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俺と君と人狼と  作者: 明日早工
8/9

すれ違い

「遅かったじゃない。美波さんと何を話してきたの?」


 枕にうずめていた顔を離して、こちらに凛とした瞳を向ける。彼女の瞳は恋人に向けられるそれではなく、裏切り者の行動を糾弾するような怒りを内在させた瞳であった。少なくとも、付き合い始めてから彼女のこのような瞳を見たことはなく、俺は背筋が硬直してしまうとともに自らの軽率な行動を後悔した。俺からすると友人が事件に巻き込まれるリスクを減らすためにとった行動だった。しかし、事情を知らない彼女からすれば昔の彼女と久々に会って焼けぼっくいに火がついたのではないか、と邪推しても仕方ないことだろう。その一方で、今まで彼女から俺に対して向けられていた好意や愛情がこの状況で少しも伝わってこないことに恐怖を感じていた。


「遅れちゃってごめんな。川島にどうしても話さなきゃいけないことがあってさ」


 俺は彼女にできるだけ嘘をつかないように言葉を選んで答えた。これで彼女が納得してくれるとは到底思えなかったが、美波のことも心配である以上そう答えるほかなかった。それよりも松岡から聞いた話を涼子にも話すかどうか、これが俺が現在早急に決断を下さなければならないことだった。松岡から話を聞いたときは、涼子を危険に巻き込まないためにも事情を話そうとは思えなかったが、今は彼女に事情を話した方が良いのではないかと考えている俺がいる。というのも、彼女にも事情を知っていてもらうことで、二人で警戒心を高めておくこともまた事件へ巻き込まれるリスクの回避手段となりえると思い始めたからだ。また、彼女に事情を話すことで美波への俺の誤解も解けるだろうという浅はかな考えも同時に持ち合わせていた。今までの彼女であればこんな些細なことくらいで怒るようなことはなかった。今まで二人で会うときに異性からの視線を集めていたのは彼女であり、俺は男性たちが彼女に色目を使うたびに苛立ちを隠しきれなかった。俺たちの付き合いの中で嫉妬は常に白石健二の専売特許だったのである。


「結局、私には何も話してくれないんだ。まぁ、いいわ。誰にだって言いたくないことってあるものね」


 彼女は瞳にためた涙を布団の端で拭うと、ふぅーとため息をつき、何かを諦めたように寂しそうな顔をして微笑んだ。付き合ってから初めてみる彼女の顔を見て、俺はオーナーの話をすることを忘れて別のことを考えていた。心のどこかで疑問に思いつつも避けてきた話題、それを彼女に問うタイミングが来たのかもしれない。


「…その言い方からすると、涼子も俺に何か隠してるってことか?」


 やっと彼女に向かって一歩踏み出したという達成感。俺の気持ちが彼女に向けば向くほどくっきりと浮かんでくる疑問。――以前までの彼女と今日の彼女を比較すると、明らかに俺に見せる彼女の表情には違いがあるように思えた。それは涼子が現在進行形で俺に好意を持ち始めているのではないか、という俺たちの付き合いにおいて根本的な部分に対する疑問だった。先ほど美波が言っていた彼女の本当の正体。彼女というのはもしかすると…。


「お風呂入ってきていいわよ。私、松岡さんに呼ばれてるからちょっと行ってくるわ。すぐに戻ってくると思うから、この話の続きは戻ってきたあとにしよ」


 俺の質問を不器用にかいくぐり、彼女はベッドから降りて身支度を始めた。松岡が涼子を呼び出すなんて考えもしていなかった。結局のところ俺にだけ教えるような風を装って、皆に事情を伝えることでお互いを見張らせる予定なのかもしれない。そんなことを悠長に考えている俺の前を涼子は無言で横切って部屋を出て行った。そんな彼女の後ろ姿をただ己の満足感を得るためだけに見送り、扉が閉まると一息ついた。一人でいるにも関わらず、夕食前では考えられないような居心地の悪い空間。彼女の荷物、まだ濡れたままのバスルーム、彼女の痕跡が残っているもの全てが俺を苛立たせる。俺は先ほどぶちまけられた荷物の中から下着とタオルを雑に掴みとるとバスルームへ向かった。

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