのほとんどを脳内に残していた。自分の家のように、中に何があるかを思い出すことができる。自分の部屋のように、エピソードがつまっている。最後に篠目と昼を共にした後、自分はずっと考え続けていた。篠目を助けたいという気持ちが本物なのかどうかを、だ。篠目のために死ねるか? どうだろう。わからない。
考えて考えて考えた末、しかし結局、答えは出ないでいた。
思考は煮詰まってしまって、考えは同じところを堂々廻り。自分が何をしたいのかさえ分からなくなってしまっていた。
「俺はどうすればいいんだと思う?」
「えっ何が?」
体育は二クラス合同で行われる。自分のクラスは、ムラマサの所属するクラスと同じであった。ちなみに火曜と金曜、週二回あるうちの火曜日が女子の水泳、金曜日が男子の水泳となっている。今頃篠目たちは体育館でバレーボールでもしているのではないだろうか。
水泳は、初回の授業なので適当である。六レーンある二五メートルプールの全面を開放して、まず水に慣れろと体育の先生は言い、そしてその五分後に東館に近い方から四レーンを自由に泳ぐためのコースにし、残りの二レーンを自由に遊ぶためのコースにした。うちのクラスは他よりどういった計算か水泳が三コマも多いらしく、正直することが無いらしい。だからあまり水泳が得意ではないムラマサと、実は幼稚園に入る前から中三の十二月まで水泳を習っていて、逆に今更泳ぐこともない自分は、自由に遊べるコースの隅の方で、肩まで水につかって涼を堪能しているわけであった。
「俺こそ水泳のテストどうしたらいいか聞きてーよ」
「距離を泳げ。とりあえず距離をこなせ。反復練習だ」
「まず水中で呼吸ができないんだけど、どうしたらいい?」
「そもそも水中で呼吸できるわけがないだろう。苦しくなったら顔を挙げろ。手で水を掻け」
「理屈じゃないんだよなあ……」
言ってムラマサは、水中に沈んだ。水に顔が沈められたら上出来だろう。最悪無呼吸でも二五メートルくらいなら泳げるのである。
「で?」
「あ?」
水中から顔を出したムラマサが、文字通り顔だけ、鼻と口とゴーグルの先だけを水面から出したムラマサが、その面白い顔のままでこちらに声を掛けたので、おもわずガラの悪い声が出てしまった。いまどきヤンキーでももう少しマシなお返事ができるというものである。
「いや、なんか言いかけただろ。俺はどうすればいいんだと思う――って」
「いや、うん。それなんだけどな、ちょっとここで話すにはいかない内容だから――そうだな、今日、バスケ部は何時に終わるんだ?」
「六時半くらいかな? 待っててくれるのなら、帰りにどっか寄るか」




