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24僕たちは監視されている

 この時期にインフルエンザってそりゃねーべよ

 24



 その翌週も、その翌々週も、月曜日の昼休みは文芸部の部室で過ごした。七月に入り、期末テストが終わった二周目の月曜日。今学期最後の七限授業の日、すなわちここで篠目とともにする昼食がいったん終わりとなる今日この日、篠目の様子は普段とは違っていた。

 ちなみにテストだと出席番号順になるので、彼女のもとに回る予定のテスト用紙が止められることは無かった。そのおかげで出席番号順に席順が変わるテスト期間は極めて平和である。赤沢だと出席番号が早すぎるし、芳賀山と山根は篠目よりも後ろなのだ。


『今日で最後ですね、昼休み、一緒にお昼ご飯を食べるのは。』

「……そうだな」

『一学期は今日で昼休みがある日は終わってしまいますからね。』

「……そう、だな」

『ちなみにわたしは夏休みの間、この部屋に通おうと思っています。』

「それは宿題が捗りそうだ」

『……ご一緒にいかがです?』


 赤沢たちのいじめはなくならない。でも、既に、ついに、やっと、ようやくとうとう、自分は、いじめを傍観することをやめようと考えていた。

 話してみれば、篠目は相当に面白い奴である。


「世の中には二種類の異性がいて、仲良くなったときに親友になれる奴と、恋人になれる奴に分類できると思うんだけれど。お前は前者だな。良い友達になれそうな気がする」

『……そ、れは光栄です。ありがとうございます。でも、そういうのはわたしが沙前さんのことを好きではないことを確認してから言わなければだめですよ。』

「もしかして『みなみけ』?」

『すいませんその漫画のことはよくわからないです。漫画であることは知っているのですが。』


 まあとにかくである。毎週月曜日の昼休み、こうして自分と同じレベルで本についての造詣が深く、本について語り合えるいわゆる「同志」が得られたことに対し、自分は篠目に対しての考えを改めざるを得なくなったというわけだ。烏滸がましくも自分の力ではいじめをやめさせることができるとは思えないが、それでも動いてみようとは思う。中学校時代のトラウマが蘇るが、それは気合でどうにかする。必要とあれば芳賀山を殴ってでも、過去のトラウマに打ち勝ってみせる。その程度の覚悟はあった。

 それくらい、篠目は「良い奴」だったのだ。


『あ、そうだ、これ、文芸部の入部届なんですけど、いかがですか?』


 本当に良いタイミングだな、と思わず笑ってしまった。不思議そうな表情を浮かべる彼女に、自分の中での考えがまとまったのとほとんど同じタイミングだったから、と説明する。当たり前だがそれだけで通じるわけもなく、彼女の頭上に浮かぶ疑問符は消えてくれそうになかった。変化と言えば、ずっと無表情か怯えたような表情を怯えていた彼女が、だんだんこうしてごくわずかながらも色々な表情を見せてくれるようになったこともそうだった。もしかしたら篠目は元から表情を変化させていたのに自分が気づけなかっただけで、それがだんだんと気付けるようになっていっただけなのかもしれないが。

 文芸部への入部……この期に及んでなお、我が身の保身を考えている自分に気付いた。いくら決意したところで、しかしそれを実行できるかと言われれば怪しいところである。文芸部に入部するということは、篠目と同じコミュニティに所属するということである。入部すると即答できない自分は慎重なのか、はたまたエゴイストなのか。後者だ。はっきりわかっているし、断言もできる。後者だ。やっぱり自分は、まだ、篠目を助けたいと思う気持ちはあれど、思うだけで、それを実行に移すだけの勇気が無いのである。いじめをやめさせようとして出した両手に残る「火傷の跡」が、自分の足を鈍くさせていた。比喩であって実際に火傷したわけではないが、過去の芳賀山へのいじめに関する一連の出来事は完全に自分の足枷となっていた。トラウマでできた檻が自分を閉じ込めていた。


『あの、受け取るだけでも良いので、どうかこの入部届、持って帰っていただけませんか。今なら三食昼寝もついてきます。』

「三食までつくの⁉」

『すいませんやっぱり無理です。昼寝くらいなら好きにできますよ、わたしはその……火曜日から金曜日は、ここには来れません、から。』


 自分の気持ちをはっきりさせてから、入部するかどうかは考えたい。そう思ったのだが、入部届はしっかりと渡されてしまった。とりあえず四つ折りにしてズボンのポケットにしまう。

 そんな笑顔は見たくなかった。

 初めて見た笑顔が、そんな笑顔だなんて、認めたくなかった。

 火曜日から金曜日はここには来れない……そう書いたページを見せた時に、彼女の顔に初めて浮かんだ笑顔には、悲壮が隠れていた。

 部屋の片づけがあるからと、いつも自分を先に教室に帰らせる篠目を置いて何事もなかったかのように教室に帰り、椅子に腰を下ろしたとき、文芸部の入部届は、くしゃりと音を立てた。


――――今しなければいけないことは?

――――ない。でも、したくてたまらないことは……ある!


 僕たちは監視されている

 とりあえず根気よく最後まで読んだ時の爆発力はあります。ええ、まあ面白かったです。

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