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第六話『崩れた運命』

お久しぶりです。

 (ごう)(ごう)(ごう)


 谷底に吹き込む風の音が、重厚に、そして残酷に鳴り響いている。吹き付ける突風で今にも倒れてしまいそうな俺のなけなしの精神を、余計に削ってくるかのようだ。

 ここで倒れようが倒れまいが、どちらにせよ俺が谷底へと墜ちることに代わりは無い。そのことを知ってか知らずか、処刑人の歩みは非常にゆったりとしたものだ。


「何で……パパ……どうして……」


 後ろからか細い、弱々しい震え声が聞こえてくる。人帝国第二皇女エリーゼ・ヴァン・エノクが……否、今やその肩書を剥奪され、ただの『エリーゼ』となった少女が、震えおののきながら引き立てられているのだ。


 俺のせいで──その言葉が、脳裏をよぎる。


 今俺達が向かっているのは、人大陸で最強最悪と言われる四つの超上級迷宮(ダンジョン)……《四大地獄(コキュートス)》が一角、《血界ノ峡谷(カイーナ)》。

 一年を通して片時たりとも晴れることのない、分厚い雲に覆われた空の下、大口を開けて俺達を待ち構える獣の咢に見える、巨大な渓谷である。

 人帝国が出来る遥か以前からそこに存在し、多くの冒険者たちを誘い、破滅させてきた、未開の秘境。


 現在攻略され、確認されているだけで150階層。俺達が攻略していたダンジョンが発見済みの最奥階層が20であることを考えると、圧倒的な広さ。恐るべきはこれがまだ氷山のほんの一角にすぎず、伝承によれば最低でもあと100階層以上あることが示唆されている、ということだ。

 攻略可能適正レベル——推定にして、200以上。今のままでは白銀達『勇者のパーティ』が総力を結しても攻略は難しい。さらに150層からの攻略適正レベルは、最低でも400以上だと目されており…かつて向かった調査団が、最後に見た150階層の魔物(モンスター)のレベルが、同系統のモンスターから推測して、どう少なく見積もっても300レベルであったらしい…人帝国皇帝、ヴォルフガングですら攻略に挑むのは難しいと言われるほど。つまり、現代の人間では挑戦不可能。


 このほかにも《四大地獄》は到達階層80、攻略適正レベル300の《冥界ノ霊峰(アンテノーラ)》、到達階層5、攻略適正レベル500の《叫界ノ古都(トロメア)》、そして一階層も攻略されておらず、かの伝説の英雄すらその攻略を断念したという、攻略適正レベル999、《絶界ノ監獄(ジュデッカ)》が存在しており、カイーナはその中でも最も攻略が容易であり、しかし常人に攻略は不可能な、最悪の場所である。


 ではなぜ、そのような場所に俺とエリーゼがいるのか。攻略に来たのか? 

 まさか。そんなわけがない。いまだLv1の俺には到底無理な話だし、エリーゼもLv10だ。この二人だけでこのどれか一つにでも放り込まれれば、一日も経たない内に、内部に巣食う、想像を絶する強さの魔物(モンスター)たちに喰われて死んでしまうだろう。


 そう――『死』。絶対的な『死』。それを与えられる為に、今俺達は、此処にいる。


 俺達は今――――『魔族滅すべし』の法により、処刑されようとしているのだ。



 ***



 数日前の事だった。

 勇者を討伐することによって『世界最強の人間』の座を、白銀善人(しろがねよしひと)から父親である人帝国第六十五代皇帝ヴォルフガングの手に取り戻させようとした、人帝国第二皇女エリーゼは、ナイフを忍ばせ、最弱の勇者である俺を暗殺しに来た。

 父王ヴォルフガングから遺伝したのであろう卓越した戦闘センスの前に俺は成すすべもなく、あと一歩で殺されるところだった。


 しかしその土壇場で、まさしくご都合主義、とでも言う様に、ずっと効力を発揮していなかった俺の固有能力(アビリティ)、【ディヴァイン・スレイヴ】が発動。『対象をテイミングする』といういたってシンプルな効果で、エリーゼ皇女を調教(テイミング)してしまったのだ。


 エリーゼは顔を真っ青にすると、即座に俺の部屋から逃げ出したのだが……そんな彼女の首と両手足首には、俺の左手首に浮き上がった縄文と同じ、鎖に似た黒い痣が出現し、まるで枷の様に彼女を縛っていた。俺が意思を以て放った言葉は彼女に対する命令となり、彼女は己の意思に反してその命令に従わなければならない。


「なんてこった……」


 いったいどうしてこんなことになったのやら。


 よりにもよって、国のトップの娘をテイミングしてしまったのだ。何が起こるか分かったもんじゃぁない。


 アマミヤの仕組んだ何らかの事情により、勇者が害される、という事はほぼあり得ない。が、何か特例が、例えば王族に危害を加えてはならない、等という事が存在した場合、俺は無事ではすまないだろう。

 ステータスだけで考えれば、勇者たちの中でもっとも弱いのが俺だ。下手すりゃ死ぬ。


 そんな訳で戦々恐々としていた俺なのだが、その予測がほぼ最悪に近しい形で現実のものとなったのは、それから約二十分ほど後のこと。


 部屋の中に閉じ籠っていた俺は、がしゃり、がしゃり、という音を聞いて飛び上がった。重々しい、金属の音──鎧の音。


 間違いない。鎧を着た兵士たちが、大勢で城内を歩いているのだ。しかも段々、こっちに近づいてきているような──


 ──がしゃり。


「ってここで止まるのかよ!」


 鎧の大合唱は、俺の部屋の目の前で完結した。そして直後。


 大音声と共に、俺の部屋の扉がぶっ飛んだ。


「はぁっ……!?」

「アシズ・カミノリだな! 卑しくも勇者に扮した魔族め……恥を知れ!」


 ……ちょっと待て! どういうことだ!?


 魔族。それは人帝国が総力を結して対抗している、人類と決定的に敵対した種族だ。その外見は人間に良く似ているが、決定的に違うこととして目が赤い(榊原のそれとは少し色合いが異なるという)……らしい。らしい、というのは、まだ俺たちは彼らと出会ったことはないからだ。


 俺たち勇者が召喚された、『この世界にとっての』理由の一つ。それが、魔族の掃討だ。人帝国だけでは太刀打ちできない魔族を滅ぼすこと。ヴォルフガング帝が俺たちに課した使命。


 勿論、アマミヤの言葉を信じるなら無視してもいい使命だ。が、それに甘んじていた方が、王家からの支援も受けられる、と言うことで、満場一致で魔族討伐の使命は遂行することに決定したのはいい思い出だが……。


 その魔族が、俺……逆か。俺が魔族だとはどういうことなのか。


「来い!」

「うわっ!」


 兵士の一人に無理矢理首根っこを捕まれ、俺はそのままどこぞへと連行された。


「なんだなんだ?」

「騒がしいな……」


 勇者達クラスメイトも突然のことに、部屋から出て来はじめた。さっきまでの出来事じゃ起き出して来なかったのはどういうことなのか。俺に何があっても知らんが、自分達に関係が有りそうなことになると心配し始めるか。ひでぇな。


 ……そんなことは正直な話どうでもいい。


 俺が引っ立てられて行ったのは、王城の外だった。すでにそこには大量の兵士達と、野次馬クラスメイト達、そして、凄まじく厳しい表情でこちらを睨む、ヴォルフガング帝がいた。


「皇帝陛下……これは……!」


 俺はヴォルフガング帝に向かって叫ぶ。しかしそれを遮るように、もう一つ別の、そしてあり得ない声が聞こえた。


「ちょっと……放しなさい! 私は王女よ!」


 俺とほぼ同じように引っ捕らえられてきたのは、先程テイミングしてしまったエリーゼ王女だった。

 彼女は鋭い目付きで己を見る父に気がつくと、困惑した表情で言う。


「ぱ、パパ、どういう……」

「黙れ」


 ズン。


 空気が、歪んだ。背後で、クラスメイト達が息を呑む気配。「ひっ」という女子達の悲鳴も聞こえた。


 なんだこれ。ヴォルフガング帝の気配が完全に変わった。今までの為政者の表情じゃない。これは──戦士。それも、結して相容れない敵を前にした。


 召喚されたときに、召喚師達がえらく怯えていたのを思いだした。彼らは、この姿を知っていたのか。


 がち、がちがち。


 その震えは、エリーゼのものだったのか。クラスメイト達のものだったのか。それとも、俺自身のものだったのか。


 あるいは、全員の奏でる、『恐怖』の音だったのかもしれかい。


「まさか勇者の中に、魔族が混じっていようとはな」

「それは、どういう……」

「その痣だ」


 疑問の声をあげたエリーゼに対し、ヴォルフガング帝はその首筋の黒い痣──【ディヴァイン・スレイヴ】によるテイミングの証を指差した。


「魔族の施す、『洗脳』の術式──【スレイヴ】が与える魔痕である。アシズ・カミノリ──貴様がつけたものであると、娘自らが証言した」


 妙に他人行儀な口調で、俺に向けてそう言ったのちに。彼は、冷たい目で己の娘を見下ろして。


「ひっ──」

「──エリーゼ。魔族に汚された貴様は、最早我の娘にあらず。浄化のできぬその穢れ──我の元に置いておくわけには行かぬ。

 ──ここに貴様より、第二王女の肩書き(ヴァン・エノク)を剥奪し、その魔族の男と共に《血界ノ峡谷(カイーナ)》へと放逐する。この場で切り捨てぬこと、我の最後の慈悲と知れ」

「そんな……パパ……そんな……嘘よ……っ!」


 エリーゼの瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。まぁ、あのファザコン振りだしなぁ。父親に裏切られたっていうのは相当堪えるだろう。


 そして、そんな状況を引き起こしたのは俺なのだ。俺のアビリティが、彼女から父の庇護を奪い取った。


 ──畜生……ッ!


「やってくれたなアマミヤァ……ッ!」


 よくも。


 よくも俺に、こんな力を。


 俺が必要とするときには、一切の力を貸さず。

 その力を開放してみれば、無関係の人の人生を狂わせる。


 そんなアビリティを、良くも俺に……俺なんかに……!


「連れていけ」


 ヴォルフガング帝が、静かに告げる。既に用意はできているようだった。俺とエリーゼは、武骨な作りの馬車……恐らくは凶悪犯罪者を護送するためのものなのだろう……に入れられる。


「やだやだやだっ! 嘘だっていってよパパぁっ!」


 泣き叫ぶエリーゼ。しかし、状況は何も変わらない。


「──上式君……!」


 誰かが、俺の名前を呼んだ気がして。


 直後、護送車は発車した。


 俺とエリーゼの、死に向かって。



 ***



 こうして俺達は、《血界の峡谷(カイーナ)》に連れてこられ。


「う、おわぁぁぁぁっ‼」

「いやぁぁぁぁっ!!!」


 そのあぎとに向かって、投げ入れられた。

 閲覧ありがとうございます。

 作者はこの作品以外にも小説擬きを執筆しておりますゆえ、(以前の更新から今回の更新までの間を見れば分かるように)非常に執筆が遅いです。それ故、次回も気長にお待ちいただけたらな、と願っております。


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