第二話『異世界への誘い』
本作は割と見切り発車とノリで進んでいる風潮が強いので、あとから修正とか結構多いです(事実前の話の細かい所を既に何度か手直ししています)。
異世界クラス転移。
近年大流行を見せるライトノベルの題材――異世界転移。地球に住んでいた主人公が、何らかの要因で主に剣と魔法のファンタジー世界へと転移してしまう、そんな系統。
その中でも、主人公だけでなく、そのクラスメイト全員、あるいは一部、もしくは学校全体などで、大規模に異世界転移をしてしまうのが、この『異世界クラス転移』と呼ばれるジャンルだ。わりと雑食である俺も結構好きで、その手の内容は割と読み漁っている。
で、大概そう言う内容の物語では、神を名乗る存在が現れて、一行に何やら特殊能力…大抵が行先の世界の常識を超越した力を持つため、『不正で得た様な強さ』といった意味で『チート能力』と呼ばれる…を授けると、そのまま異世界にポイしてしまうのだ。
そしてその神様は、ニタニタ嗤いながら告げるのだ。
「まぁこの中には察しが良くて、既にこれから起こることが分かっちゃってる奴もいるだろうけどね。ともかく、僕がキミ達に与えるのは、ご想像の通りチート能力さ。それぞれ、転移してもらう先の世界では常軌を逸した……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
白銀善人が声を荒げて、アマミヤの台詞に口をはさむ。一瞬明らかに不快そうな顔をしたアマミヤだったが、次の瞬間にはまぁいいか、とばかりに笑顔に戻り、白銀の発言を手で促した。
「さっきから何を言っているのか分からないが、君は一体何がしたいんだ!? 異世界転移、それにチート能力って……まさか、彼らに危険な事をさせるつもりなんじゃぁないだろうな」
ギロリ、とアマミヤを睨む白銀。優男風の風貌……有り体に言えば『勇者顔』である彼がそんな凄みのある表情をすると、なかなか堂に入っていて様になる。
「善人の言う通りだ。俺は大丈夫だが、運動が得意ではない者達はどうする? 力の弱い女子達は? ……まぁ、宮子は別だろうが」
林道に「なんですって!?」という反論を食らったのは、刃のような雰囲気の、背の高い青年。
東堂陣矢。白銀の親友であり、学年、いや、校内一・二を争う使い手だ。様々な武術を修め、その何れもが全国レベルと言うバケモノ。そういえば林道とは幼馴染みなんだったな。
そんなことはともかく。
白銀と東堂の放った声に呼応して、「そ、そうだそうだ!」「私、怪我するなんて嫌よ!」と言った言葉があちこちから聞こえ始めた。俺だって身体能力はお察しレベルなので、痛い目には会いたくない。オタクの性として、異世界転移に興奮しないと言えば間違いなく嘘だが。
するとアマミヤは、生徒達のブーイングに「まさか」と呟き、小ばかにした様に肩を竦めると、喚く彼らに向かって言い放った。
「僕がキミ達に課す使命はたった一つ。いいかい、たった一つだ。それは単純、『与えられたチート能力で暴れてくること』。それだけだ」
何人がその言葉の正確な意味をとったかは分からない。唯少なくとも、俺はその内容に唖然とした。
『チート能力で暴れてくるだけ』。世界を救うとか、魔王を斃すとか、そんなことは二の次でいいというのだ。普通ならあり得ない。もっと重大で、はた面倒な事態を俺達は押し付けられるはずなのだ。
だがアマミヤが嘘をついているようには、見えなかった。
「キミ達が想像しているようなお題目は、転移先の住人が勝手に与えてくれるだろう。だが君たちは本質的にそれに帰順する必要性は全く無い。
転移先の世界は実に単純だよ。剣がある。魔法がある。魔物がいる。ダンジョンがある。もちろん亜人や精霊もいて、魔族が人間と戦争をしている。
キミ達は人間が呼んだ勇者の集団。魔族を殺し尽くして世界に平和を取り戻してほしいという使命を与えられるだろう」
アマミヤは続けて叫ぶ。
「だがしかし! キミ達はそんなことは無視して構わない! もちろん彼らの与えた使命に従っていれば、実に単純に君たちは財力と名声とそのほかもろもろを獲得できるだろう。ネタバレになってしまうが、キミ達を呼び出すのは王族だからね。金は少なくとも人間で一番たくさん持っているよ。
だが、キミ達はそんな王族より偉い『異世界からやって来た伝説の勇者達』だ! 神に与えられた圧倒的な力を持ち、魔族を討ち果たして世界を平定する。その役目を持った者達を、どうして彼らが裁けようか! いや、できない。人間種族の最高存在ですら、キミ達に逆らえないんだ!
文字通り、やりたい放題さ」
しん、と。場が静まり返った。アマミヤの叫びが純白の空間にこだまして、誰もが何も言えずに固まっている。善人も、カナメも、もちろん俺も。
当然だ。いきなり訳の分からない場所に呼び出されたかと思えば、強制的に異世界に転移させられることが決定していて、なおかつ転移先ではやりたい放題が保障されているという。喜ぶ以前に疑ってかかるべき状況だ。そもそも元の世界に帰れるという保証はどこにある? この中には異世界で無双する事よりスマホが大事、という奴もいるだろうに。
「俺はやるぜ」
だがそんな中で、一人の人間が声を上げた。
来谷将也……不良たちの元締めが、卑下た笑みを浮かべながら一歩進み出た。鷹揚に両手を広げて、改造学ランの裾をはためかせながら、来谷は叫ぶ。
「やりたい放題なんだろう? だったら金も、女も、何もかも自由自在に手に入れられるってこった! お前ら、想像してみろよ! 俺達、向こうじゃ最強になれるんだぜ? 溜まってんじゃねぇのかよ! いちいちセンコーに命令されてよ、そんな世界が嫌じゃねぇのか!? 俺は嫌だね。元の世界? 知ったこっちゃねぇな!」
その叫びと狂気が、伝染したかのように。クラスメイトたちが、ざわめき始める。懐疑的な声を上げる者。賛成の声を高々と上げる者。恐怖する者。何かに憑かれたようにぶつぶつと何事かを呟く者。
「……アシズ……」
「……どうすればいいんだろうな」
カナメの不安そうな声を聞いたせいか、俺も不安になって来た。何かこういうときだけこいつはやけに女っぽいと思う。いや、元々外見は女っぽいんだが。
正直な話、恐らく俺たちに拒否権はない。だったら、素直にアマミヤの言葉を受け入れた方がいいような気がする。実際、俺だけがこの交渉の対象になったのだとしたら、最終的には俺は異世界行きを了承したと思う。
何せ俺達オタクの憧れ、異世界転移だ。チート無双にハーレムだ。苦行も多いけど。
「オイ白銀! お前はどうすんだよ」
「ぼ、僕は……」
視界の端では、来谷と白銀が言い合っている。白銀はクラスのリーダーだし、何だかんだと頼りになる。彼の鶴の一声で、俺達の命運を左右することだって可能なくらい、発言力は高いのだ。来谷としては此処で
彼からの了承を取り付けて、異世界行き肯定の風潮をさらに盤石なものにしたいのだろう。
だが白銀としても、学級委員長としての責任感や、生来の正義感があるのか、彼は中々答えを出さない。真っ先にアマミヤにクラスメイトの安全性を問うたあたり、それが垣間見えると思う。
「善人。俺はお前の決定に従うぞ」
「陣矢……」
しかしそんな白銀の背中を、東堂が押した。親友の言葉を受けて、何か覚悟したような顔で白銀がアマミヤに問う。
「天宮君……聞いてもいいかい?」
「何をかな?」
「これから先、僕達が行く世界では、僕達が圧倒的上位者で、傷ついたりすることは無い……そういう解釈で合っているかい」
「そんなわけないじゃん」
ばっさり。アマミヤは白銀の言葉を否定する。
「確かに君たちは圧倒的上位者だよ。並みの人間じゃぁなるほど、傷さえつけられないだろう。
けどね、向こうの世界にはキミ達を上回るような怪物だって当然『配置』されている。ミスをすれば君たちは死ぬよ。事実これからキミ達が争うことになる上位魔族は、下手をすれば初期状態のキミ達より強いだろう」
――だけど。
アマミヤはそう続けて、笑みを強くした。
ぞわり。また、俺の背筋が泡立つ。
「キミ達に与えられる力は、それを補って有り余るだろう。安心したまえ、一定以上の安全は僕が保証してあげる」
「……そうか。もう一ついいかい?」
「仕方ないねぇ。いいよ」
かつてないほどに上から目線を連続させるアマミヤに、白銀は問う。それは恐らく、此処にいるほとんどが考えている事。
「異世界に転移したら……僕たちは、元の世界に帰れるのかい? 転移ている間のこちらの世界は?」
基本的に、異世界転移は一方通行の場合が多い。こちらから転移したら、二度と帰れない――そんな可能性だって、当然の様に残されている。
来谷の様に、元の世界に帰りたくない、という人物は多いだろう。だけど、元の世界に帰りたい、と思う奴も多い筈なんだ。もし元の世界に戻った時に、俺達が二人いる、なんていう事があったり、神隠しとして事件になっていたりしたら困る。
果たして、神の答えは。
「転移中、キミ達の存在は元の世界では存在し無かったことに成る。帰還に関してはそうだねぇ……まぁ、僕の目的が達成されたら、考えてあげてもいいよ」
「君の目的だって?」
「ひ・み・つ」
可愛らしく指を立てたりしながら、アマミヤは答える。なんというか、似合わない。一応はクラスメイトだったわけで、その気持ち悪い姿を見せられても引くしかない。
「まぁ、どっちにしろ、埋め合わせは大変だろうけどね」
だがその気まずい空気は長くは続かなかった。アマミヤの補完と共に、白銀が、新たな質問を開始したからだ。
「最後に……どうして、僕達なんだい? 君がクラスに潜り込んでいたのも、最初から僕達をこれに巻き込むためだったんだろう?」
「鋭いねぇ、その辺はさすがと言っておくか……あぁ、理由だったね。そうだねぇ……強いて言うならば」
アマミヤの表情が変わる。今までの不気味なニタニタ笑いから、より強い嘲笑の笑みへと。背筋がぞっとするのを止められない。
明らかに異常。そんな空気が、漂い始めていた。
「君たちは、丁度都合がいいんだ」
まるで、俺達が玩具であるかのように。
「人数、構成、総合人格、個々の能力、そして異能を扱う資質。
こう見えて僕は何百件もの異世界転移を手引きしてきたわけなんだが、キミ達は一、二を争う素質の高さだね。せいぜい二十年ほど前にいたかいなかったか……まぁいいや。とにかく、キミ達が一番安全に、効率的に、そして強力で迅速に僕の目的を達成してくれる。そう踏んだからさ。
そう言うわけで……行ってもらうよ、異世界」
既に決定事項。それは覆せない事実。そのことがここに来て明らかになった。やはりか、という戦慄が襲ってこなくもないが、同時に納得感もあった。
白銀は頑張った方だと思う。アマミヤからかなり有用な情報をたくさん引きだした。やはりそこは話術に長けた、次期生徒会長候補、と言ったところか。
その白銀は、数瞬間迷ったように目を伏せていたが、覚悟を決めた顔をすると、アマミヤに返答した。
「……分かった。行こう。皆も、それでいいかい?」
既に来谷らによって最高潮に高まっていた異世界行き肯定の風潮は、ここに来て完成した。学級委員長のお墨付きを得て、遂に異世界行きが決定する。
「OK――それじゃぁ、キミ達を転移させよう。能力は向こうに行ったら自動的に授けられる。召喚士の方に色々説明をさせる様に細工しておくから、後は向こうで情報を整合してくれ」
アマミヤが両手を広げる。すると同時に、俺達の足元に先ほど教室から転移した時と似た、しかしこちらは青色に光り輝く巨大な魔法陣が出現し、俺達を異世界へと運んでゆくらしい。
「Good luck、よい旅を」
そう言って無邪気に手を振り、アマミヤが姿を消す。同時に、奇妙な浮遊感。恐らく、転移をしているのだ。
――異世界。本当に行くのか。剣と魔法のファンタジーの世界に?
俺の手が、恐怖と武者震いで震えはじめる。隣を見れば、カナメも似たような状態だった。彼もきっと緊張しているのだ。この先起こることに。
「……考えてても仕方ないぜ。せめて楽しもう」
「う、うん」
カナメとそんな会話をした直後。
俺の視界が、完全に純白で染め上げられた。
そして次に俺の世界に色が戻った時。
「せ、成功だ……! 勇者召喚に成功したぞ!」
「陛下をお呼びしろ!」
「おい、コックに連絡するんだ! 晩餐会の準備を!」
視界に映ったのは、あたふたと動き回る、いかにも『魔導士』然とした、十余名の男達だった。
「勇者様、我ら人帝国の民をお救い下さい……!」
その言葉を聞いて。俺の中に、ようやく実感が湧いたのだ。思わず内心で叫んでしまう。
……異世界、来た――――!?
と。
投稿を開始したのは昨日なのですが、早くも四名の方がブックマークをしてくださいました。正直十話位いかないと一人も入らないかな、と思っていたので非常にうれしいです。このサイトではかなり少ない方なのだろうと思いますが、本当にありがとうございます。
次回もよろしくお願いします!