第十話『迷宮を征く 2』
俺とエリーゼが向かったのは、ねぐらにしている洞窟から10分ほど進んだ所にある開けたエリアだ。モンスターのポップ率はそこまで高くなく、新しい動きの確認をする時などに最適だった。だが今回ここを選んだ理由は――もちろん俺の戦闘訓練をするためだ。
エリーゼは徒手、俺は右手に、以前戦闘したモンスターから奪い取った小型の蛮刀を装備して向かい合った。
シミターは一応手入れしたことで、モンスターを攻撃しても壊れない程度には切れ味も戻っている。ただし、それを使いこなせるだけの戦闘力や技術がなければ、俺がそれを持っていても何の意味もない。
この世界では、モンスターに与えるダメージは、ただの物理法則では計算できない所がある。
お互いのLv。攻撃側のSTRと、防御側のDIF。そして武器の質と防具の質、耐性、攻撃した武器の種類。無数の条件が組み合わさって、敵に致命傷を与えていくのである。
しかし、最大の要素はやはり、戦闘者同士の技術の差だろう。
技術があれば、大きな実力差を覆すこともできる。例えばエリーゼがあの強大なダメージヒールを、何十Lvも上の魔狼たちへと撃ち込むことができるのは、その戦闘技術が高いからだ。最初期のエリーゼと同じLvになりはしたが、今の俺では同じことをすることは難しいだろう。
そして今のままではいけない。
「まずは少し動いてみてくれるかしら?」
「おう」
エリーゼの声に頷く。俺は右手の剣を構えて、動く。
イメージするのは、軽く、速く、飛び回るように戦う、スピード型の剣士の姿。理由としては俺が軽装である事や、エリーゼがスピード型の戦士であることから、そっちの方が共通するところがあって教えを受けやすいかと思った、という下心の存在があげられる。上手い奴の意見はできるだけ取り入れたいところだからな。
まずは右上段から、左下への切り下ろし。その勢いを利用して踏み込むと、手首を素早く返す。右上へと斬り戻し、一回転しつつ勢いを付け、左側から斬りつける。強く大地を蹴り、バックステップで後ろに下がると、踏みとどまって直後、鋭く刺突。刀身を引き戻して、その勢いで続けて――――
「そこまでよ」
「――ッ!」
直前、エリーゼの鋭い声に引き留められ、俺は剣を振るう右手をストップさせた。弾かれるように彼女の方を見れば、エリーゼはアメジスト色の瞳に厳しい色を浮かべて、俺を睨み付けていた。
「分かったわ。でも、私が教えるのはあなたの戦い方の基礎じゃなくて、『戦う為の基礎』。それをどう活用していくのかはあなた次第だわ。剣術は特に、誰かの真似をするより、自分だけの流派を構成した方がいいこともあるし……第一、私とあなたじゃ得物が違うし」
「お、おう」
いい? と問うエリーゼの迫力に圧されて、俺は思わず頷く。エリーゼの空気が、何やら変わっていた。ファザコン王女様の顔から、人帝国の戦士の顔に。反転回復魔法使いから、短剣使いの表情に。
「……じゃぁ、私と一度、戦ってみて」
「え?」
「聞こえなかったの? 私に挑んできなさい。今の剣舞と、同じ戦い方で」
直後、エリーゼが述べた言葉に、俺は耳を疑った。思わずもう一度聞き返してしまう。戦うって……つまりPvPということだろうか。どちらかが怪我をする可能性が高いPvPはできれば無にしたかったのだが……でもこれが強くなるための近道なのだとしたら、受けないわけにはいくまい。
「分かった」
俺は頷くと、右手の剣を構える。
「じゃぁ、始めるわよ―――掛かって来なさい」
「おう」
地面を強く蹴る。スピードを出す。景色が流れる。俺にできる最速でエリーゼに近づくと、右上段からの切り下ろしを――
「はっ……」
「ッ!?」
しかし。俺の蛮刀は、ギャリィン! という嫌な音と共に滑った。否、滑らされたのだ。エリーゼの抜刀した銀色の短剣に。
次の瞬間、エリーゼの右手が閃き、俺の剣は凄まじい勢いで弾かれた。何だこれ。重っ……!?
とても細腕から繰り出されたとは思えない動き。だが追撃は止まらない。彼女は上半身に勢いを乗せて、半回転しながら俺の胸めがけて刀身を振るう。バックステップ。しかしエリーゼの追撃を躱せない! 彼女が凄まじい勢いで踏み出し、距離を詰めて来たからだ。嘘だろっ!?
追加のバックステップをしつつ、剣を引き戻してガード。金属同士がぶつかる鋭い音。二度のバックステップで姿勢を崩していた俺は、その一撃に耐えられず、すごい勢いで吹っ飛んだ。
俺の剣とエリーゼの剣は、両方とも同じ種類のモンスター……銀色の鎧で構成されたバフォメット系モンスターのドロップアイテムだった…より正確にはドロップした、と言うよりはエリーゼが奪い取った…ものだ。武器の性能的にはほとんど変わりはない。それどころか、リーチの問題でシミターを使う俺の方が若干有利と言ってもいい。
それなのにもかかわらず俺が大きく押し負けているのは、やはり彼女の技術のなせる技なのか。
「くっ……」
空中で何とか体制を立て直す。
そしてこれはチャンスだ。大上段から落下エネルギーに載せて切り下ろしを放てる――――と、俺が考えていたのを、読んでいたのか。エリーゼは、俺が着弾する直前に。
何と、俺の剣の刀身を、『蹴った』。
「がっ……!?」
「……」
弾かれた俺の元に、いつの間にか追撃してくるエリーゼ。銀色の短剣が鋭く突きこまれてくる。迎撃の為に俺が剣を振るっても、しかしそれはナイフを弾くに至らない。
何とか地面に両足をつき、シミターを振り下ろす。しかしそれは、円を描くように回転しながら動いたエリーゼの右手に巻き込まれ、そのまま俺へと円運動を伝え――――
「がはっ……!」
ズン、と俺の前身を貫く震動。大地に倒された俺。その喉元に、エリーゼの銀色のナイフが突きつけられる。
「……!」
「どう? 自分の動きが全く通用しなかった気分は」
ぐっ……。返す言葉が無い。
今の戦い。俺の動きの全てはエリーゼに阻まれ、俺は彼女に攻撃するどころか、何一つまともに動くことができなかった。まさかここまで通用しないとは思っていなかった為、正直な話かなりショックである。体格差でどうにかなるかと思ってたんだが……よく考えたらエリーゼはいつも自分の倍以上ある魔狼と殴り合ってるんだった……。せいぜい10㎝高いかそこらの俺ではどうしようもない。
エリーゼの小さく柔らかい、剣士のそれとは思えない手が俺の腕をつかみ、引っ張る。立ち上がるのを助けてくれているのだ。
「悪い」
「別に。さっさと立ちなさい」
ぷい、と顔を背けてしまったエリーゼ。王女さまはご機嫌斜めの様である。たはは……。
「で?」
「ああ……俺のやりたいことが、全部事前に止められてた。読まれてた、ってことか?」
「違うわよ」
「何っ……?」
戦闘の最中、俺は常にエリーゼに先を読まれているような気分に陥っていた。エリーゼは俺の行動パターンが完全に読めていて、そのせいで全ての行動に先手を打たれていたのだと思っていたのだが……。
エリーゼの言い方からすると、彼女に俺の動きを看破され切っていた、というわけではなさそうだ。寧ろ、もっと単純な……?
「私は、基礎的な動きであなたを追いつめただけ。つまりあなたは、私が使った分の基礎が全然確立してなかった、ってことね」
「うぐっ」
ぐさり。エリーゼの言葉が俺の心に突き刺さる。し、仕方ないじゃないか……というか。
「それを教えてもらうための戦いだったのに……」
「知ってるわよ、それくらい。けど、どれくらいあなたが『でき』て、どれくらい『できない』のかは、実際に剣を合わせて見ないと分からないわ」
尤もである。剣舞だけでは、俺の強さ、弱さを全て測ることは出来ないだろう。拳で語らないと分からないこともある、というが、まさしくそう言うことだったのだろう。
その甲斐あって、と言うべきか。エリーゼは、どうやら俺に足りていない所を掴むことに成功してくれたらしい。感謝だ。
厳しい表情をとったエリーゼが、人差し指を立てながら俺に言う。
「ねぇアシズ。剣を振るとき、一番重要なのはどこの動きだと思う?」
「え? 剣を振るとき、なんだから、上半身……肩とか、腕とかじゃないのか?」
「違うわ」
俺の解答をずばっと切り捨て、エリーゼは視線を落とす。その双眸が捉えるのは、彼女の細い両足。ブーツに覆われたその足と、それを包むボロボロのドレススカートを見て、ひとつ顔をしかめて…服がボロボロだからだろう。そろそろ新しい服が俺も欲しい…から元の表情に戻り、そして解答を齎した。
「下半身。足と、腰よ」
「何で」
「剣に加えられる攻撃力は、使い手自身の筋力だけじゃなくて、『剣を振る速度』、つまりは『勢い』も加算されて初めて算出されるわ。上半身の動きに勢いをつけるためには?」
彼女はその眼で俺を見つめる。答えろ、ということだろうか。
俺はアニメなんかでよく見る戦闘シーンを思いうかべつつ、言う。
「上半身を使って動く」
「正解よ。そしてその時、下半身が宙に浮いていたら、上半身は勢いを維持したまま動くかしら?」
「あ……」
そうか。
そういうことか。下半身がしっかり接地して居なかったら、上半身から流れてきた力は地面に抜けない。
プールなどに潜って、水の中に浮かびながら動くことを想像してみてほしい。上半身を捻れば、下半身も勝手に、一緒についてきてしまう。それでは、動きは当然ずれるし、力強い一撃など入れることはどう考えても不可能だ。
だから、下半身。下半身にしっかり力を逃がして、上半身のひねりの基盤とする。そうすれば、斬撃に勢いがのるし、ひいては火力の向上にも繋がるだろう。
「それから、一つ一つの行動に対して、相手にカウンターをされないように意識して」
エリーゼは、ナイフを握っていない方の左手を構えると、素早くこちらに拳撃を見舞ってきた。
速いっ……!? 瞬きの瞬間には俺の目の前に彼女は移動しており、その拳は俺の顎に添えられていた。
その腕は、ぴん、とのびていた。ひねりを加えられて、肘が上になっている。それはパッと見、のびきっているように見える。あ、もしかして、カウンターされない動きって……
「限界まで、体を使う、ってことか?」
「それだけじゃないわ。例えば今の一撃、相手に拳を掴んで対処されるとしたら、自分の腕が曲がってしまったら意味がないわ。だから、押し込まれても腕が曲がらないように、こうやって半回転させる」
肘が上に向いている意味を彼女は解説した。なるほど、そう言うことだったのか。確かにそうすれば、拳撃が押し負けることはなかなかあるまい。
「それにこの動きも、相手の動きに巻き込む形で対処されたら何の意味もないわ。相手に自分の力を利用されないようにする注意が必要よ」
これは痛いほどよく理解できた。
俺は先ほどの戦いでは、バックステップで回避した隙を突かれエリーゼに勢いをつけさせる機会を与えてしまったし、それどころか迎撃行動を追撃され、ふっとばされてしまっている。さらになけなしのカウンターは、彼女の右腕を回すという動きに巻き込まれて、俺の体勢を崩す原因をつくってしまった。
これらの考え方はPvPの基本だが、対モンスター戦でも十分に応用が効く。というか、そういう風に発展させていく為の基礎なんだから当然っちゃ当然だ。
「分かった」
頷く。飲み込めた。後は実践あるのみだ。
「そ。じゃぁ、練習しましょ。それを使いこなせるようになったら――――」
そうして俺の方を見た彼女は、そのアメジスト色の両目で、俺の黒い瞳をじっ、と見つめて。
にやり、とも形容できる、おおよそ一国の王女には似合わぬ、しかしエリーゼという少女だけをとるなら大変似合う、好戦的な表情をとって、告げた。
「行くわよ」
戦闘描写に限らず地の文が薄っぺらいなぁと思う今日この頃。アドバイスいただけると嬉しいです……。
感想・ご指摘等、よろしくお願いします。