第五話『アビリティ、開眼』
結局二話投稿できなかった……。
「うわぁー、疲れたぁー!」
ぼふんっ、と音を立てて、俺の身体の形に沈み込むベッド。王城内に割り振られた自室のそれに、思いっきり俺が倒れ込んだためだ。
ここ数日でひどく疲れた。地球にいたころと比べて十歳くらい年を取った気がするほどだ。
実際の所俺は何もしていなっちゃしていないのだが、俺とクラスメイトの間にあるレベル差を考えてみれば、付いて行くだけで相当な疲労が溜まる。
おまけに俺には疲労軽減や、それに類するスキルが何一つついていないのだ。疲れるのは当然である。というか何で俺にだけついてないんだよ疲労軽減。榊原にだってついてるんだぞ。
回復しない疲労のせいにするつもりはないが、結局今日も、一度もモンスターに攻撃することは出来なかった。経験値は全くたまらず、Lvは1のまま。クラスメイトたちはどんどんレベルが上がり、もう追いつける気がしない。もう大分ストレスが溜まってきている。ハゲたりはしないけど。
それに。
俺の心労の原因には、更に深刻なモノも存在している。数日前、とんでもないことが判明したのだ。
それは俺の固有能力――【ディヴァイン・スレイヴ】に関しての事である。
【ディヴァイン・スレイヴ】の効果は、『対象をテイミングする』ことと、『テイミングした相手のクラスを、その種族によって変更させる』ことの二つだ。初日に確認した通りであり、以後特に変更はない。白銀の【聖剣の勇者】辺りはレベルが上がるごとにどんどん強力になっていっているらしいが、今だレベルがさっぱり上がっていない俺はこの二つの能力だけのままだ。
これらは至って一般的な調教能力であり、ビーストテイマー職の一般人や、獣人や竜血族ですら持っている能力だ、ということだった。
しかもクラスメイトの中に、その完全上位互換である、『無限にモンスターをテイミングできる』『テイミングしたモンスターの能力を底上げする』と言った、まるで魔物王のような能力を持った奴がいるのだ。何のために俺にこの能力が授けられたのか、いよいよもってさっぱり分からなくなってしまっている。
それだけではない。
この能力――『使えない』のだ。
『使い物にならない』という意味ではない。そんなことはとっくの昔に分かり切っていた。だが、せめてレプタイル一匹でも仲間にすれば心強いか、と思って、先日レプタイルに向かって能力を行使してみたのだが――
【このユニットはテイミングできません】
といった言葉が俺の視界に表示され、テイミングに失敗したのだ。
『対象をテイミングする』の『対象』に含まれてないのかよ! とその時は内心で絶叫し、激高して襲い掛かってきたレプタイルに殺されかけ、結局また榊原に助けてもらう事になったのだが……。
取りあえず、非常に格好悪かった。その日はモンスター軍団がさらに増え、ほくほく顔で帰還する例の『魔物王スキル持ち』を、恨めしい表情で見つめることしかできなかった。
使い物にならないどころか、使用自体ができない。
余計に何のためにあるのか分からない。結局、『無能』と同じ。
クラス転移モノの主人公たちは、こんなみじめな思いをしていたのか、と思うと、なんだか泣けてくる。
寝転がったまま、俺は左手を掲げる。その手首に刻まれた、痣にも見える、縄か鎖のような文様――【ディヴァイン・スレイヴ】の入手と同時に出現した、恐らくは所有者の証。
「……お前はさ、何のために俺の所に来たんだよ……」
思わず、ポツリ、と愚痴が漏れる。
無駄な力を固有能力に設定した神に、一言文句を言ってやりたい。
そして――その状況に甘んじて、泣き寝入りしている自分を罵りたい。
本当ならば、俺はここからどうにかして努力して、弱いなりに経験値を稼ぐべきなのだ。それが、いつまでもグダグダといじけているから──
俺が、そんな事を思っていると。
『ど、どうして私のことが分かったの!? 腐っても勇者っていうこと!?』
ドアの向こうから、少女の声が聞こえた。
「……は?」
思わず、俺の口から間抜けな声が漏れ出る。それほどまでに、あまりにも唐突過ぎた。
ちょっと待て、ドアの前に誰かいたのか? ってことはさっきの呟きを聞かれた? あの厨二感満載の呟きを? うわ恥ずかしい……ってそう言うことはどうでも良くてだな。
ドアの前にいる奴は、何か勘違いをしていないか? 彼女…声からして十中八九…は俺がその気配を察知して先ほどの言葉を呟いたのだと思っているのだろうが、残念ながらそれは全くの見当違いであって、俺は別に警戒心と共に言い放ったわけではない。
あの! 勘違いです!
そんな事を俺が言い返そうとした、その直前。
『バレたのなら仕方ないわね……大人しく……』
そして。
勢いよくドアが開いて、小柄な人影が俺の部屋に突入してきた。
「死になさい!」
そいつは、手にギラリと輝く、小型のナイフを携えていた。朝食の時に出てくる食器だ。さすがに王城の備品なだけあって、細部まで細かい装飾が施されていて大層上品――ってそんなことはどうでも良くてだな。
「う、うおぁっ!?」
全力で体を捻り、その一撃を避ける。ざしゅり、という軽い音を立てて、俺のベッドが切り裂かれた。羽毛が舞い散る。嗚呼、俺の安らぎが。
「な、何するんだよ……―――!?」
侵入者に向かって文句を言おうとして、俺はその正体に気付き、絶句した。
目を見張るような黄金色の、絹の如く滑らかな長髪。勝気そうにつり上がった瞳の色は碧。まだ幼さを残したあどけない顔には、きつい殺意が浮かび上がっている。
纏っているのは仕立ての良いドレス。フリルが非常に邪魔そうだが、それをものともせずにこちらに飛びかかってきたあの動きは、正直目を見張るものがある。
その少女を知っていた。
人帝国皇帝、ヴォルフガングが次女――エリーゼ・ヴァン・エノク。つまり、この国の第二皇女サマだ。齢十五歳。発育途上のその身体や、ツンデレキャラによく見られるキツめの表情が、一部の男子から大変受けている、正真正銘のお姫様。
そんなやんごとなき身分の人物が、ギラギラと殺意を目にたぎらせて、ナイフを構えて俺に躍り掛かってきたのだ。
「おま……何で……」
「勇者を殺すの。そうすれば、パパもママもお姉ちゃんも、みんな目を覚ますはず――」
まるで譫言の様に。
俺に対しての返答、というよりは、自分に言い聞かせるようにそう言って、再びエリーゼ第二皇女は刃を構える。その突進は素早い。ステータスが低い俺では、ギリギリ避けるのがやっとの状態だった。
「ぐっ……」
「みんなみんな、勇者は偉大だからって言って、勇者たちを崇めるの。そんなのおかしい! だってアイツらはいきなりやって来ただけよ! この国で……ううん、この世界で最強なのはパパだったのに! いきなりあのシロガネとか言う奴がその座を奪い取って……許せない!」
つまりは――エリーゼは、父親であるヴォルフガング帝が誇っていた世界最強の座を、ぽっと出の勇者達に奪われたのが悔しかったということか。
ここで注目すべきは、この少女の見上げたファザコン具合ではない。俺の見立てではあるが、恐らくこの少女は――――アマミヤの精神支配を、受けていない。
この世界に来てから、どんなに弱い俺であっても、地球人であれば王城内の人々は誰もが頭を下げてきた。俺は彼らよりもずっとずっと弱いのにも関わらず、だ。
恐らく、少なくとも王城の人間は、何らかの要因によって俺達に悪意を向けることができないのだ。既に来谷ら不良集団がかなり好き勝手をし始めているらしい、という話は聞いたが、しかしそれに対して王城側から何か苦情が来ているかと言えば、そうでもないようだ。
実際のところは何か宗教的な要素なのかもしれないが、明らかにおかしいと思える場面だっていくつか見た。
恐らくは――アマミヤの言った通りのことが、起こっている。『誰も勇者達には逆らえない』。実際のところは多少思考の方向性を操作されている程度だと信じたいが、もしかしたら、と思わずにはいられないのだ。
今思えば、他ならないこの俺も、クラスメイトだったアマミヤのファーストネームを思い出せない、という、恐らくは精神操作を受けているのだ。
そしてこれらの仮説が正しいのであれば――――エリーゼは、神に逆らえるということになる。
しかしその思考は、長くは続かさせてもらえなかった。
「だから私が勇者を殺すの……勇者より弱い私が勇者を斃せば、勇者が強いなんて思う人はいなくなる……!」
「うおぁっ!」
再びの一撃。んなアホな、と言いたくなってしまうセリフが付いていたが、もうこの際気にしてはいられない。
正直な話、さすがはあの皇帝の娘だと思える身体能力だった。多分このままだと、俺は殺される。そう確信できた。
しかしどうすることもできない。俺のステータスはゴミクズで、恐らくこの少女よりも低い。「勇者よりも弱い」と言ってはいたが、恐らくは彼女も一番弱い勇者(?)である俺を狙ってきてはいたのだろう。
そうこうしているうちに、俺はどんどん追い詰められていく。溜まりに溜まった疲労が、ここに来て俺の足を引っ張っているのだ。
そしてついに、エリーゼのナイフの切っ先が、俺の胸を捉える。
ああ、こんな時に俺を護る盾がいたらなぁ、と、ふいにそう思った。いや、盾じゃなくてもいい。俺が殺されそうになったら駆けつけてくれる護衛とか、敵が来たら切り裂いてくれる仲間だとか、死んだら蘇らせてくれる僧侶だとか。
俺の力が――【ディヴァイン・スレイヴ】が十全に働く能力ならば、その内のどれか一つだけでも手に入れられたのではないか――
いや。
ない物ねだりをしてもしょうがない。
死にたくない。ならばこの手を動かせ!
「うぉぉっ……!」
「きゃっ」
俺はどうにかして、エリーゼのナイフが突き刺さる前に、左手を動かし、エリーゼの右手首を掴んだ。反撃されるとは思わなかったのか、エリーゼは体を捻りながら俺の手を振りほどこうとする。
「このっ……」
「クッ……!」
低すぎる筋力値をどうにか振り絞って彼女を拘束する俺。しかしエリーゼの方が力が強い。徐々に、徐々に、俺の方に向かって刃が近づいてくる。
「やめろ……」
その刃を。
「【俺に突き刺すな】!!」
その、瞬間だった。
バシィィィィッ! という激しい音と共に、俺の左手首に異変が生じた。【ディヴァイン・スレイヴ】の所有者の証である鎖模様が光り輝き、まるで青あざの様に黒ずみ始めたのだ!
それだけではない。文様から発せられる光が黒い鎖を形成し、エリーゼに絡みついた。
「ちょ、ちょっと……何よコレ!」
悲鳴を上げて鎖を振りほどこうとするエリーゼ。しかし鎖はまるで意思を持つかのように、蛇の如くのたうちまわり、エリーゼを放そうとしない。
やがて俺の腕の模様が、完全に黒色に染まるのと同時に。
エリーゼの首と、両手首にも、全く同じ模様が出現していた。
だがそれだけ。
それだけだった。
「な……」
「お、驚かせないでよね……今度こそ死になさい!」
調子を取り戻したのか、エリーゼが再びナイフを構え、俺に向かって突き刺そうと試みる。
「や……【やめろ】!」
咄嗟に叫ぶ俺。思わず口を突いて出た、なんともありふれた言葉ではあったが……しかしそれがエリーゼにもたらした効果は甚大だった。
「――ッ!?」
バチィッ! という黒い光が、エリーゼに浮き上がった縄文から発せられる。同時に、エリーゼの動きが、ぴたりと止まった。
「ちょ、ちょっと……動け! 動きなさいよ!」
「なんだと……?」
何だ、これは――――まさか、今の動きは俺の言葉がトリガーになって……?
「【ナイフを捨てろ】」
かしゃん。軽やかな音を立てて、エリーゼの手の中からナイフが零れ落ちる。彼女自身、自分の行動が理解できないようで、驚きに目を見張ってわなないていた。
「ど、どうして……?」
「俺の方が聞きたい……」
正直な感想だ。この状況がさっぱり理解できない。だが、心の中の何処かには、この事態をしっかりと把握し、何が起こっているのかすべて理解している俺もいた。
ついに。
ついに効果を発揮したのだ。
俺の固有能力、【ディヴァイン・スレイヴ】が――――人帝国第二皇女、エリーゼ・ヴァン・エノクを――――
テイミング、してしまったのだ。
この作品メインヒロイン影薄いなぁ、と思いつつ。本日も拙作をお読みくださり誠にありがとうございます。
出来る限り頑張りますが、土日は更新ができない可能性もあります故、ご了承ください。