第八話『エリーゼの魔法』
エリーゼの速度に何とかついて行きながら、走ることおよそ5分。既に俺の体力はギリギリだったが、一応生きてはいるので、こっちの世界に転移してから、なんとか持久力は付けられたらしい。良かった。
「……撒いたわね」
エリーゼが呟くのが聞こえた。すげぇな、何で分かるんだ。野生の勘かしら。大分野生児っぽい動き方するからなぁ、エリーゼ。
ヴォルフガング帝の指導の賜物なのだろうか。皇帝が戦っている所は残念ながら見たことがないので、その辺はよくわからない。
エリーゼの疾走速度が少し落ちる。それでも十分速いが、何とか俺も着いていける速さになった。
「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……」
「……だらしないわね……」
限界まで体力を使っているのだ。少しは許して欲しい。もしくはもっと速度を落としてくれ。
あー、やばい。マジで限界だ。辛い。
「ほら、あそこにある洞窟……そこで休もうぜ……。多分安全」
「洞窟……? ああ……」
俺が指差した先には、洞窟の入り口だと推測できる、大きな切れ目があった。人が数人通れるくらいか。通路は下に続いてるような気がする。
そこまでたどり着いたエリーゼが中に入ると、しばらくしてからひょいっ、と軽やかに戻ってきた。
「……本当に安全ね。パパが四人入れそうな位の広さよ」
「じゃろ?」
どうだ。俺のいった通りだろう。
というかエリーゼよ、その例え方はなんだ。いや、確かに皇帝は背が高いから、でかいってことを表現するにはピッタリなような気がしなくもないけども。もうちょっとこう……マトモな。
……いや。
エリーゼは、王女だ。これまでの15年を殆ど王城(と、多分ダンジョン)の中で過ごしてきたのだろう。そう考えれば、ヴォルフガング帝が、彼女の中で大きいものの代名詞になるのは、分からなくもないかもしれない。そしてそれが、彼女がファザコンな理由かも、と考える。
何せ、エリーゼはまだ15歳だ。俺とは2歳しか違わないけど、その差は思ってるより大きい。俺からすれば彼女もまだ子供なのだ。いや、一番子供っぽいのは俺のような気がするが。
まぁいいや。
とにかく、エリーゼの後に続いて空洞に入る。
中は、外と同じ淡光りする岩で覆われていた。たしかに大の大人が四人入れる位の広さはある。
しかも何と中央には薪の後のようなものが見えるではないか。もしかしたら、以前『血界ノ峡谷』の調査に来た冒険者や国の戦士達が開いたキャンプの後だったのかもしれない。
とにかく、これは助かった。
俺がそんなことを考えていると、隣に来たエリーゼが、訝しげに問うてきた。
「……どうして、こんなところを見つけることができたの?」
「勘」
これに関しては本当だ。何となく、としか言いようがない。
王城時代のパーティーメンバーに、やたらこう言う、使える洞窟だとかアイテムやらを見つけてくる奴が居たのだが、俺はそいつではない。暇だったのでそいつの行動を眺めてみている事もあったが、アビリティやらスキルに由来する見つけ方らしく、さっぱり技は盗めなかった。
もしかしたら無意識下で何か掴んでいたのかも、なーんてワクワクしてみたりしながら、まぁ実際のところは運だろうな、と推測する。本当に悪運が強くて助かる。
何にせよ、今日はここで休めそうだ。時間感覚は正直な話、これからどんどん無くなっていくだろう。暫くはここを拠点にして、眠くなったら戻って寝る、みたいな方法を取りながら、ダンジョンを探索していくしかあるまい。
「せめてもう少しレベルが高ければなぁ。行動範囲が広がりそうなんだが……」
と、呟いた時だった。
【レベルが上がりました】
……何やら、エリーゼをテイミングしたときと同じようなフォントで、聞き捨て(見捨て?)ならない一文が視界に表示された。
「きゃっ! ……何? レベルアップ?」
隣でエリーゼも悲鳴をあげる。同じことが起こったらしい。
レベルが上がった? レベルアップ? どういうことだ? こよタイミングで? いつモンスターを倒した?
「……あっ!」
俺は小さく叫び声を上げた。そうだ、あの魔狼。エリーゼが使った変な技で、周期的にダメージを受けていたアイツ。アイツが倒されたのだ。二人同時に、となると、もうそれしか考え付かない。
そういえば俺も一蹴り入れてたっけ。よかった、ダメージ入ってたんだあれ。
そう考えると凄いな。エリーゼのあの技は、Lv200モンスターのHPを、時間こそかかれど削り尽くせるのだ。
早速、ステータスウィンドウを開く。
するとLvは1から一気に10に上がり、ステータスもようやく一般人並みになっているではないか! うわぁ何これ超嬉しい。た、助かったぁ……。
防御力がそこそこ上がってくれたので、これまでのように、一撃貰ったら即死、ということには成らなそうで安心だ。うわぁぁぁっ!
ひとしきり心の中で歓喜の声を上げた後、俺はふと疑問を感じた。
この世界において、戦闘によって得られる経験値は、倒した敵に与えたダメージ量に比例して配分される。つまり、一蹴り入れただけの俺と違って、モンスターを討伐したエリーゼには、それ相応の経験値が入っているはずだ。
果たして、どれだけレベルが上がったのか。見てみたいものだが、残念ながら他人のステータスウィンドウは覗き見以外の方法で見ることは不可能──
▼▼▼
名前:エリーゼ
Lv:38
種族:人間種 / 聖奴隷(人間)
クラス:なし
性別:女
年齢:15
固有能力:【反魂呪】:使用する回復魔法の効果のカルマ値をマイナスにする。
スキル:原初魔法・回復
称号:聖奴隷、元人帝国第二皇女
▲▲▲
……見れてしまった。
エリーゼのステータス。凄いな、Lv10から一気に38か……もっと上がるかと思ってたんだが、何か色々計算方法があるのだろう。推測するに、レベルが上がるごとに次のレベルに必要な経験値が増える、といったところだろう。育成系のお約束だからな。
そんなことより気になるのは、このスキル欄とアビリティ欄の記述である。
彼女の自己申告から、空欄だと思っていたそこには、物々しい名前の魔法と、不吉な名前のアビリティの名が記されていた。
「エリーゼ、回復魔法が使えたのか。それにこの【反魂呪】って……?」
全く、両方とも持ってないって言ってたのに。教えてくれてればもうちょっと安心できたものを──いやまて、もしかして……と、俺が察したのとほぼ同時に。
「なっ……」
エリーゼは、サッ、と顔を青ざめさせた。
「ど……どうして、知ってるのよ……」
驚愕と、恐怖だろうか。両目をいっぱいに開いて、小さくと震える掠れ声で、エリーゼは俺に問う。
やっぱり。隠してたのか。うわ、失敗したな……。
こういうときは正直に言うべきだと思う。
「いや、知ってるも何も、ステータスウィンドウに書いてあってな……ごめん、隠してたんだろう?」
「……そうよ……!」
みるみるうちに、エリーゼの顔が怒りに歪んでいく。それと、ほんのちょっとの『怯え』も。
一歩踏み込み地面を蹴り、瞬きの間に俺に肉薄したエリーゼは、目にも留まらぬ速度で俺の胸ぐらを掴み上げると、叫んだ。
「どうして私のステータスウィンドウ、勝手に開けるのよ!?」
「えぇ!? そ、そんなこと言われても……エリーゼのステータスが見たい、って思ったら、勝手に……」
でも今まで、こんなこと無かった。王城にいた間、一度もこんなことは起こらなかった。そして、エリーゼが奴隷になってからも。
どうして──と内心で首をかしげた俺は、そこで一つ思い当たる事案を見つけ、あっ、と声を漏らした。
──『勇者』白銀善人。2年B組のリーダーにして、勇者最強の能力者。彼のアビリティ、【シャイニングブレイヴ】は、白銀自身のレベルアップに応じて、新しい機能を開花させてはいなかったか?
つまり、この『他人(恐らくは自分の聖奴限定)のステータスを覗き見る』能力は──
「【ディヴァイン・スレイヴ】の追加能力なのか……?」
***
──知られちゃったなら仕方ないわ。
薪になんとか火をつけて、それを囲みながら座った俺たち。俺の正面に座ったエリーゼは、揺らめく火が映し出した影のせいだろうか。どこか生気が無いようにみえた。
「……【反魂呪】は、説明を見たなら分かるだろうけど、回復魔法の効果を逆転させるアビリティよ。治癒の魔法が傷を癒すのではなく発生させるようになる、って言えばわかるかしら?」
「ああ」
なるほど、つまりは普通のヒールをダメージヒールに変えてしまうわけだ。
「私がこの力の存在を知ったのは、7歳の時。まだ兄様が生きていた頃」
「兄様……?」
俺が繰り返すと、エリーゼはこくり、と力なく頷いた。
「人帝国皇位継承権第一位、ルードヴィヒ・ヴァン・エノク。病弱で、余り体は動かせなかったけれど……優しくて、何でも知っていて、すごく頭のいい兄様」
そう語るエリーゼは、少し嬉しそう。きっと、本当にいい兄さんだったんだろう。俺は兄弟はいないけど、多分、凄く頼りになるんだろうなぁ。
そして実際、エリーゼは、お兄さんをとても頼りにしていたに違いない。
しかしエリーゼは、暗い表情に戻って続ける。
「あの人が王様になれば、人帝国は、もっともっと繁栄する……その筈だった」
『筈だった』。それが表すことは、多分一つだけだろう。第一、召喚されたあの時に、ヴォルフガング帝が紹介した人々の中にも、その後になってから紹介された人の中にも、ルードヴィヒという名の男性は存在しなかった。
つまり……第一皇子は、何らかの理由で、既に。
「亡くなったのか」
「……ッ!」
エリーゼの顔が、くしゃりと歪む。何かに、耐えているかの様な顔。
「兄様がその時かかった病気は、凄く難しい病気で。でも、治れば今までより体が丈夫になる、そんな病気だったの。だから、お父様は人帝国で一番の回復魔法使いを呼んで、兄様を治療させようとした。でも──」
きゅっ、と、エリーゼの小さな手が握り絞められる。強い力が籠っているのだろう、少し苦しそうだった。
その姿は、どこか、小さな子供のようで。何かを後悔しているような。何かを、責めているような。
「失敗した。……後で、わかったんだけど。回復魔法使いは、魔族だったの。魔族の魔法使いが、回復魔法使いとすりかわって、兄様を暗殺しに来ていたのよ。
でも、その時はまだ、兄様には生き延びる可能性があった。ママの血筋の影響で、私には回復魔法の素質があったから、私はパパとママに連れられて、兄様に」
うつむいたエリーゼの目が、見開かれる。そこには、焚き火の火も、それに照らされた地面も、握り締めた拳も映ってはいない。
彼女が見ているのは、八年前の気色。病に伏せ、魔族の陰謀で殺されてかけた兄に、まだ七歳の幼い少女は、その小さな手で魔法をかける。
だが、この世界にとって、魔法とは『イメージ』。彼女にとって、回復魔法は。
「兄様に──」
「もういい!」
咄嗟に、俺はエリーゼを抱き締めていた。恥ずかしいとか、変態とか、そんな常識は頭から吹っ飛んでいた。そんなことより、エリーゼが、苦しんでいる姿を、もう見たくなかった。
想像はできる。
恐らく、エリーゼのアビリティは、偽りの回復魔法で兄が苦しめられたその時に、歪められてしまったのだ。
たった一度で、そんな──と思うかもしれない。だが、偽りの回復魔法が奪っていったのは、誰よりも大切な家族の命。そして繰り返しとなるが、この世界にとって、イメージは魔法を組み上げる重要な要素なのだ。
回復魔法を行使したとき、幼い彼女の目に焼き付いていたのは、回復魔法で更なる苦しみを与えられた兄の姿。その当初は、それが偽りと分かってはいなかったのだ、と考えれば──エリーゼにとっての回復魔法が、癒すためのものではなく、苦しめるためのものになったとしても、不思議ではない。
だから、彼女の回復魔法は、ルードヴィヒの命を刈り取った。
エリーゼの手によって、ルードヴィヒは息を引き取ったのだろう。それが、彼女が己のアビリティを嫌う理由。そして恐らく、ヴォルフガング帝が、魔族を嫌う理由。
強く根付いたトラウマは、中々消えない。彼女のアビリティは、己が見た魔族の回復魔法が偽りだとわかったあとも、消えなかった。
「私の魔法は……っ! 私の魔法は! 誰かを、民を助けるための魔法なのに! 私は! 奪うしか、殺すしかできない……こんなの、こんなの魔物と同じだわ!」
泣き叫ぶ。金色の頭をいやいやをするように振って、エリーゼは悲鳴をあげた。赦せないのだ。自分の魔法が。自分のアビリティが。そして、自分自身が。
己に与えられた力が、救うための力なのに、それは誰かを傷つけるためのものだ、とされたらどう思うだろうか。
多分、そこには、恐怖と、嫌悪と、絶望が。そして、怒りがあるだろう。
けど。
「違う!」
俺は、叫ぶ。
「違う。お前は奪うだけじゃない。救える!」
「そんなわけない! 私の魔法は命を奪うしかない!」
「いいや救える! だって、エリーゼと、君の回復魔法は、俺を助けてくれたじゃないか」
「──!」
エリーゼの慟哭が、止む。
「魔狼に襲われたとき。俺を助けてくれたのはエリーゼだ。エリーゼの回復魔法のお陰で、俺は生き延びることができた。そしてそのお陰で、今、俺達は生きている。そしてこれからも、生きていける」
「生きて、いける……?」
「ああ」
そうとも。
エリーゼの、あの強大なダメージヒールがなければ、俺の薄っぺらい装甲はあの魔狼の剛爪によって八つ裂きにされていただろう。
しかし彼女のダメージヒールは狼を足止めし、更には倒してしまった。お陰でお互いLvが上がり、これからの生存率が少し上がったのだ。
エリーゼの力は、俺を救ってくれたのだ。
「大体、ダメージヒールとかかっこよすぎだろ。いいか、俺なんて何が発動条件なのかも良く分からんアビリティ除けば無能だぞ無能。疲労軽減すら持ってない。ステータスだってNOUMINNより低い」
「え……? だ、だって、勇者はみんな強いんじゃ…」
「ところがどっこい。俺は弱い。だから君に殺されかけたわけだが」
俺は勇者のなかで最弱だ。もちろんエリーゼもそれは分かっていて、だからこそ俺を暗殺しに来たのだろう。結果として彼女は俺のアビリティに縛られる奴隷となったわけだが……。
そのせいで、今俺達はここにいる。俺はもう、勇者じゃない。
「弱い俺には、力がない。だから、君を頼るしかない。ほらな? 君の力は、俺を助けてくれるだろう?」
「……」
エリーゼは、押し黙ってしまった。でもその表情は、さっきよりも少し、柔らかく見える。
「……いつまで抱き締めてるのよ、変態」
「あ、悪い」
やばいやばい、どう考えてもキモいことしてたの忘れてた。俺は急いでエリーゼを解放する。殴られるくらいするかもしれん。
「もう」
けれど何故かエリーゼは、そっぽを向いたままなにもしてこなかった。王女様の寛大な心に感謝である。
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亀更新ではありますが、これからもこの作品をご贔屓にしてくださると幸いです。
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