第一話『事の始まりは奴の正体』
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「あかん……あかん奴やコレ……」
気が動転しているせいだろうか、何ゆえか俺の口からは関西弁が漏れ出た。そんなジョークみたいな内容で場を和ませようとしても、さっぱり和むことなんてなかったが。
周囲は見渡す限り岩、岩、岩。地球にいたころはほとんど外に出ることなんてなかったから、こんな時にどうすればサバイバルができるのかなんて学んですらない。というか恐らく、まともにそんな要素を習った事がある、ただのにわか厨二病の高校二年生は少ないと思う。居るかもしれないけど少なくとも俺――上式葦津は違う。
よくよく見てみれば、岩の表面が淡く発光しているのが分かる。王城でとりあえず習った。たしか魔力を持っている石は、こうやって薄く光るのだ。とは言っても、この場所――いや、これらの場所は、どこを見ても、そしてどんな場所でも、材質になっている岩はどこでも光っていると思う。
ここは迷宮。その中でも、人大陸で最大の規模を誇る、《四大地獄》がひとつ、《カイーナ》。これらの中では最も王都に近く、最も攻略が簡単なものである。
だが《四大地獄》は『四大』の名が示す通り、人大陸のダンジョンの筆頭、その一角である。生半可な……俺達が今まで、訓練用に潜っていたダンジョンとはワケが違う。
そう、違うのだ。
場所も。性質も。難易度も。そして――周囲の環境も。
すぐ隣を見れば、気を失って倒れている少女、一人。美しい黄金色の髪と、今は閉じていて見えないが、蒼穹のような青色の瞳を持った彼女。顔立ちは整いすぎていると言ってもいいくらいだ。少なくとも地球で、これほどの美少女にお目にかかった事なんてたぶんない。
十五歳だと聞いている、彼女の発育途上な肢体を包んでいる上品な仕立てのドレスはズタボロに引き裂かれ、落下した時についたと思われる細かい傷や痣のついた肌を所々露出させている。
特に目を引くのは、その両手と首、そして見えないが恐らくは両足についている、鎖かしめ縄のような、奇妙な黒い痣――明らかに、落下の衝撃でついたものとは別の痣。
俺の左手首にも、同じ文様が浮き出ている。
そしてこの場にいるのは、俺と少女だけではない。周囲の闇に目を凝らせば、既に俺達の気配を嗅ぎ付けた魔物達が、続々と集まってきているではないか。
俺はこの修羅場から、どうにかしてこの状況を切り抜けなければならない。隣で気絶したこの少女を何とか守り抜き、そして今までとは格が違いすぎるモンスターを討伐して、このダンジョンを脱出、あるいはそのものを『討伐』しなくてはならないのだ。
絶望的な条件だ。正気の沙汰じゃない。普通は切り抜けるなんて不可能だ。そして俺に、それが可能になるイメージはさっぱり浮かんでこない。つまり結局無理。不可能。インポッシブルだ。
けど――けど、やらなければならない。だから俺は、精一杯の呪詛を込めつつ、もう一度呟くのだ。
「あかん……あかん奴やコレ……!」
事態は、思ったよりも前まで遡る――――
***
「君たちはね、丁度都合がいいんだ」
事の始まりは、ただのクラスメイトだと思っていた奴の正体が、頭のおかしい存在だったことに始まる。
その日、俺は至って何時もの様に登校した。何も悪い事なんてしていない。学校に到着したら日課であるラノベ早読みを開始すべく、最近嵌っているファンタジーライトノベルを取り出して読み始めたところだった。
物心ついたときから、なんとなく『厨二病』だった。それは高校生二年生になる今でも全く改善される気配はなく、今だ『厨二』『オタク』等々と呼ばれる、クラスに一匹はいる存在だ。そもそも名前からして『アシズ』である。それアザゼルの別名だろう、なんでそんな名前付けたんだうちの親とか常々疑問に思ってはいるが、健全な厨二病である俺は、それはそれで感謝してはいる。
勿論、そんな俺を馬鹿にしてくる輩は多い。どんな場所にも多分必ずいるであろう不良グループっぽい何かが、「なんだよ上式ー、またラノベかよキメー」「これだからオタクは……」等々と言ってくるが、長年鍛えたスルースキルで華麗に無視。
たまには「おうおうおう、オタク舐めてんじゃねぇぞテメェら」、とかガン飛ばしてみたりとかはしたい気がしなくもないが、残念ながら俺は超インドア派である。喧嘩とチャンバラで鍛え上げられた不良君達には勝てない。身長も平均よりちょっと低いくらいだし、学力も運動性能もお察しである。もちろん顔も普通だ。悪くは無い、と自惚れてはいるが、実際の所良くは無い。余裕で『※』の範囲圏外だ。
唯一の美点と言えば、常人よりも妄想力、想像力が豊かなところだろうか。いや、それが美点として働くのか、ただキモいだけなのかは知らないが、とりあえず国語の成績は多少いい。
「やっほ、アシズ。今日も元気? ボクは元気だよ」
のそのそと席に着いた俺に、前の席に座る人物が語りかけてくる。
中性的な顔立ち。紫色掛かった長いつやつやの髪。服装さえ変えてしまえば、どう見ても女にしか見えない青年だ。
彼の名は紫藤要。名前からしてもやはり性別の区別がつきにくいが、一応きちんと男であることを俺は知っている。中学生の時に知り合ってから、以後、俺とは非常に仲がいい。
俺ほど厨二病ではないが、彼も一応はオタクの部類に入る。その容姿の問題で女子受けがいいのは、まぁ、その辺は世界の法則として受け流すとして、とりあえずは俺の親友、と呼べる人物だった。
「よぅ、カナメ。もちろん元気だほら見て見ろ」
「はは、まぁ、アシズが元気なのはわかってたけどね……それよりさ、昨日の……」
彼とアニメやら漫画やらの話題で盛り上がりつつ(残念ながら二人ともにわかであるため、ガチ勢には勝てないが)とりあえず毎日をそれなりに面白おかしく過ごす。時にはカナメとの仲を、一部の女子に何か怪しい本の題材にされる。
それが俺の日常。これからも卒業するまで、そしてもしかしたら卒業したあともメンバーを変えて続くであろう毎日だった。
だった、はずなのだ。
「やぁ、ご機嫌麗しゅう、我がクラスメイトの諸君」
アイツが。地味で、俺なんかよりもずっと『オタク』って言葉が似合う、ただの厨二病だったはずの少年が。
「突然だが、キミ達に僕からの――――《神》からのお告げを下そうと思う」
本物だったことが、明らかになったせいで。
全てが、変わってしまったのだ。
***
天宮。俺達は同じクラスに住まう生徒だというのにも関わらず、彼の名前についてはその苗字しか知らない。何故だか知らないが、そのファーストネームを思い出せないのだ。
その外見は、一言で言うならば『不気味』だ。
癖の強い、色の濃い短髪。背は低くて、骨と皮張りと言っていいほどやせている。季節に関係なく真っ白いマフラーを巻いていて、そして常に目を細めて気味の悪い、見下すような笑みを浮かべている。
基本的に無口で、他人とは関わらない。ただし一度口を開けば、そこからあふれ出るのは人知を超えた、最早驚嘆すべき厨二要素。まるで自分を魔王か神だとでも思っているかのように、厨二病を自覚している俺であっても追いすがれないほどの厨二指数を持つ、ある意味ですごい奴だった。
俺とはさぞかし話が合うだろう、と思う奴も多いのだが、基本的に向こうと関わることはほとんどなく、俺も割とコミュ障のきらいがあるため、アマミヤと口をきくことはなかった。
そのアマミヤが。
教壇に登って、ニヤニヤと、こちらを睥睨していた。
黒かったはずの彼の瞳は、自然界にはほぼあり得ない色――真紅へと変化し、光輝いていた。よくよく見れば、彼の纏うマフラー、その先端が、まるで生物の様に蠢いているように思える。
俺の背中に、ぞくっ、と何かが走る。マズイ。これは、何かがマズイ。今すぐこの教室から抜け出さないと、何か決定的な破滅が訪れる。直感的に俺の脳裏に、そう言った内容の警鐘が閃いた。
内容が恐ろしく厨二掛かっていることはこの際無視。しかしその内心の警告とは裏腹に、俺はその場を動こうとしなかった。
いや……動けなかったのだ。
何か普通じゃない力。圧力というのか、金縛りと言うのか。ともかく、俺を自分の席から縛り付けたまま立たせない。
警鐘が音を強くする。しかしそれと同期して、心のどこかで、この状況を――この先の展開を、なぜか楽しみにしている俺もまた、いた。
「ぎゃはははっ! なんだそりゃ、何の冗談かよアマミヤぁ」
クラスの不良の大元締め……来谷将也が、アマミヤに向かって小ばかにしたような顔をとる。それにつられて、彼の腰ぎんちゃくの不良共も騒ぎ始めた。来谷はこの一帯を占めるかなり大きな家の跡取りであり、ついでに腕っぷしも強い。不良ではあるのだが切れ者で、ただの馬鹿ではないあたり、彼が全学年の不良のトップでもあることからうかがえる。
「どういうことかな、天宮君」
学級委員の白銀善人もまた、優男風の顔立ちに、穏やかな笑みを浮かべてアマミヤに問う。彼は満場一致で学級委員長になることが決まるほどの人物だ。正確も、成績も、ついでに外見や運動神経も完璧。贔屓もしないし、俺のようなオタク民にもとりあえず話しかけては来る(俺は彼を追い返してはいるが)。二つ名は《ザ・善人》。既に来年の生徒会長就任も固いという、そんな彼からの問いに、しかし、アマミヤはその高圧的な態度を崩しはしなかった。
「そのままの意味さ」
ニヤリ、と、一層笑みを濃くして答えたアマミヤ。しかしそんな彼の態度に、
「どういう意味よ! それに何、神って。調子のってんの?」
クラスの角から、甲高い声が鳴り響いた。学級副委員長を担当する林道宮子だ。わりと大和撫子、と言っていい外見をしているが、性格はかなりきつい。デレのないツンデレというか、ただのツンツンというか。どっちにせよ俺の守備範囲外なのであまりどうでも良かったのだが、いやはや、この状況でアマミヤに向かって啖呵を切るとは、割と胆力のある人物だったらしい。
そんな林道の態度の何が面白いのか、くつくつと笑ってアマミヤは告げる。
「そうだねぇ。確かに僕の言っている事が本当だ、っていう保証はどこにもないわけだ……【爆発しろ】」
そして右手を振る。彼の指の先にいた、一人の男子生徒。彼の顔が――――
「ふぐっ!?」
ドォン、という音を立てて破裂した。脳漿と血煙が飛ぶ。周囲にいた生徒たちが悲鳴を上げて後ずさった。
そして驚愕と恐怖はそれだけでは終わらない。アマミヤが再び、死した男子生徒に手を向ける。そして唱えて――
「【再創造】」
一瞬で。まるで何事も無かったかのように、男子生徒は蘇っていた。血煙も、脳漿も、どこかへ消え去っている。
「あ、あれ、俺……どうしたんだ?」
「あ、ああ……」
呆然と周囲を見渡す彼の姿を見て、さすがの林道も腰を抜かしたのか、地面にへたり込む。
その様子を見て、満足そうにうなずくアマミヤ。
「馬鹿な……」
誰かが、呟いた。
「馬鹿じゃないよ」
アマミヤが返す。
「これで分かってくれただろうか。僕が、キミ達の主観からすれば神、あるいはそれに匹敵する存在だろうということを。そしてこれ以後、僕が与えるお告げによって、キミ達はこの水準へと放り投げられることに成る。
何、心配はいらない。楽しくて、面白くて、そしてキミ達にも受け入れられるだろうお告げだ」
そしてアマミヤがその両手を広げる。するとどうしたことか、俺達の足元に、純白の魔法陣が一瞬にして広がったではないか! うわすげぇ、めっちゃ本格的なやつだ、とか俺が興奮している間に、視界が真っ白に覆い尽くされ――――
次に目を開いた時に、そこは奇怪なほどに真っ白な空間だった。周囲に誰もいなければ、何が起こったのかよく分からなかっただろう、と思ってしまうほどに。
アマミヤを除けば三十九人のクラスメイト全員が集っていた。「なにこれ?」「どうなってるんだ?」「帰れるんでしょうね」と言った言葉がちらほらと聞こえる。
「やぁやぁお待たせ」
そして何もない空間を切り開いて、いきなりアマミヤが姿を現す。この現象を引き起こした張本人が彼なのだとしたら。そして、彼の「自分は神だ」という発言が正しいので在れば。先ほどの恐怖劇が、夢や幻などではなく、現実であり、唯一の真実なのだとしたら。
「……ねぇ、アシズ。これって」
「ああ……多分、間違いない」
小さな声で問うて来たカナメに、俺は同じくささやき声で答えた。
神。魔法陣。真っ白い空間。そして、クラス全員。これだけ要素が揃えば、ほぼ確実と行ってよい。俺達のようなにわかオタクですら知っている、お約束の展開。
そう、俺達は――
「キミ達にはこれから、楽しい楽しい異世界クラス転移を行ってもらう」
異世界転移に、巻き込まれるのだ。
初めまして、八代明日華と申します。本日は拙作に目を通していただき、誠にありがとうございます。
本作はテンプレ要素を多く含む、お約束の異世界転移モノです。不慣れなので何かとオカシイ所も多いと思われますので、皆様の助力をいただけたらなぁ、と思っております。
今後もよろしくお願いします!