11わたしにもできる銀行強盗
大学の入学式でした(多分)
11
中学校時代、ムラマサとはずっと同じクラスであった。
自分はまだ今より闊達であり、持っている本なんて三冊くらい、年間読書数なんて驚くことに片手の指に収まる程度でしかなかった。しかもその五冊、何を読んだのかすら覚えていない。髪も今より短かったし、正直タイムマシンで今の時代の自分が過去の自分の前に現れたら、本人であることを認められないに違いない。
「わたしにもできる銀行強盗」のミセスワイルドのように、「めだかボックス」の黒神めだかのように、みんなから愛されている人気者であった……なんて言って、今のクラスメイトの何人が信じるだろうか。自分を抜いた四一人に聞いても恐らく〇人に違いない。いや、自分をいれた四二人に聞いても結果は変わらないのだ。かつて自分がどうであったのかなど、思い出したくもない。
二年生の時だ。
ムラマサとは当然のように同じクラスであり、そして芳賀山とも同じクラスであった。芳賀山ちえり――「忘れようはずもない」、彼女の名前だ。そして、自分が最も嫌う人間の名前の一つでもある。
芳賀山ちえりは、今とは違い、いじめる側ではなくいじめられる側にいた。
「ちえり不細工」が変化した「エラ不細工」というあだ名で呼ばれ、給食には異物をいれられ、班を作れば当然のようにハブにされて、下足や体操服を隠されるのは日常茶飯事、もちろん「回ってきたプリントを止められたり」もしていた。
どうして彼女がいじめられていたのか、理由なんて今となってはもうわからないことだが、とにかく彼女はいじめられていたのだ。
いじめは中学一年生のころから続いており、二年生に進級するときにいじめの主犯格ともいえる女子二人と再び同じクラスになり、そしてそのいじめグループに今年から同じクラスになったもう一人が参加。合計で三人となった女子たちの「エラ不細工」へのいじめは、四月のうちはまだ可愛いものだったが、五月に入るころになると段々目に余るものが増え始めた。びしょ濡れの体操服で授業を受けているだとか、上履きで下校しているだとか、給食が床に配膳されるだとか、ほかにも色々。
それに対して、クラスメイトの対応は「無視」であった。あるいは無関心。関わりたくない、助けはしないけど自分からいじめに関わりもしない。あくまで無関心、そんなスタンス。なるほど社会の縮図のような正しすぎる対応だ。中学の先生たちは泣いて喜ぶに違いない。自分たちが作りたかった「正しい人間」が正しく生産されているのだと。
しかし、そのクラスには正しくない人間が一人いたのだ。正しい人間ではない、面倒事に率先して首を突っ込みたがる奴が。困っている人がいたら助けずにはいられないという困った性分の奴が。
一人、たまたま、同じクラスにいたのだ。
まずそいつは、芳賀山ちえりに声を掛けた。どうしたの、大丈夫?
まさしく正しい人間であった彼の親友は、そんな彼の「蛮行」を止めようとしたが、自分が誰よりも正しいことを知っていた彼はそんなことでは止まらなかった。
芳賀山ちえりの給食に髪の毛や消し屑なんかの異物が混入されかけているとき、その現場を抑えてやめさせ、隠された下足を校内駆け回って見つけ、びしょ濡れの体操服で授業を受ける彼女のために自分の体操服とジャージを快く貸し与えた。
芳賀山へのフォローに邁進する傍ら、彼はいじめっ子へのアプローチも欠かさない。いじめを邪魔され続け、とうとう怒り狂ったいじめっ子三人に体育館裏へ呼び出されたとき、どうして芳賀山へのいじめを邪魔するのかと問うた彼女たちに対し、
「質問に質問を返すようで悪いけど、逆にどうして君たちは芳賀山さんをいじめるの? 何が気に入らないの?」
と答えた。
彼女たちはそれに対し、なんの返事も返さなかった、いや、返せなかったが――そのあくる日から、芳賀山へのいじめは陰湿さを増した。
そして、三人から彼への対応も変わった。無視。完全な無視。彼がまるでそこに存在しないかのように振る舞う。彼はそのことに対し心を痛めたが、彼女たちは聞く耳を持たなかった。
そうして芳賀山へのいじめはどんどんエスカレートしていき、手口もだんだんと手の込んだものへと変わっていく。まず、いじめが行われるのが彼の防ぎようがない場所へと変わった。女子トイレ、女子更衣室。芳賀山の自宅。芳賀山が不登校にならなかったのは彼女たち三人が芳賀山の両親が共働きであることと、芳賀山家の住所を知っていたからであった。家に引きこもっても、三人は家までやってくる。家だと完全に人の目がないから、学校よりもひどいことをされる。それならまだ学校に来た方がマシだ――
彼はとにかく、そういうことが嫌いだった。今思えば明らかに幼稚だ。小学校一年生のようにヒロイズムを振りかざし、正義は存在するのだと信じ込んでいた。そのせいでクラスでも少し浮きかけていた彼がいじめの標的にされなかったのは、ひとえに彼の親友のおかげであったが、それはさておき。
ある日、部活が終わった後、教室へ忘れ物を取りに行った彼は理科室で彼女たちに囲まれる芳賀山を発見する。
入り口のガラス越しに彼女たちの様子を見ると、スポイトで何かの液体を吸い取り、芳賀山の頭に垂らしているようだった。彼の脳裏を「酸ではないか」という衝撃が駆ける。それは洒落にならないぞ、と、彼は思い切り理科室のドアを開けた。
「おい、何をしてるんだ!」
彼の突然の来訪は、何より彼女たち三人の想定外であったらしく、彼が彼女たちの机の近くになにやら溶けかけの布と液体が入ったビーカーが置いてあることに気付くよりも先に、彼女のうちの一人がそれを足にこぼしてしまった。
その時の光景は凄惨の一言に尽きる。
後で知ったことだが、そのビーカーには理科室の戸棚から勝手にくすねた塩酸が満たされており、中にはその時芳賀山が穿いていた下着が浸けられていた。そして別のビーカーに満たされた塩酸をピペットで吸い取り、少量ずつ芳賀山の足の爪や襟足など、目立たないところに数滴ずつ垂らして遊んでいたらしい。
そして、変な言い方だが、芳賀山に垂らすために薄めておいた塩酸ではなく、芳賀山の下着を完全に溶かしてしまうためにたいして薄めもせずに置いておいた濃塩酸が足にかかった三人のうちの一人は――
このことは事件になり、新聞でも取り上げられた。
私にもできる銀行強盗は、ハメられて借金を背負ったおばあちゃんがプラスチックのおもちゃナイフで銀行強盗する話です。あいやまさしく亀の甲より年の功、銀行強盗はすんなり成功。二巻が出てるらしいですけど、なにぶん洋書なもんで、日本で出るかどうかはわかりませんね。




