絡み合う思惑
ウトウトとまどろんだな、と思ったら、深夜、美桜はぽっかり目を覚ましてしまった。
飛び込んできた膨大な闇にひるんで、枕元に置いた携帯を手探りする。手にして時間を確かめると、夜明け近かった。
昨日、変な時間に寝入ってしまったせいか、体内時計に誤差が生じているらしい。明け方に目が覚めるのは久しぶり、と寝入ろうとしたが、もよおしてきてしまった。
迷ったが意を決して起き上がり、携帯の灯りを頼りにコートを着込む。
昨夜、寝支度をしているところに老人が湯たんぽを差し入れてくれて、そのぬくもりに田舎の真っ暗闇にもどうにか耐えることができたが。
(電気引こうよ………)
文明の利器をあらためてしみじみとありがたく思う。
襖の向こうは伯父とシュウが休んでいるはずで、なるたけ物音を立てないように美桜は衝立をまわった。光源はスマホが頼りである。
唐紙を開けて縁側に出ても雨戸が引かれているので、ほんとうに真っ暗闇だ。
日本家屋に真っ暗闇。思わずアニメのキャラクターを呼びそうになる。
そんなのんきな場合ではないとあらため、写メの時に使うフラッシュをつけて怖々、どうにか手洗い場を探り当てた。
用を済ませてホッと一息つき部屋へもどろうとしたところで、反対の回廊が続いていく先で銀色の影を見た。
雨戸が引かれず外庭に面しているので、雪明かりが目に付く。その中にまるで同化するように置物のような姿を見た。
スマホを消してソロソロとそちらに近付き、間違いないのを知って声をかけた。
「………セツ?」
声をかけるまで獣のほうが気付かなかったように───あるいは、置物から目覚めたように、ぶるり、と身体をふるわせた。
先まで降っていた雪の跡を示すように、その身からは雪の固まりがこぼれた。
そして彼女をふりかえると、静かにサクサクと雪の音を立てて縁側に上がってきた。
美桜はその様子が気にかかって目線を合わせるように膝をついた。
「………どうしたの、セツ?」
「いや………」
伏した微笑が藤十郎と似通っていた。美桜はそっと、耳に残っていた雪のかけらをはらってやった。
その手に甘えるように、ぬくもりを乞うように、セツは頬を寄せた。
美桜がうかがう気配に目を伏せ、ようよう息を吐き出した。
「あれほど藤十郎に一目逢いたいと………───最後までそばにいたいと、思っていたのにな」
ドキリとさせられた。
なによりも大切な人が長くないと、目にして、間近にして、あらためさせられる辛さ。遠からず、自分の前からいなくなってしまうのだと、身にしみる実感。
いまここで言葉を交わしているのに。笑いかけてもらっているのに。
それは明日にでも消えてしまうのかもしれない。
胸がつまって美桜もかける言葉がなかった。
だれにでも寿命は来る。しかし実際、それをはたで見守る側の心痛もいかばかりか。
「…………」
セツをしばらく無言でなでて、美桜は寒さにふるえた。身をすくめてセツをうながし、寒い回廊から部屋へ向かう。いまは少しでもセツをなぐさめたくて、ぬくもりを分かち合いたかった。
部屋の唐紙を開けたところで、鋭くセツが雨戸のほうをふりかえり、隣の伯父たちの部屋の唐紙が開くのが同時だった。
「………おじさん」
美桜たちにちらりと視線はやったが目的は表らしく、雨戸の一端に手をかけた。続いて現れたシュウのほうが険しい視線で美桜とセツを一瞥した。
伯父が開けた雨戸から夜明かりが差し込み、鳥の羽ばたきが響いた。すると、宵闇の中から一羽の梟が目指してきたように伯父の出した腕に止まった。
美桜の見たこともない、夜目にもキレイな紺碧色の羽先を持つ梟だった。彼女が見守る前で、伯父の表情が見る間に厳しくなる。ややして、わかったとつぶやいた。
彼女にはわからない、無言の会話が交わされたようだった。
「───皆実に一刻ほどで向かうと伝えてくれ。それまで待機。手出しはするなと」
梟が了承を示すように羽を打ち鳴らし、宵闇の中へ消えた。見届けることもなく一匠が室内にもどると、シュウも美桜の脇をかけてどこかへ消える。すぐにもどってきた彼の手には伯父の靴があった。
部屋から出てきた伯父は荷物をまとめ、来た時と同じ格好だった。思わず美桜も伯父のもとへかけよる。
「………おじさん。なにかあったの?」
伯父は縁側で靴を履き、そこからすぐさま出立する雰囲気だった。
「急用ができた。私は一足早くお山を降りる。美桜。私の代わりにご大老に非礼を詫びておいてもらえるか」
「え、うん………」
不安を隠せず、美桜は心もとない思いでいっぱいだった。一匠は急いた様子ながらそんな彼女を思うように見つめた。
「まだ聞きたいこともあったが………。美桜。私の代わりにご大老と話をしてみなさい。お山を降りたら、貫成さまへ連絡するように。平日に食い込んだ場合、貫成さまのほうで会社などへの連絡は受け持ってもらっている」
お山には携帯電話の電波が入っていない。ん、と返す彼女に一匠は諭すように告げた。
「それから、白祢さまの申し出はおまえが考えて決めなさい。おまえが判断したのなら、私は反対しない」
さらに突き放されたようで、なおさら心もとなくなった。伯父はそんな彼女にかすかに笑むと、ひとつ頭をなでた。
伯父が行ってしまう気配を感じて、美桜はとっさに伯父の上着をつかんだ。
「………妖魔?」
伯父が急いで行かなければならない理由なんて、美桜にはそれしか思い浮かばなかった。タマだって、一匠は妖魔討伐の総責任者なのだと言っていた。
「妖魔が出たの?おじさん」
藤十郎から聞いた話はずっと頭に残っていた。それに眠りをさまたげられて、ずっとうつらうつらしていた。
───お雪さまも新九郎さまも、妖魔との争いで亡くなられた───。
伯父が口を開く前に新たな気配が現れた。
「何事じゃ」
夜着の上に一枚羽織った軽装で颯爽と白祢が姿を見せた。家の中の気配が乱れているのに眉をしかめ、一匠の様子を見やると正確に事態を把握してフン、と鼻を鳴らした。
「大老さまにご挨拶もせず、不躾に入り込んだ同様、無礼な輩だ」
一匠は礼儀正しく白祢にも頭を下げた。
「非礼をお詫びします、白露の方。火急の用にて御前を失礼する。姪を、お願いしてよろしいか」
「無論だ。おまえに頼まれるまでもない」
一匠は次いで美桜の脇の銀狼に目を止めた。
「山の主どの。このお山で使い魔の力を使うことをお許しいただけるか」
「………好きにするがいい。おまえは美桜が純粋に慕っている相手のようだ」
テキパキと話が進んで、美桜はたまらなくなった。彼女が引き止めたって、伯父は行ってしまう。なおさら上着をつかむ手に力がこもった。
そんな彼女を見返すと、伯父ははじめて見る強面顔がくずれるような表情をのぞかせた。
「引き止め方まで蓉子に似なくてもいいだろうに。美桜」
ドキリとさせられる眼差しだった。伯父が見ているのは蓉子伯母で、それになぜだか胸をつかれて、説明のつかない気分に襲われる。たとえ彼女が蓉子伯母であろうと、伯父は妖魔討伐に赴くのだと───ただ、それだけは理解できた。
いつもの通り、伯父の手が美桜をなだめて言葉は彼女ではない者へ向けられる。
「シュウ。後を頼む」
はい、と変わらぬ生真面目な返答。子どもみたいに怖がっているのはきっと、美桜一人。覚悟が足りないのも、戦いの現場を知らないのも。
「美桜。私を信じなさい」
タマにも言われた言葉だった。一匠を信じろと。
「………ずるいよ、おじさん」
いつもその強い眼差しで言いくるめられてしまう。伯父が苦笑するように頭に置いた手で彼女の髪をかき乱し、美桜もようよう、伯父から手を離した。
「気を付けてね………」
伯父は一度眸でうなずくようにすると、それ以上の問答をおしむように背を向けた。
古民家から数歩距離を置いたところで突如、音をたてて風が逆巻いた。雪けむりのように舞い上がったつぶてが伯父の姿も消してしまう。
美桜も視界をかばった中で、大きな鳥の羽ばたきを耳にした。風が止んだ後に、伯父の姿はどこにもなかった。
思わずのように身じろぎしたシュウに気付いて、美桜はようやく気がついた。
彼女が伯父を引き止めたかったように、シュウは伯父に付いていきたかったのではないかと。
鉄面皮にはどんな感情も浮かんでいなかったが、にぎられた拳が彼の心情を表わしているようで、胸をしめつけられた。シュウにはシュウの、抱えた思いがあるのだと。
「───美桜。まだ夜明け前じゃ。私の部屋に来や。身体が冷える」
白祢にうながされ、美桜はセツに詫びる眼差しを送ってかけよった。
ちらりと見やったシュウにはどんな感情も見えず、いつも通りの無表情だった。
白祢からは、雄をみだりに近付けるな、もっと用心しや、としかつめらしく叱られて首をすくめる。内心、わたしバツイチなんだけどなあ、と思いながら。
シンシンと冷えた山の冷気が落ちていた。
~・~・~・~・~
三月に入ったとはいえ、まだまだ肌寒さの残るうす曇りだった。
春を先取りした巽家の一室で、目前の切り髪の少女相手に、にこやかな表情がくずれることはなかった。
「───時期をお待ちいただきたい、とご当主どのにお伝えいただけますかな」
ふふ、と返したのは花蘇芳の着物に黒帯を締めた、十代半ばと見られる少女だった。
愛らしい面立ちにアーモンド型の黒眼。柘榴の粒のような口唇と目元の泣きぼくろには少女の色香がただよう。
「いやですわ、巽家ご当主さま。私のような卑賤の身にご当主自らご面会いただいたのは身に余る光栄なれど、子どものお使い扱いされては、姫さまにあわせる顔がございません」
貫成は微苦笑を浮かべたまま。似たようなやり取りを先から小一時間ほども繰り返している。
第一報が来たのは、昨日の明け方。四条家の者とはち合わせたため、使者が行くかも知れない───と。
彼らが赴いた先の主筋を考えれば、それは予想範囲内であり、当主である貫成に動じるところはなかったのだが、やってきた相手には少なからず意表を突かれた。
その思いをこめて柔和な口調のまま返した。
「美沙緒どの。あなたは使い魔といえど歴代巫女姫に仕えてこられた最古参のお方だ。本来なら私のような若輩者がお目通りするのもおこがましい。なれど、四条家の要請にお応えするわけにはいきませぬ」
礼節を保ちながら、あくまで貫成は巽家当主として答えている。
着物の袖から桜貝のような爪をのぞかせて、美沙緒と呼ばれた少女は小首をかしげた。
「まあ、巽家ご当主さま。私を立ててくださるのはうれしく存じますが、私も四条家を代表してまかりこしております。できぬと言われて、はいそうですかと引き下がることはできませんわ」
「平行線ですな」
「そうですわね」
かるい微笑がその場にたゆたう。少女と老人。歳を経た年数はその見かけどおりではなく、まさに古狸の化かし合いを見ているようだった。
唯一の見物人である少女の隣の男は陰鬱な印象で黙している。化かし合いに対する感想はその面からは読み取れなかった。
「巽家ご当主さま。あなたさまは実践的なお方でいらっしゃる。刺国若比売命の身を下界に置くことの危険性は、よくよくご承知でしょう」
「美沙緒どの。実践的な立場から申し上げると、我が巽家は武の雄に長けた一門と自負している。刺国若比売命の御身を守るのに、我が巽家ほど適した家はないでしょう」
「それが、無用な争いを生むのだとしても、ですか?」
貫成の面に動じた様子はなかった。
「たとえ彼女を四条家の庇護下に置いたとして、争いがなくなる保証はどこにもありませぬな。ならば、はじめから彼女の身柄は我が巽家が責を負いまする」
それは、お山で一匠と白祢が交わしたやり取りとなんら異なるものではなかった。
少女の口唇からは愛らしいため息がもれた。困りましたわ、と。
「このままでは私、姫さまにお叱りを受けてしまいますわ」
「それはご同情申し上げる」
「でも、彼女の身柄を引き渡してはくださいませんのね」
「先刻から申し上げている通りですな」
一向に変わらぬ押し問答に貫成は小さく笑って組んでいた袖から腕を出した。
「美沙緒どの。ひとつお伺いしたい。四条家の意向は承知したが、ならばなにゆえ、お山へ乗り込んで行かれぬ?」
コロコロと少女は鈴を転がすように笑う。
「いやですわ、巽家ご当主さま。四条家は人攫いの家ではありませんのよ。まずは彼女が籍を置いている家へ断りを入れるのは、人の世の常識でございましょう」
その言葉を額面通りに受け取っては五大家のうちのひとつ、巽家の当主を名乗れはしない。
美沙緒という、どこからどう見ても可憐な美少女にしか見えない妖。四条家の特異な気質を現した使い魔。
先から貫成個人の名を呼ぶことはなく、巽家当主、としか口にしていない。言葉通り、そうとしか認識していないのだろう。それが四条家の『美沙緒』だ。
小さくほほ笑んだ。
「鷹衛の迅に、刺国若比売命の僕がいては、勝ち目は無し、と判断されたか」
微笑で返すのが答えだった。巽家ご当主さま、と愛らしい声音がつむがれる。
「その刺国若比売命の僕の件ですが───。こればかりは巽家の独断専行。五大家の査問にかけさせていただくことに否やはございませんわね?」
貫成も微笑を崩さず返した。
「査問に融通をきかせる代わりに、彼女を引き渡せということですかな?」
「まあ。刺国若比売命の身柄をそのような世俗事と引き換えにはできませんわ」
ホホホ、ハハハ、とウソ寒い笑いが室内に響く。いい加減、うんざりしてもよさそうな陰険試合だった。
そこへ巽家の家人から入室の断りが入る。現れた家人から伝言を聞くと、貫成はひとつうなずいて少女を見やった。
「時間切れですな、美沙緒どの。いくらあなたでも、巽家の役割を妨げることは巫女姫の意に反することでしょう」
きらりと、アーモンド型の目が輝いたようだった。
「有事が起こったと、そういうことでしょうか。巽家ご当主さま」
「なに、些事ですな。いつもの妖獣討伐です。四条家のお手を煩わすまでもありませぬよ」
それ以上は付け込ませる隙を与えない、貫成の無言の迫力だった。
沈黙を置いた少女は瑳と笑うと、隙のない所作で暇のお辞儀をしてみせた。
「今日のところは引きましょう。巽家ご当主。ひとつ、巫女姫さまからのお言葉がございます。───刺国若比売命は我らに福をもたらし、災厄をももたらす。巽家が彼女を持てあまされぬよう、祈っておりますわ」
食えない微笑で家人に案内され、少女と付き添いの男は下がって行った。後に残された貫成のため息が響く。
腰を上げると、老人とは思えないしっかりした足取りで別室へ向かった。
渡殿を越えた先、別棟へ続く建物は巽家の造りを裏切らない純和風家屋だ。が、その中身は外見からは想像もつかない現代の最新設備であふれかえっていた。
先日の和洋折衷のモダンな造りではなく、襖と畳が続く部屋の一室。
二十畳ほどの広い室内で、一番に目につくのがホワイトボード大のパネルに表示された地図と点滅している画面。数台のパソコンから出たコードは別室のメインコンピューターへ直結しているのを貫成は知っている。その他、雑多な機械類とその音にあふれた部屋は、巽家の和を尊ぶ外見からは予想だにできない光景だった。
「───あれー?貫成さま。魔女っ子のお相手は終わったんですか」
一台のパソコンの前から顔を上げたのは、ボサボサの髪で目元を隠し、口元にはマスクの、見るからに怪しい風体の男だった。
身なりに気を使わない性質を示すように、その服も何日前のかあやしい汚れ具合だ。笹野あたりの家人が見たら、問答無用で服を引っぺがし、風呂場へ放り込むだろう。
貫成よりも若いはずなのに背を丸めてパソコン画面に食い付いていたその姿は、まさに絵に描いたオタクの敬称にふさわしい。
貫成は慣れた光景のはずなのに、どうしてもため息を覚えてしまった。彼の間近にごろ寝した別の男の足が見えたからだろうか。
「───睦月。きみと隼人だけかね」
「えーと、サッちゃんが調べもので別室にいるはずですけど………。なんか有事ですか?」
「それなら、私よりもきみらの方がいち早く察知しているだろう。磐城にいる皆実から応援要請が入ったと聞いたが?」
「あー、はい。いつもの通り、大物に育つ前の刈り取りだったんですけど、どうも様相が違うみたいです。一匠さんも警戒してたんですけど…………鬼沙羅の可能性が高いと」
貫成の眉根にもさすがに険しい色がよぎった。
「間違いないのかね」
「みたいです。………これで妖鬼将のうち、二人がそろっちゃいましたねー。二十年前の再来とか、ボクいやだなあ」
呑気な口調でキーボードをたたく様子は、言葉ほど危機感がともなわない。だが二十年前の実情を知る貫成は額面通りには受け取らなかった。
パネルの前に立って思案に腕組みをすると、睦月と呼ばれた男からは追加の声が出る。
「一匠さんはすでに現地で合流済です。クロちゃんもカンちゃんも今動かすのはまずいですし………シュウのカバーに手が足りないですね。あー、でも、四条家の結界内にいてくれれば、かえって安全なのかなあ」
「───それだと、四条家の口出しが止まらないだけでしょう」
冷ややかな口調で声がはさまれる。静かに襖が開いたそこから、書類を手に三十代半ばあたりの男が室内に入ってくるところだった。
こちらは清潔感にあふれた、なにより怜悧な迫力と理知的な雰囲気をまとった男だった。貫成に礼儀正しく目礼すると、サッちゃん、とつぶやく睦月に対象的な目を投げる。
「四条家の使い魔を追い返したところだと言うのに、そんな話を聞かれたらすぐさまさらって行かれるのがオチです。一匠さんのお叱りは睦月一人で受けてくださいね」
「ええ!?それは勘弁…………ってか。一匠さん、なかなかボクたちにお姫様紹介してくれないですよねー。ボクら、バカ貴巳みたいに見境なく襲いかかったりしないのになあ」
冷ややかな迫力を向けられても睦月はマイペースでキーボードを叩いている。男からはあきれたようなため息がもれた。
「そのバカ貴巳のフラストレーション溜めたのは、だれ達ですかね。きちんとお相手していれば、彼が彼女にその矛先を向けることはなかったのでは?」
「えー、そう言われても。ボクはバカの相手が時間のムダだから、シカトしただけだよ。無闇に突っ掛かれば年長者は相手してくれるとか、いい歳して甘えた考えがバカらしくてさー」
言いながら、目はパソコン画面から離さず、片足で寝入っている男をどついた。
「それに、あおるだけあおってウサ晴らししたのは、この隼人だから。お姫様がそのとばっちり食うとは思ってもいなかったけどさ。ボクまで同罪扱いされるのはなんだかなあー」
口調は軽いが、見ていて止めなかった彼にも少なからず非はあるだろう。ため息が貫成のものと重なった。
なおも彼らが軽口をたたき合うのを、貫成が片手を上げてとどめる。
「シュウの方へは私が手を回そう。一匠の方の情勢を小まめに知らせるように。───皐月。教会の信者がうろついているようだ。相手をしてあげなさい。美桜さんの存在は知られないよう、重々注意を払うように」
呼ばれた男は怜悧な様でうなずき返した。げんなりした様子で睦月の背がさらに丸まっている。面倒事が次々―、とぼやく彼にも指示が向けられる。
「睦月。隼人を起こして海棠家へ使いに出しなさい。五大家の話し合いの時期を早めねばならないかも知れない。───あと、おまえはその身なりをなんとかしなさい。私が一匠でも、大事な姪をきみらに引き合わせるのは躊躇するよ」
「えー、貫成さま偏見ですよー」
不満げな声を上げる彼を置いて、貫成は手配するために別室へ向かった。事態が動きはじめているのを、長年の勘でそれと悟っていた。




