第九話『迷宮を征く 1』
エリーゼの秘密を知った翌日から、俺とエリーゼは迷宮『血界ノ峡谷』の探索に乗り出した。現在、俺達がここに墜ちて来てから2日が経過している。
前述の通り、『血界ノ峡谷』は攻略適正レベルが優に100を超え、200にせまる超々ハイランクダンジョンだ。通常、Lvが10代と30代の人間で突破できるような物じゃぁない。
だが、俺達は違う。
「エリーゼ、『ヒール』ッ!」
「……ッ!」
「後ろだ!」
「このっ……!」
俺達が戦っているのは、この階層で一般モンスターとして登場する、真黒な狼型の魔物。俺達が便宜的に『魔狼』と呼んでいるモンスターだ。基本的に数体の群れで行動するため、相手にするのはなかなか骨が折れる。
しかし、この攻略を非常に楽にする機能が、なんと俺の役立たずアビリティ、【ディヴァイン・スレイヴ】にあったのだ。
【ディヴァイン・スレイヴ】のもつ能力は、生み出された暗黒の鎖で縛られ、奴隷――《聖奴隷》となった存在に、何でもいうことをきかせることができる、というものだ。これは俺に対する敵対行動を封じるだけでなく、戦闘面でも活用させることができたのだ。これに気が付けたのは、俺がにわかではあれどもオタクだったから、というのが大きい。ジャパニメーションに大感謝である。
大抵の場合。
こういった対象を隷属させる系統の能力は、『その事象を引き起こすことは不可能であるという事実』よりも、『命令を強制的にでも実行させること』を優先させることが多い。
つまり、『その状態では達成不可能な命令をも達成可能とする』ということだ。
ほら、今だってそうだ。
「グルルワァァァッ!」
唸り声を上げてエリーゼに躍り掛かってきた魔狼を、しかしエリーゼは強い眼光で睨み付け、漆黒の光を纏った左手で殴りつける。直後、禍々しい光が炸裂し、狼の魔物はきゃぃぃん、という情けない悲鳴を上げて地面に落ちた。直後、爆散。モンスターは光の粒となって、エリーゼに吸い込まれていく。経験値にされたのだ。
それをしり目に残身するエリーゼの背後を、別の魔狼が狙って飛びかかる。その数二体。連続不意打ちだ。今のエリーゼの体勢では、両方の迎撃は難しい……が。
「エリーゼ、左の狼に『ヒールオール』、続けて右の狼に『ヒールオール』!」
俺が左手に力を籠め、【ディヴァイン・スレイヴ】の繋がりを意識しながらそう叫ぶと、エリーゼの身体が超人的なスピードで動き、その拳で左右の狼を強打する。炸裂した闇色の光――彼女のアビリティ、【反魂呪】によってダメージヒールと化した回復魔法が、モンスターの命を一撃で削り取った。
もともと、エリーゼの回復魔法使いとしての実力は圧倒的だ。その魔力、知力共に平均を大きく上回り、勇者達よりも高いくらいだ。凄まじいとしか言いようがない。
まぁさすがに勇者パーティーの魔女とか、榊原レベルのぶっ壊れ具合ではないのだが……それでも、ここ最近のレベルアップでLv40へと近づいてきているエリーゼのダメージヒール火力は十二分の力を持つ。
なぜならダメージヒールは『回復魔法』だ。魔法耐性や物理耐性を持っていても、回復魔法が通用することを鑑みれば、もうお分かりいただけただろう。そう、回復魔法は、誰も軽減できない。つまり、ダメージヒールは、この世界にあるどんな魔法よりも高い火力を発生させられるのだ。
特に強いのは、味方一人のHPを全て回復させる『ヒールオール』。これが【反魂呪】で”反転”することによって、「敵一体のHPを全て消失させる」最強の一撃必殺魔法に変わる。
当然、これだけ強力な魔法だ。使用回数やタイミングには制限がある。だが、俺の【ディヴァイン・スレイヴ】が強制的に行動を実行に移させることで、それらの全てを無視して魔法を発動させることができるのだ。
おわかりいただけただろうか。このように、物理法則・魔法法則を無視して彼女の強力なダメージヒールを炸裂させることが、俺には可能なのである。
まぁ、それしかできないし、そもそもエリーゼは単体でもクソ強いので、俺の何が凄いのかと言われれば残念ながら何も凄くないとしか言いようがないのだが。ちくしょー。
そんな風に内心でしょんぼりしていると、エリーゼが戻ってくる。
「おつかれ」
俺が声をかけると、
「そっちこそ」
エリーゼは出会った時よりも幾分か優しい表情で答えてくる。ここ数日共に死線を潜り抜けて来たからだろうか。何となく距離が縮まった気がする。彼女の事も、色々分かってきた。
「や、俺は命令しかしてないし」
「また、そう言うこと言う。私が労っているんだから、素直に受け取りなさいよ」
例えば、謙遜するとこうやって不機嫌になるとか。
「……とは言っても、あなたはそういう人なんだったわね」
「悪いな、健全な日本人で」
思ったよりも理解があるとか。もっと頭ごなしに否定してくる王女様なのかと思ったら、意外と民に理解があって心優しいのである。さすが回復魔法使い。
「……何か失礼なこと考えてるでしょう」
「まっさか」
うっは、理解がありすぎるのも困り者だ。主に俺が困る。
「……まぁいいわ。次、行きましょう」
俺の内心を知ってか知らずか。王女様はふわり、とほほ笑むと、金色の髪を靡かせて歩き出してしまった。
全く、これじゃぁどっちが奴隷だか分からないぜ……。
***
「戦闘の基本を教えてほしい?」
「おう」
俺がそんなことをエリーゼに向かって言ったのは、その日の午後(と推測される)の事だった。本拠地としている洞窟に帰ってきた俺達は、ドロップアイテムの狼やらなんやらの肉を焼きながら、薪を挟んで座っていた。
その場面で、俺が言ったのである。戦い方を教えてくれ、と。
「エリーゼ、今、Lvどのくらいだ」
「……39よ。もうすぐ40」
ふむ……やっぱり高いな。
あの一件以来、俺はエリーゼのステータスを勝手に見ないようにしている。別にこれと言った理由が在る訳ではないが、辛いことを思い出させてしまったあの日の事の様な間違いを起こさないように、という気配りなら一応ある。アビリティやスキルはLvアップで進化するので、出来れば常にチェックしてはおきたいのだが。
とにかく、今彼女から告げられたLvは、間違いなく俺よりも圧倒的に高かった。
「俺は今Lv10だ。お前より約30低い。理由はいろいろあるけど、主な理由は俺が戦えない事だ」
この世界に於いて、モンスターを斃した時に獲得できる経験値は、『敵に与えたダメージの多さに比例して増加していく』。他にもとどめを刺した場合に与えられるボーナスとか、どのような手段で倒したかとか、Lvが上がっていくごとにLvアップに必要な経験値が増加していくのに反比例して獲得できる経験値が少なくなっていくとか、色々計算方式があるのだが、とりあえず全部省いてざっくり表せばその一言に尽きる。
しかし俺達は、落下直後、最初の魔狼を迎撃したそれ以外、全ての戦闘はエリーゼの回復魔法に頼っている。つまり、俺が一度も戦えていないのだ。
「……それは、私がアシズの分の経験値も独占していることを非難してるの?」
「まさか。お前がいなかったら俺は死んでる。初日に言ったろ」
因みに俺はエリーゼの事を『君』ではなく『お前』と呼ぶようになっている。それくらいは仲良くなった、と思いたい。
……いや、そんなことは置いておいてだな。
「そうじゃなくて、問題なのは『俺が闘えていない』ことだ」
「同じじゃ――」
「いいや違う。俺が『戦闘に参加できない』ことでは無くてだ。俺が『戦闘をするのに十分な実力に届いていない』ことが問題ないんだ」
「……!」
そう。
俺は、Lv10だ。そして、インドア高校生だった俺は、身体能力が大変低い。この世界にきて、そしてLvが上がった事で多少まともに動けるようにはなったが、間違いなくまだまだだ。
体があっても、それを動かす技術が足りなければ、一切意味がないからだ。逆もまた然り。『宝の持ち腐れ』、という奴か。
何にせよ、俺には技術が無い。それでは、エリーゼと一緒に戦いに参加することはできない。そして、この先、この超難関ダンジョンで生きていくことが、できない。
「別にいいじゃない。あなたは私に命令だけしてればいいんだから」
俺の考えを伝えると、エリーゼはそう言った。それは、言外に「危険なことをわざわざしなくてもいい」と言っているように聞こえてしまってな。
「何だよ、心配してくれてるのか?」
思わずそう言ってしまった。するとエリーゼは真っ赤に顔を染めて、
「なっ……ばっ……そんなわけないでしょ! 面倒事が増えるからやめろって言ってるの!」
そんな事を喚いた。可愛いな。おっと、変態臭い事を思ってしまった。
だが、正直な話、エリーゼの言っていることも正論ではあるのだ。今の俺達は、何が何でも生き延びなければならない。それはつまり、危険なことに首をつっこむのはあまりよくない、ということだ。
しかし俺はこう考える。『リスクを踏まなければ、先へは進めない』、と。
「安全性を確保するためにも、俺は自分のレベルを上げておきたい。頼むエリーゼ。俺に戦い方を教えてくれ」
「……」
頭を下げる。
王城では、実力の伴わない奴に無理はさせられない、と、俺は戦闘訓練をほとんど受けさせてもらえなかった。せいぜい体幹作りとか、基礎トレーニングとか、その程度だ。そんなのでよく生徒をダンジョンに潜らせようとしたな、と思うのだが、アレは全員強制参加だから仕方がない。今思えば、あわよくば雑魚の俺を殺したかったのかもしれないな。その目的は半ば達成されしめているわけだが。
だが、これからは違う。
俺は、生きなければならない。エリーゼを解放する方法を探さなければならない。
なにより――――『死んではいけない』理由が、見つかったのだ。
それは、俺のLvが10になったことで追加された、【ディヴァイン・スレイヴ】の『説明』に理由があった。
▼▼▼
固有能力:【ディヴァイン・スレイヴ】:対象をテイミングする。テイミングされた者は、種族に応じてクラス、称号、あるいは追加種族を得る。
○聖奴隷:当アビリティの効果で奴隷化された者を指す。聖奴隷はアビリティの使い手であるマスターに絶対服従し、その意思を除く全てを自由にコントロールされる。聖奴隷は、マスターが死亡した場合、共に死ぬ。
▲▲▲
なんとなく、予想していなかったわけではない。
生物を服従させる能力に於いて、使い手が死んだとき、隷属生物が解放される、と言った能力の終結の仕方をしているとしてみろ。もしそうだったら、奴隷は持ち主を殺害して、逃亡することが可能になる。
俺のアビリティは、それを許さない。奴隷の反逆を許可しない。一度聖なる鎖に縛られたならば、一生奴隷は主人の所有物――まるで、そう云うかのように、奴隷がマスターを殺害した場合、奴隷自身も死ぬようにされている。
もちろん、奴隷が己の死をも厭わずマスターを殺害することは想定外だろうし、もう一つ――不慮の事故や、戦闘による敗北で、マスターが死んだ場合に対する対処が無い。
そう。
もしこの『血界ノ峡谷』で、俺がモンスターとの戦闘に敗北し、死亡した場合。
エリーゼは、死ぬのだ。
俺の、道連れになって。
それだけは許さない。赦さない。エリーゼは、絶対に開放して見せる。この、壊れた運命から。
「そのためにも、死ぬわけにはいかない」
「……」
「だから、頼む」
俺は、更に頭を下げ、両手を地面につく。もうほとんど土下座に近い体勢だ。
それでも、数瞬考えて。けれども、自分の命が掛かっているから、だろうか。
「……分かったわ」
エリーゼは、頷いてくれた。
「……ありがとう!」
「べ、別にあなたの為じゃないわよ。でも、あなたが死んだら困るのは私も同じ。だから」
たとえそうだとしても。
嬉しかった。エリーゼが、俺の頼みを聞いてくれたことが。
これでようやく、俺も彼女と一緒に戦えるようになるかもしれない――――そのことが。
エリーゼ……読んでくださっている皆さんがあんまり感情移入できない気がする……メインヒロインなのに……。
その辺どうなんでしょうか? その辺り含めて、感想やご指摘いただけると嬉しいです。
次回もよろしくお願いします。