21マルドゥック・スクランブル
Qどうして投稿が空いたのか?
A忘れていたからです。
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結局、意外にも強引な彼女に押し切られる形で、文芸部の部室であるという東館一階、図書室の隣にある司書室兼文芸部室というプレートのかかった部屋までやってきた。司書室とは名ばかりで、実際はほとんど文芸部だけのものらしい。
「こんなところにドアがあったんだな」
図書室の貸し出しカウンターの奥にある本棚のさらにその陰になるところにドアはついていた。貸し出しカウンターの中に入らないと絶対にドアは見えないような場所に本棚は置かれている。もしかしたらわざとそうしているのかもしれなかった。
『文芸部員しか入れないのです。』
篠目のその言葉(文字)にへえ、と相槌を打ってから、物珍しそうに――いや、実際物珍しい文芸部の部室の中を見渡した。壁の三方とも本がぎっしり詰まった本棚に覆われている。唯一一面だけ、ドアの正面、大きめの窓がついた壁の面だけ本棚が置いておらず、小さな電気ケトルとコーヒーカップが載った棚が置いてあった。ドアのある方の壁は驚くことにドアの上にまで本棚が設置されてある。
「高いところの本はどうやってとるんだ」
言うと、篠目は部屋の隅を指さした。一メートルくらいの脚立が畳まれた状態で置いてある。なるほど。
『ここはわたしのお城です。』
部屋の中央に置かれた円卓に弁当の包みを置き、篠目はノートを広げて自分を呼んだ。
『座ってください。食べましょう。』
なんとも自由な、と思った。
しかし昼休みはいくら長いといえど当然無限にあるわけでもなく、篠目について行く行かないの押し問答で十分程度消費してしまっているので、あと三、四〇分程度しか昼休みは残っていない。篠目の反対側の椅子に腰を下ろし、弁当の包みを解いた。
『この場所は赤沢さんたちも知りません。文芸部員は今はわたしだけですから、下手をすればこの学校の生徒の中で唯一この場所を知っているのもわたしだけかもしれません。』
サンドイッチを右手に持ち、それを頬張りながら文字を書く篠目。今気づいたが左利きらしい。篠目は会話するのに口を開く必要は無いので良いかもしれないが、自分はそういうわけにもいかないので、口の中のものをしっかりと飲み込んでから口を開いた。
「そんな場所を俺に教えてしまっても良かったのか?」
突き放すような、そんなニュアンスを含んでの発言だった。自分はもうお前とは関わる気はないぞと、言外に含ませた言葉である。しかし篠目が書いて見せたのは、そんな言外のニュアンスなんて一切無視したどころか、質問に質問で返すという、こちらの言ったことなんて全然聞く気はないというような返事であった。
『沙前さん、本、好きですよね?』
質問の意味を測りかね、言葉に詰まる。どういう意味だ?
彼女はノートを自分の方に引き寄せると、再びペンを走らせた。本、好きですよね? の下に文字が追加されてゆく。
『いつも本を読んでいます。ドグラ・マグラの表紙を見ても引いた様子はありませんでしたし、もしかして読んだことがあるのでは? と思って声をおかけしました。あと、天地明察はわたしも好きです。』
本は好き……なのだろうか。改めて問われるとそうだと答えていいものか迷ってしまう。つらい現実から逃避するために漫画に没頭したのがスタートだったような気がする。そしてある面白いと思った漫画に原作の小説があるのを知り、それに手を出してからは小説にもはまり、といった風にどんどん興味の幅を広げて言った結果、最終的に分厚い海外小説でも図鑑でも絵本でもライトノベルでも漫画でもノンフィクションでも映画原案でもSFでもファンタジーでもなんでも読むようになってしまった。
「まあ、好きだな」
『読まないのはもしかして空気だけなんじゃないですか?』
「それ、俺が物語シリーズを読んでなかったらただの悪口だからな……?」
『やはり読んでいらっしゃいましたか。ありますよ、この部屋にも』
篠目の指した指の先を見ると、確かにドアの近くの本棚に西尾維新の物語シリーズが全巻並んでいた。
『わたしは西尾維新先生関連だと「少女不十分」も読んだのですが、ほかになにかおすすめとかがあれば教えてほしいです。』
少女不十分は自分も読んだ。あれは西尾維新作品を読んでいれば読んでいるほど、ラストでテンションの上がる作品である。
おすすめと言われても、自分も西尾維新の本は物語シリーズと少女不十分くらいしか読んだことが無いし……いや。
「めだかボックスが面白かった」
『漫画ですよね?』
「漫画は読書に入らない派閥の人か? 篠目は。まあめだかボックスは小説版もあるけど」
『違います。本である以上、漫画を読むことも立派な読書だと思います。たとえば冲方丁先生のマルドゥック・スクランブルとかをわたしはよく読んでいます。』
「マルドゥック・スクランブル」は確かに傑作だ。漫画版は絵も綺麗で読みやすく、小説にはない魅力がある。
マルドゥック・スクランブルとばいばい、アースは読むべき。




