第四話『ダンジョンにて際立つ弱さ』
「そっち行ったぞ! 逃がすな!」
「くそっ、間に合わない!」
「任せて! 『爆炎よ、我が敵を滅せよ――【フレイムインパクト】』!」
「サンキュー!」
「よし、逃がすな、追え!」
全長二メートルほどの中型蜥蜴魔物を追うクラスメイト達に必死に付いて行きながら、俺は息を切らしていた。半分ほどニートみたいな生活を送っていた超インドア派高校生の俺に、重労働はキツイ。他のメンバーは【疲労軽減】のスキルだとか、高いステータスだとかでそれらを補っているらしいが、残念ながら俺にはそれがない。
この世界に召喚されたあの日、皇帝が説明したところによると、高いステータスは、元の世界において様々な縛りプレイ(的なこと)をさせられているという俺達が、その縛りが存在し無いこの世界に召喚されたことによって解放されたものだ、とのことだった。
ならばそれすらも低い俺は何のか、と言いたいところだが、無いものは無い。
既にこの世界に来てから、三日余りが経過している。王城近衛兵や、対魔物専門の人たちに技術・知識両面で鍛えられ、既にクラスメイト達は低級の魔物ならば難なく倒せるレベルに到達した。今は迷宮に挑戦しているところである。
残念ながら俺は、知識はともかく技術ではその水準に至っていない(というか未だ低級魔物すら苦戦する)のだが、全員が迷宮に潜ることになっているので仕方ない。本当は来たくない。
対モンスター専門職の人によれば、通常の動物の中で、強い魔力を持って生まれたモノが『魔獣』、邪悪で、人に害を及ぼす……より正確に言えば、《種族カルマ値》とやらがマイナスの種族を『魔物』と言うらしい。魔物に関しては、その発生原因が未だ解明されていないらしい。
因みに人間の種族カルマ値は中立の『0』。種族カルマ値に左右される現象に関しては、善行や悪行の数によって変動する《固有カルマ値》とやらで判別するらしい。なお、それらは基本的に秘匿され、ステータスウィンドウにも出ないという。多分俺のはマイナスだと思う。割と悪いことしてるし。
とまぁ、愚痴を言っていてもしょうがない。話を戻す。
今俺達がいる迷宮というのは、大型魔物の一種であるらしい。種族上は『ミミック』の類…某国民的RPGで有名なあれだ…に分けられ、洞窟や建造物の姿を取っている。
これらは内部に魔物を生成し(この辺りが、魔物が『純粋な生物ではないのではないか』と言われる要因の一つとなっているらしい)、それらを外界に解き放つ。当然内部にも魔物が住まう……ダンジョンは、いわば魔物の城となる魔物、といったところか。
魔物を殺すことが出来るように、勿論ダンジョンを『殺す』こともできる。ダンジョンは、原則としてその最奥に『核』を持つ。これを破壊することで、ダンジョンの『攻略』…もしくは『討伐』と呼ばれる…が完了する。
勿論ダンジョンも(一応は)生き物だ。死にたくない。それ故、ダンジョンの核周辺には、強大なボスモンスターが待ち受けている。
これらボスモンスターの力は圧倒的だ。手慣れた冒険者(モンスターの討伐などを生業とする、いわば『何でも屋』らしい)ですら、どんなに弱い者でもソロ撃破は困難と言われる最後の難関なのである。
ちなみに我らが人帝国皇帝、ヴォルフガング帝は、中級迷宮のダンジョンボスをソロ撃破した経験を持つそうな。バケモノか。
……と言いたいところなのだが。
俺を除くクラスメイトのほぼすべては、その皇帝陛下を余裕でしのぐステータスを保持しているのだ。恐らく、前人未到の上級迷宮ソロ攻略すら、いずれは可能になるのだろう。
因みに俺はいつまでたっても無理だと思う。
そんな俺とは真逆。俺達の中で最高クラスのステータスを持つ者達が、俺達より二十メートルほど離れたところで、大型の亜地龍と戦闘している。
ドレイクは竜種に属する『亜龍』と呼ばれる種族の一種で、亜飛龍と対になる魔物だ。『亜』という言葉が示す通り、本物の地龍に比べればその戦闘能力は劣る。しかしそれでも低級ダンジョンに生息するモンスターとしては、最強クラスのモンスターだ。
巨大な前足から繰り出される、叩き付け攻撃や、鍵爪による斬撃。丸太の様に太い尻尾による打撃。そして鋭い牙の生えた咢による噛みつきに、更にはその属性に応じたブレス。
火、水、土、風、光、闇の六属性。それらを組み合わせて発生する無限の属性がこの世界には存在する。保有する属性によって発動する能力や効果などが変わる魔法や武器もあるというくらいだから、そこそこ重要なのだろう。それぞれに守護精霊がいて、竜血族や妖精族などの生命に力を貸しているという。
もちろんダンジョンにも属性があり、その属性に応じたモンスターが出てきやすい傾向にあるらしい。このダンジョンは火と土の属性を持つため、火属性のレプタイルやドレイクが出現するのだ。
全くの余談になるが、六属性全てを使いこなせるのは、人間と竜種、そしてダンジョンなどのごく少数の存在に限られるらしい。モンスターでは多くても二つ程度しか使いこなせず、人間以外の人間種族であっても、六属性を使いこなすのは難しいらしい。その辺りが人帝国が魔族や亜人の排斥を行っている理由の一つになっているらしい。
この話は知識講習をしてくれた元冒険者のおっさんから聞いた。おっさんによれば、人帝国内部ではエルフや獣人と言った亜人種ですら差別・排斥の対象となっているらしい。なんてこった、ケモミミが差別されている。
おっさんの奥さんも獣人で、奴隷として連れ攫われかけていたところを偶然おっさんが救って以来なんだという話をデレデレしながら語ってくれた。クソッ、末永く爆発しろ!
……大分話が逸れた。
ともかくそのドレイクが、今、その咢をいっぱいに開けて、その喉から爆炎を吐き出した。《ファイアブレス》だ。本来の竜種にも劣らないと思える強大な攻撃に――
「《能力解放》――《我が腕は聖剣を振るう》!!」
眩い光で出来た剣が、正面から応対した。
勢いのついた炎を真っ二つに切り裂き、そのままドレイクを軽々と叩き斬る。これまでの戦いは必要であったのか、と疑問に思ってしまうくらい、あっさりした幕引きだった。
実際のところは《能力解放》とやらを使う為には何かエネルギーをためる必要があるらしく、そう簡単に出来ることじゃないらしいが。
「やったな、善人」
「ああ! 陣矢もお疲れ」
東堂がねぎらいの言葉を掛けた相手こそ、その下手人。
学級委員長にして、今や勇者たちの代表――白銀善人だ。
彼の持つ固有能力、【聖剣の勇者】は凄まじい。これでもかというほど大量のスキルや能力ブーストを保有者に与え、さらには先ほどの様に一撃必殺の光の剣を生成する能力すら存在するのだ。どこぞの『約束された○利の剣』だとか言っちゃいけない。俺も思ったんだから。
今やクラスメイトのほとんどがLv20前後に到達したが…因みに敵に与えたダメージがそのまま経験値に直結する為、俺のレベルは今だ1のままだ…彼とそのパーティー、合計六名は違う。
強力なモンスターばかりと戦っているからか。既にそのレベルは30を超え、冒険者ならば一生あそんで暮らせるだけの金を稼げる位置まで到達しているらしい。
因みに皇帝のレベルは333。また神の数字かよ、と思うが、人間としてはこれが最高クラスなんだそうだ。過去、レベル999に到達した英雄がたった一人だけいたらしいが、どうやら人間にとってはそれが最高レベルなのではないか、とのことだった。
【聖剣の勇者】――白銀善人。
【覇魔の戦士】――東堂陣矢。
【神弓の巫女】――林道宮子。
俺達の中で最強の実力を持つ三人だ。此処にあと三人、彼らに次いで強力なクラスメイトが加わり、クラス最強の『勇者のパーティー』が出来上る。全員が前述の通りLv30越え。リーダーの白銀に至っては既に40に届いているらしい。
正直な話、超えられる気がしない。
レベルも。ステータスも。アビリティも。技術も。彼らは俺が及びもつかないような域にいる。
今だLv1のままの俺が、どうやって追いつけばいいというのか――――
「おい、上式! そっち行ったぞ!」
「へ? う、うわっ!?」
そんな事を呆然としながら考えていたせいか。クラスメイトたちが追っていたレプタイルがこちらに来たのに気が付かなかった。
速い! 大顎を開いて突き進んでくるレプタイルに、俺は反応できない。その牙が俺が咄嗟に掲げた腕に食い込む――
直前で、脇から飛んできた光の矢に貫かれ、吹き飛んで行った。
「ギャッ、ギャッ」と言ったような啼き声を上げながら逃げていくレプタイルを、クラスメイト達が追って行く。何というか、可哀そうだな、と、一抹の同情をレプタイルに対して禁じ得ない。いや、敵なんだがな。
というか、直前で俺を助けてくれた光の矢は……。
「……上式君……大丈夫?」
「うぉっ!? あ、ああ……悪い、榊原」
音もなく、いつの間にか俺の隣に一人の少女が姿を現していた。
真っ白い髪を肩口あたりで切っている。瞳の色は赤。表情の薄いその顔は、整いすぎるほどに整っている。あまりにも整っているせいで、その無口無表情と相まって無機物に見えてしまうほどだ。
彼女の名は榊原白那。やはりクラスメイトであり、そしてカナメ不在の今、俺の唯一と言っていい話相手である。
その理由を説明するには、まず彼女のステータスと固有能力について説明しなければなるまい。
彼女のステータスは、HPとMP、そして精神力を除くすべてが驚異の『1』だ。現在彼女はLv15だが、一向にこれらが変更される気配はない。さらに特殊耐久に至っては驚くべきことに『0』。つまり状態異常に凄まじく弱い、ということに他ならない。
HPもようやく3000と、俺とほぼ変わらない数値。Lv15でこれなのだから、転移直後はもっとひどかったということになる。
しかし彼女が最弱ではない理由は、別の所にある。
彼女のMP。その数値は、驚異の『250000』だ。これはクラスメイト中最高の数値。彼女のを除けばもっともMPが高いのは、『勇者パーティ』の魔法職を担当している女子だが、それですらその半分にも満たない50000。しかも榊原のMPはレベルが上がるごとに驚異的な増加を見せるので、到底追いつけない。
さらに精神力に関してはやはり最高値となる100000を記録している。
この世界における魔法というのは、《魔術回路》なるものに《魔力》を流し込んで発動する。魔術回路は《体内魔術回路》と《体外魔術回路》に分かれ、体内魔術回路の規模が『精神力』に相当する。これが高ければ高いほど、魔法の構築は早くなり、極めれば詠唱省略すら可能となる。
体内魔術回路で構成できない余剰分が体外魔術回路で構成される。これは杖や札、詠唱などで補助することが一般的だ。特にスムーズかつ柔軟に体外魔術回路の構築が可能となる詠唱は、最もポピュラーな補助手段である。
彼女に関しては、その精神力が、ほとんどすべての上級魔法の要求魔術回路量を上回っている。即ち、ほぼどんな魔法でも、彼女は無詠唱で放てる、ということなのだ。
話が逸れるが、俺の場合はこれがほぼ不可能で、どんな超々低級魔法を使ったとしても、非常に長ったらしい詠唱が必要となる。それだけではない。保有魔力が10しかないため、ほぼすべての魔法が失敗するのだ。
彼女の容姿。地球におけるアルビノとほとんど変わりの無いこの姿は、しかしもともと彼女の容姿だったわけではない。この世界に来て、MPの量で髪の毛と目の色が変わって…MPが多ければ多いほど色が薄くなる。金髪の人物は魔力が多い、ということになる…この色になったのだ。
不気味な外見と、尖りすぎたステータス。さらに無口無表情も相まって、クラスメイトたちは彼女を避けるようになった。
丁度雑魚すぎる俺を、避ける様に。
とにかく、榊原は魔法面に関しては最高の素質をもつ。しかし彼女を彼女足らしめているのはそれだけではない。
固有能力、【私の為の神殿】。彼女の体内に存在する、強大な『魔力炉』。無尽蔵に魔力を生成し続け、更には『自動詠唱』を執り行う。
彼女はこれによって、常に、かつ無作為的に、上位の結界魔法を己の周囲に展開している。これによって物理攻撃も特殊攻撃も彼女には通用せず、その低すぎる防御性能を補っている。
また、この結界ため、ほとんどの敵が彼女に近づけない。この障壁は保有魔力量が多ければ多い者ほど近づけなくなる術なので、MPのほとんどない俺は彼女に近づける、ということなのだ。
それでも触れたりすることは不可能だ。しかし他のクラスメイトは本当に彼女に近づけない。
これらの理由の為、俺のみが話し相手になれる。だからこの三日間、俺の唯一の話し相手は榊原であり、彼女の唯一の話し相手も俺であったのだ。
「助かったよ。榊原がいないと死んでたかもな、俺」
「……縁起悪い事、言わないで」
むっ、とした様に(ぎりぎり見える)表情を歪め、榊原は言う。
しかしすぐにいつもの無表情に戻って、告げた。
「……そろそろ、引き上げる……みたい。皆、帰り始めてる」
「え、マジで? そっか、サンキュ」
危ないところだった。
ダンジョンから地上に帰るためには、転移が出来るワープゲートを使うか、転移魔法が使えるメンバーの力を借りるしかない。
転移魔法が使えるクラスメイトは少ない。彼女が教えてくれなければ、俺は一人でワープゲートを探さなければならなかっただろう。ワープゲートが設置されている場所は、それを一度使うたびに変わってしまう。俺達は一度この階層のワープゲートを使っているため、再度探さなければならないところだった。
俺は急いでクラスメイトたちの集団に近づいて行った。
「あっ……」
だから。
「……私の魔法で、送ってあげようと、思ったのに……」
榊原の寂しそうな呟きを、聞くことは出来なかった。
……なんかものすごくヒロインっぽい奴が登場してしまった。早くもプロットが崩れ始めている……。
というワケで本作を読んで下さってありがとうございます。
結構駆け足で書いているあたりがあるので、誤字・脱字や、「あれ、おかしくね?」と言った描写もあるかと思います。そう言ったモノは感想やメッセージなどでご指摘してくださると助かります。