13引用なし
暇でした(多分)
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彼やその親友、そして芳賀山、虐めの主謀グループがいた中学校は、二年生の十月、中間考査が終わった一週間後にバスで一時間ほど行ったところにある繁華街へ行くことになっていた。
中華系移民やその子孫たちが経営する店が立ち並ぶ雑多な狭い路地を、決められたルートに沿って歩いていくという工程だ。キムチやホットックなどを売り出している店々を眺めながら、時に試食に舌鼓を打ち、時に五百円だけ許されている買い物をしたりしつつ、目的地を目指す。
一班三人から六人程度であり、芳賀山は例によっていじめグループに所属していた。低い鼻、少し広い肩幅。決して整っているとは言えないが、愛嬌があるとは形容できなくもない容姿。笑えばだまされる男だっているかもしれない。そんな彼女が笑うことはない。少なくとも同じ学校の生徒といるときに笑みが浮かぶことはない。
男女混合班不可であったため――彼は、芳賀山をいじめグループから引きはがすことができなかったのだ。正確には、いじめグループが迅速すぎたために、対策を練ることすらできなかったのだ、か。グループを決める紙が配られた二分後に、既に芳賀山たちの名前が書かれたメンバー表が提出されてしまっていたのだ。
だが、同じ班でないから共に行動してはならないというルールも無い。それに、ルートも同じである。ずっと近くにいれば特に問題が起こることもないだろう――彼はそう考えた。この時点ですでに、彼の目的は、いじめをやめさせるではなくいじめを防ぐことに変わってしまっていたが、その時の彼はそのことには気付いていなかった。
異文化理解コースのスタートからゴールまでは、平均三時間くらいで歩ききることができる。芳賀山のことを気にかけながらも、最初の一時間くらいは彼も異文化との遭遇を楽しんでいた。明太子のキムチがある――とか、黒砂糖のホットックが美味しい――とか。
いじめのグループが動いたのは、開始から一時間と二〇分後。スルメイカのキムチが売ってある店を曲がった時だった。
すぐ前を歩いていたはずの芳賀山たちの姿が消えていた。
彼の親友は彼に対して全幅の信頼を置いており、良き理解者とも言える人物であったので、彼の咄嗟の行動にも特に異論を唱えなかった。
横に伸びる薄暗い路地の奥に消える芳賀山たちの後姿を見つけ、彼はその路地に飛び込んだ。
「三〇分して連絡がなければ先生に言ってくれ!」
一瞬見失いかけたものの、偶然にも直感で曲がった角で芳賀山たちを見つけることに成功し、そして彼女たちがタチの悪い輩に絡まれているのを発見した。角に姿を隠し、その様子を確認する。
モメているようではなさそうだ。どうやら彼女たちを囲む二人の男は、彼女たちのうちの誰かの知り合いであるらしい。借りてきた猫以上に大人しい芳賀山が、まさか無抵抗以外の選択をするはずもなく、それならそもそもモメようはずもなかった。
二言三言言葉を交わした後、グループの一人が芳賀山を突き飛ばし、男の一人が彼女の腕を掴んだ。連れ去られる! 陰から見ていた彼は、後先考えずに飛び出し、静止の声を張り上げた。
「おい、見られたぞ」「どうする」
顔を見合わせ、グルーピーに問う男達。体格差をざっと比較し、先手必勝でいくべきだと判断。ほとんど棒立ちに突っ立っている男たちの片方に飛び蹴りをかまし、着地する。
「一人くらい、痛い目見せれば大人しくなるっしょ」「やっちゃえ」
飛び蹴りをかましたはずの男に首を絞められ、足が空気を蹴った。こちらの蹴りがまるで効いていない。向こうはどう見積もっても酒が飲める年、たいしてこちらは中学生だ。
両腕を首と男の腕の間に入れ、気道の確保に躍起になっているうちに、鳩尾に入るもう一人のパンチ。衝撃に体がくの字に折れ、弱まる両腕の抵抗、首を絞める力が強くなる。
背後にいる男が耳元に口を寄せ、囁くように言った。
「お前が○○(その場にいた女の名前を呼んだが、もう覚えていない)が話してた、いけすかないっていう同じクラスの奴だろ」
返事を返せない「彼」の代わりに、答えたのはグループの女子である。
「○○と○○(男たちの名前だろう、覚えられなかった)は○○ってゆうグループ(やはり覚えられなかった)のメンバーだからぁ、喧嘩とかもめちゃくちゃ強いわけ」
「沙前なんかが勝てるわけないじゃん」
「ダッサーイ」
酸素が足りなくなって頭に靄がかかったようになったとき、彼を――自分のことを羽交い絞めにしていた男を殴り飛ばした奴がいた。彼の親友こと――ムラマサである。
死角からの不意打ちに対応できなかったのだろう、首を拘束していた腕の力が緩む。朦朧としている意識を無理矢理覚醒させ、真後ろの男の顎に後頭部をぶつける。全力の頭突きだ。目の奥で火花が散るが歯を食いしばって耐え、拘束から逃れる。
「三〇分経っても連絡が無かったから、探しに来た」
首を絞められていた影響ですぐには返事ができそうにないので、視線だけで感謝を伝える。咳き込むのを我慢して、もう一人の男を視線で牽制。自分の首を絞めていた男は顎を抑えて呻いているようだ。
その時である。
「――平江先生、こっちです!」
路地の奥から声が響いた。同じ班のメンバーの声だ。先生を呼んできてくれたらしい。
「おい……逃げた方が良いんじゃないのか?」
顎をやられた方じゃない男が言う。顎の男はそれに頷きだけを返し、自分たちには何語か言い残した後、背中を向けた。
引用なしが続いて面白くないです。回想だからぶち込めねえ。




