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桜風記  作者: 由唯
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木曽の館 2




 通された一室は、それこそ時代劇にでも出てきそうな、何畳あるのかもわからない大広間だった。しかも、天井がとても高い。


 片側が外に面しているらしく、最奥の上座近くだけ、扉ひとつ分開け放されて外気の冷たさと明かりを入れている。


 その上座に、作務衣姿の老人がいた。片膝立てた細身の、どこか飄々とした印象の小柄な老人。巽老人とは一線を画した、くだけた姿勢の人物だった。その人物を筆頭に、室内には八人の男性がいた。


 上座の老人から左手に五人、右手に二人。五人の内、一番下座にいたのが薙刀の僧兵だ。そして外に面した障子を背景に座っていた二人が、あの夜に見た熊みたいな男の人と、シュウだった。


 剣技の道着のようなものを身に付けた彼の視線と合って、美桜もちょっとホッとした。トコトコと先導していくタマにつられて室内を進み、タマが止まったそこで美桜も膝を折った。


 室内の男性陣、すべての目が向けられているのは、正直とても怖い。それでもどうにか、手をついて言葉を口にした。


「木曽のお館様。お初にお目にかかります。高城美桜と申します。この度は様々にご尽力いただき、また、過分なご配慮、痛み入ります。……ありがとう、ございました」


 タマから教わった通りの言葉で頭を下げると、カッカと枯れた笑い声が出た。


「そんな下座にいるな。もっとこちらに来よ。刺国若比売命」


 ギクリ、と美桜の身体はどうしても強張ってしまう。知られているとは思っていた。自分でも、それだけのことをした自覚はある。

 クク、と喉の奥で笑った老人が改めて名乗りを上げた。


「オレは木曽の本条家当主、本条胤興玄雲斎という。玄のジジイと呼ばれておる。美桜さん。オレのことは玄のおじいさまでいいぞ」

「…………」


 は? と声にしそうになってこらえた。現にタマが目の前で、どいつもこいつも、と嫌そうにつぶやいている。横手の僧侶がそれをあからさまに言葉にした。


「色ボケしてんじゃねえよ、クソジジイ」


 とたん、彼に向かって脇息が真っすぐに向かった。彼の顔面にぶつかる勢いで。それを危うく防いだ彼が片膝立てて乗り出し、怒気を荒げる。


「何しやがる、このクソジジイ!」

「うっせえわ。もともと、おまえみたいなヒヨッコは呼んどらん。黙っとれ」


 ジジイ! とさらに怒気が上がるそこに、静かな息が流れた。それは低く、場を改める圧力で。言葉は薙刀の僧兵へ向けられる。


「静まれ、六郎」と。


 渋々、立てた膝を収める彼の横にいたのは、包帯の跡があらわな短髪の僧侶だった。剃髪ではなく、シュウみたいな短髪に涼やかな目元。少し垂れ目がちで、感情の色は見えなかったが、ひどく魅惑的な──人を惹き付けてやまない、蠱惑的な色気さえ感じさせる人だった。


 男性らしく引き締まった顔立ちなのに、美しい、という言葉が似合う。彼が何かしたわけでもない。視線をだれに上げたわけでもない。でも、眸を向けられたら、きっとダメだと思っても溺れてしまう──そんな魔性の魅力。


 うわ……と、美桜はこんな場なのに人知れず納得した。これは出家の道に行くしかなかったかも、と。都会にいたら、まず間違いなく、夜の街の帝王になっていそうだ。


 しかし、怪我の跡がいやに多い。聖魔は怪我をしにくいと言っていたのに、と他の人を見ても、彼ほど怪我をしている者は他にいなかった。



 脇息を返せ、六郎、と玄老が口にして、薙刀の僧兵がてめーが投げたんだろうが! とやはり怒りもあらわにそれを投げ返す。どうやら、ずいぶんとくだけた一族のようだ。


 脇息に片肘置いて、玄老は、さて、と仕切り直す。


「聖魔に甦りに等しい力を分け与える、刺国若比売命。その力、しかと目にさせてもらった」


 ドキリと、やはり美桜は胸を突かれた。


 もうダメだと見離されたシュウを、美桜は精気を分け与え続けて怪我を治した。それが甦りと言われるなら、そうなのだろう。しかしそれは何か、最終宣告のように響いた。


 今までその名を言われても、美桜自身、あまりピンと来ていなかった。でも、美桜は確かに自分でそれを行った。そして、白祢だけではなく、他の家の者にも知られたという事実。


 不安だけがつのった時、フッと、ただよう緊張が切れた。目を上げると、美桜のすぐ近くで座り直すシュウがいた。彼は別段、なにを口にするでもなかった。ただ、立ち位置を変えた。熊のような人の横から、美桜の斜め前に。──彼女を守るように。


 ホッと、それに安堵が染み渡って、美桜も姿勢を正した。シュウとタマだけは絶対、そばにいてくれると無条件の信頼で。

 ふん、とそれに上座の老人が鼻を鳴らした。


「刺国若比売命の下僕に鷹衛の迅の使い魔か。なるほど。守りは堅いと見える」


 お館様、とそれに異を唱えたのが、五人の内の一人、体格のよい年配の僧侶だ。


「どこが堅いと言うのですか。穴だらけだ。巽家の援護も遅すぎた。本条家の──宗興さまの救助がなければ、どうなっていたか」


 左様、とまた一人が続く。こちらは僧侶服の中でただ一人、ピンと張ったスーツ姿の男性だ。しかし、発する言葉は何も変わらない。


「巽家の守りでは心もとない。刺国若比売命は当家に移して我らで守り参らせるべきだ」


 それに、と五十代ぐらいの男性は少し怖いぐらいの目付きで美桜を見やった。


「宗興さまのあの力。あれは刺国若比売命の加護だろう。宗興さまだけに分け与えるのは、不公平というものではないか」


 美桜はなんとなく、シュウの後ろに隠れがちになった。賢兼(ともかね)、と薙刀の僧兵からは咎めるような声が出る。

 ふん、と玄老はどこか面白そうに顎をなでている。


「閻鬼が現れたそうだな。聞けば、美桜さんは初めから奴に付け狙われているとか。鬼沙羅に続いて閻鬼まで当家ひとつで請け負うのは、ちと荷が重いわな」


 ジジイ、とやはり声を上げたのは六郎と呼ばれた僧兵だった。


「刺国若比売命が鬼沙羅に狙われることになったのは、うちの責任だろ。そのお姫さんをうちで守るのが、兄者を救ってもらった恩返しでもあり、筋でもあるんじゃねえのか」


 美桜はただ、困惑に目をしばたたかせた。自身の話が出るとは思っていた。でも、あくまでそれは起こった出来事にであって、お世話になったお礼とお暇を告げるのが目的であったのだが。


 困り顔の美桜を見たのか、玄老はカカと笑った。順繰りに話さんとわからんわな、と。


「刺国若比売命──いや、高城美桜さん。まずは礼を言おう。当家の聖魔、宗興の命を助けてもらったことに、本条家当主として感謝と礼を述べる。心より、御礼申し上げる」


 あぐらをかいた両膝に手を置き、頭を下げられて、美桜はビックリした。さらに、当主が頭を下げると五人の男たちも姿勢を改めて美桜に対して向きを変え、頭を下げてくる。別の意味で美桜は逃げ出したくなった。


「あの……いえ」


 とにかくみんな、頭を上げて、といたたまれない。


 その中で、魔性の僧侶がお館様、と発言の許可を求めた。うなずく玄老に会釈して皆より少し前に出、彼は美桜を真っすぐに見てきた。言葉は静かに、だが揺るぎない強さで紡がれる。


「高城美桜どの。私は本条家に席を置く、上松貴之進宗興という。先日は大変、失礼をした。改めて、礼を述べさせていただきたい。突然の申し出だったにも厭わず、我が身の呪いを払拭し、さらに過大なる加護を与えてくれたこと、深く感謝する。あつかましい申し出ではあるが、ひとつ聞き入れてはもらえまいか」


 立て続けの言葉に瞬くばかりの美桜に、僧侶の眸は怖いぐらい真剣だった。


「私を、あなたの下僕にしていただきたい」

「兄者……!?」


 宗興さま、と他からも声が上がる。はい……? と美桜はさらに身を引いていた。さらにシュウの後ろに隠れがちになる。


 なんだか、話がまたもあさってに飛んだ。六郎という僧兵と年配の僧侶が二人がかりで宗興をとどめるも、彼はひたと美桜に視線を据えたまま、揺らがない。それを制したのは、タマの一言だった。


「無理よ」と。


 ふむ、と玄老が興味深そうに問う。それはなぜだ? と。


「刺国若比売命に魔を近付けてはならない。これは、絶対の条件。彼女には月の障りがある。下僕に使い魔がいたら、それが主も刺国若比売命をも食い殺してしまう。……四条家の文献にも載っているし、自分たちの使い魔に聞いてみるといいわ」


 しばし沈黙が落ちて、それぞれが静かな息をついた。ふうむ、と玄老が何かを思うように言葉を紡ぐ。


「先の刺国若比売命の下僕は、上級聖魔だったと聞いているが」

「妖と契約する前の聖魔だったんでしょ。昔のことは私も知らないわ。ただ、今の美桜にこれ以上、下僕は増やせない」


 どういうことだ、と視線が向けられて、フンとタマは小さな鼻息を鳴らした。


「器がちっちゃいから。シュウ以外に増やしたら、彼女の命を縮めるだけ。精気を分け与え続けたら、ぶっ倒れて熱を出すのはわかったでしょ」

「…………」


 タマは美桜を庇ってくれているのだと思う。思う……のだが、なにやらけなされているように感じるのは気のせいか。

 では、と玄老が顎をさすりながらどこか眸に針を含ませた。


「その下僕が死ななければ、次の下僕は作れぬ、ということか」

「……!」


 震撼とした思いで、美桜は思わずシュウの背中の道着をつかんでいた。この人たちは、人の命をなんだと思っているのだ。聖魔だから、というのなら、美桜は彼らなんて大っ嫌いだ。絶対、相容れるなんてできない。


 あらためてその思いを強くした前で、玄老がブハッと吹きだすようにして大笑した。


「冗談じゃ、美桜さん。すまんすまん」


 警戒の目を解かない美桜に、いやホントだ、とどこか本気で言葉を重ねる。鷹衛の迅の育て子を手にかけたり見殺しにしたら、そっちのほうが恐ろしいと。


 美桜はそれにも警戒を増した。伯父の関係者でなければ、やはり命を蔑ろにしてもかまわないと思っているのか。やっぱり聖魔なんて、と思う彼女に、玄老はいやいや、と苦笑いを浮かべた。


「オレが言わなくても、思っている者はいるし、この先、きっと同じことは言われるだろうよ。覚悟しといたほうがいい。美桜さん」


 真摯な目付きに美桜も少しだけ、警戒を解いた。あらかじめ警告してくれた、ということだろうか。

 いやしかし、と玄老は少し伸びをして天井に息を吐いた。


「閻鬼に鬼沙羅、そして刺国若比売命に下僕。さらには、新たな存在。──いやはや、老体の身には色々と堪えるなぁ、こりゃ」


 なら、さっさと引退したらどうだ、ジジイ、と六郎から声が上がって、ハ、と鼻先で返す声があった。おまえらみたいなヒヨッコだらけじゃ、おちおち隠居もできねえわ、と。

 んじゃ、と六郎の声はくったくなかった。


「気張れよ、ジジイ」

 おまえに言われるまでもねえわ、と返した玄老が話を取りまとめはじめた。


「皆に伝えておこう。ひとつ、刺国若比売命に関して、当家は一切、主張せん」


 は!? とすぐさま反応した六郎の他、年配の僧侶とスーツ姿の二人が抗議した。玄老はそれを眼差しひとつで封じ込める。


「すでに、鷹衛の迅と制約を交わしている。宗興の呪いを解く条件でな。ちと……順番が狂ったようだが。よって、当家に刺国若比売命に関して主張する権利も何もない、ということだ」


 なんだよ……とつぶやく六郎と、いまだに美桜を強く見つめてくる宗興に、美桜もとまどった。


 伯父が先手を打ってくれていた、ということだろうか。美桜が彼の呪いを解くことを条件に。……ん? と美桜もちょっとひやりとした。美桜がもし、彼の呪いを解けなかったらどうしたの、伯父さん……と。


 できる、という確信があったのかも知れないが。なんだか、まだまだわからないことだらけだ、聖魔、と美桜はあらためた。


 ようやく少し息をついて、美桜を見つめてくる眸に申し訳ない思いを抱くのと、玄老の言葉は同時だった。下がれ、宗興、と。彼は下がった。表情や拳に彼の心情を見せながら、当主の言葉のままに。

 で、次だ、と玄老の視線はシュウに向く。


「美桜さんに関しては、オレらは口出しできん。だが、下僕に関しては言わせてもらいたいね。未熟すぎるだろう。なあ、霜月」


 ようやく言葉をかけられた人物が、置物のように動かなかった姿勢から、ゆっくりと瞬きをした。言葉を受けて起きだした熊のように。

 さて、とひどく重たい声が静かに出る。


「未熟なのは確か。しかし、適していないとは言えない」


 なぜだ、と無言の問いに彼は淡々と答えた。ひとつ、と。


「まず、シュウは如月の名を与えられた巽家十二節の一人だ」


 それは、と年配の僧侶が返した。

「二十年前の若狭戦で多数の死傷者を出したがゆえの、補充員であろう」


 重たい眉毛の下の眸が、静かに力を宿した。巽家の十二節を甘くみないでいただきたい、と静かな圧迫ある重さで。


「シュウは戦闘兵の中では唯一、二つの武器をその身に宿した者だ。その素質も力量も、他家の聖魔とも張り合える。そう判断されたから、我ら十二節に加えることをよしとされた。彼が如月の名を名乗ることを」


 そうでなければ、その名は欠員のままだった、と言わんばかりの声音だった。美桜も驚いていたのだが、それよりも六郎たちが仰天していた。戦闘兵で二つの武器……!? と。

 ちょっと待て、と乗り出したのはその六郎だった。


「こいつはあの時、百雷しか使っていなかった。だからオレたちは戦闘兵だと判断したんだ」


 口にした後、ハッと気づいたようだった。閻鬼の術……と。

 霜月と呼ばれた熊は、うなずくのも重たそうに示して見せた。


「事情は聴いている。あの場は、閻鬼の術によって聖魔の力が半減されていた。シュウの力は百雷のみしか使えず──それも半減されていた。それでも彼は、精気を溜めた一撃で閻鬼の分身を追い払った。妖鬼将。その分身を追い払える実力者など、そうはいないでしょう」


 シンとした沈黙が束の間落ちた。それは、彼ら独自の闘いに関する判断らしかった。しかし、とやはり年配の僧侶が口を開く。


「閻鬼の術は解けず、刺国若比売命をただ危険にさらしただけだ。宗興さまの助力がなければ、永遠に戦い続け、いつか力尽きただろう。そのような者に刺国若比売命を任せるなど、この先が案じられる。やはり、その下僕は交替すべきだ」


 美桜はぎゅうっと、シュウの道着をにぎりしめた。


 彼らの中では、価値観と比重が違うのだとわかった。守るべきは刺国若比売命で、そのためにはふさわしくない者を排除する。それが例え同族であろうと。戦闘兵ならば特に、重きを置かれない。


「……っ」


 ぎゅっと唇をかんだ時、静かな声が出た。宗興から、彼の誠実性を表わすように真っすぐに。


「──術式を学べばよい」


 怪訝な思いで目を上げた美桜に、あの時、蓬髪の中から感じたような晴眼が向けられているのがわかった。

 その印象のまま、涼やかな声が説明をする。


「閻鬼の術は巧妙だった。術の根幹を彼女にも移していた。刺国若比売命を傷付けて術を解けば、あの場はさらに混沌とし、取り返しのつかない事態になっていただろう。刺国若比売命の下僕は彼女を守るしかなかった。それが閻鬼の術を守ることになっても──。以前の私が彼の立場であっても、やはり同じ手段を取っただろう」


 美桜はちょっと胸を突かれた。頭ごなしに否定するだけじゃない、彼みたいな人もいるのだと。

 宗興はその眸を今度は真っすぐにシュウに向けた。彼をどこか測るように。


「戦闘兵は能力的に、基本の結界術しか使えぬ。だが、今のそなたなら我らと同等の術式を扱えるだろう。──術式を学べ、如月。私が教える。それが、美桜どのを守ることに繋がる」


 シュウはそれを受け、しばしの沈黙の後、静かに頭を下げた。彼の提案を受け入れたように。

 軽い嘆息──しかし、どこか重いものをついたのが玄老だった。


「聖魔が扱う術式が使える──それはもう、戦闘兵とは呼べねえなあ。刺国若比売命の下僕とは言っても、まるで新たな聖魔の誕生だ。こりゃあ、オレらの認識を改める必要があるのかも知れねえな」


 ガリガリと白髪交じりの坊主頭をかき、玄老は会談を締めくくった。


「五大家の会合が近々行われる。まあ、それまではオレらが何をどう言ったってムダだ。とりあえず、気になる点は押さえさせてもらった。あとは皆、会合の結果を待て」


 そして隣の、一番間近にいた小柄な僧侶に声をかけた。凪、記録はもういいぞ、と。とたんに玄老と似通った、しかし愛らしさを残しながらずっと沈黙していた僧侶がにこりと笑んだ。


 しゅる、と紐が勢いよく解かれる様で姿が溶け消え、その後には何もなかった。


 そして、それらを視界に入れても、室内のだれにも動じた様はなかった。美桜はあらためて自身の内でつぶやいた。

 聖魔、ワケワカンナイ……と。






 ~・~・~・~・~




 休憩を入れよう、と玄老の言葉に皆が膝を上げ、三々四五散って行った。美桜もそれに倣おうとした。……した。


「……っ」


 苦悶する美桜に、タマがあきれた目を向けてきた。あんた……と続く言葉は聞きたくなくてこらえる美桜に、支えだったシュウの道着が離れた。あー! と絶望的な思いにかられたが、すぐさま姿勢を変えたシュウに支えられ、そのまま抱えられて視線が空に浮いた。


 シュウの片腕の中で、いつもの子ども抱っこで。美桜はもう一度煩悶した。とてつもなく、逃げだしたい羞恥で。

 それを他の者と立ち去りかけていた六郎が目にして、目を丸くした後、ブハッと吹きだした。


「マジか、刺国若比売命! おまえ、足がしびれて立てねえのかよ!」


 アイツを殺して私もシぬ、と美桜の中で狂暴な感情がわき起こった。だいたい! と、とてつもない羞恥の中で抗議の声を上げる。


 なんでこうも毎回畳と正座ばかりなのだ。相手が日本人じゃなく、外国人だったらどうしていたのだ! となんだかわからない八つ当たりで。


 玄老にもダッハッハと大笑されて、次は洋間にしようなあ、美桜さん、と追い打ちをかけられる。もうホントにイヤ、聖魔……と美桜はうつむいて顔を隠すばかりだった。


 霜月という熊みたいな人の後にシュウは無言で付いて行き、別室に移りかけた時だった。


「──もし」と声をかけられた。巽家の方々、と。


 ふり返ると、宗興と名乗った包帯だらけの彼が美桜たちを呼び留めていた。静かに、晴眼の眼差しで。


「美桜どのと、話をさせてはもらえまいか。──頼む」


 彼の誠実性を示すように、律儀に頭を下げた。それは言外に、二人だけで話がしたいと言われているようだ。


 ええと、と目をやった先のタマも熊みたいな霜月も、彼女の判断に任せているのがわかる。


 そして、間近のシュウは感情を消した様子で、何も読めない。迷ったが、彼のこれまでの言動から誠実な人だろう、と判断して美桜は了承した。


「外でいいですか?」と、タマたちが離れて見ていてくれるのを条件に。








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