占い師 白石健二
「はぁーはぁー、ふぅ………」
窓の外側から吹きつける強い風は、まるでやつらの遠吠えのように聞こえる。ひどく耳障りだ。
低い唸り声とコツコツと部屋に近づいてくる足音が、ドアを一枚をはさんだ向こう側からに聞こえてくる。
俺はベッドからそっと降りて、机の中の銀色のナイフを取り出した。
万が一と思ってキッチンから調達してきたのだが、こんなところで役に立つとは…。
――ヤツを殺す準備は出来ていた。
廊下の足音は俺の部屋の前で止まった。
一瞬の静寂があった。
「……大丈夫ですかー?」
ドアの向こう側から、俺の身を案じているかのように小さな声が聞こえた。
やつらは相手を騙すのが上手い。相手から信頼を得て、油断したところで後ろから噛みつくのだ。
狡猾で獰猛、それが人狼である。
「はぁ……はぁ……」
俺は息を潜めたまま、そっとドアの鍵を開けた。
どうやらヤツは自分から部屋に入ってくるつもりはないようである。
――部屋の外で何か作戦を立てているのだろうか。
人狼一匹くらいなら何とかなろうが、二匹目、つまり共犯者がいたとするならば、こちらに勝ち目はない。
幸いにも、味方はまだ何人か残っているはずだ。
音もなくゆっくりとドアが開いていく。
少しずつ部屋の中に廊下の明かりが差し込んできた。
――あぁ、こいつを殺せば、俺は彼女を守ることができるのだろうか…。
人狼ゲーム。このゲームを皆さんも一度はやったことがあるかもしれません。
ある平和な村に、人狼という人の見た目をした狼が紛れ込みます。
人狼は夜になると、村人の誰か1人を食い殺してしまいます。
一方で、昼間は村人が全員起きているので、さすがの人狼も多人数には勝てないと考え、大人しく身を潜めています。
この昼間の時間に、村人たちは村に紛れ込んだ人狼を探しだして処刑しなければなりません。
しかし、人狼は人の見た目をしているので、誰が人狼であるか村人にはわかりません。
村には村人と人狼以外に、人狼かどうか見分ける能力をもった占い師や、人狼の味方をする狂人など、様々な能力、特徴をもった人がいます。
村人たちは彼らの話す情報を元にして、誰が人狼かを暴き処刑することで、平和な村を目指す対人ゲームである。
今回は、この人狼ゲームを模した事件が真夜中のホテルで起こる。
是非、あなたの推理で人狼を見つけ出してほしい…。
俺の名前は白石健二。
これといった取り柄もない24歳で、普段はサラリーマンをしている。
幼いころに両親を亡くし、親戚中をたらい回しにされる生活を強いられてきた。
まさに天涯孤独の一匹狼である。
大抵のことは自分一人でこなしてしまう。いや、何でも一人でやってこなければ、ここまで生きてくることすら困難であっただろう。
その分、他の人よりもちょっぴり寂しがり屋なのかもしれない…。
そんな俺にも唯一だけ天から授かった能力があった。それは百発百中の「占い師」の能力である。
祖父から聞いた話によると、この能力は俺の家系の男性に必ず発現するらしい。
しかし、特殊な占い結果しか情報を得られないため、祖父自身も能力を使用する機会はほとんど訪れなかったそうだ。
特定の人物を占うことによって、“占った人物が過去に殺人を犯したかどうかを知ること”ができるという能力。
しかも、一日に一度しか使えないという制限付きだ。
こんな能力が何の役に立つのかは俺にもわからない。今まで試しに占ってみたところで、誰からも信じてもらえたことはなかった。
何度かメディアに取り上げてもらったこともあるが、今となっては一発屋の芸人と呼ばれる始末だ。
知名度だけはあるんだけどなぁ。いつかこの能力が役に立つことを期待して生きている次第である。
俺には志村涼子という彼女がいる。
先々月に知り合ったばかりの女性で、とんとん拍子で俺たちは付き合うことになった。現在同棲中である。
彼女は俺より一つ年上の25歳であり、どこか落ち着いていて温和な性格だった。
お互いに喧嘩したことはまだ一度もなく、いわゆる付き合いたてのカップルの典型であった。
俺が子供っぽいことをすると、彼女はふふっと可愛げのある笑顔を見せてくれた。
切れ長の柔らかな目は、誰に対しても優しい彼女自身を表しているようだった。
背はそれほど高くはないが、品のいい服装といかにも温室で育てられましたと言わんばかりの立ち振る舞い。
どこかのお嬢様なのだろうか…。
あまりにも俺に不釣合いな女性で、それでいてどこかあいつに似ている…。
とんとん拍子に付き合ったとは言ったものの、彼女から初めて告白されたときは、俺側にやむを得ない事情があったために一度告白を断ってしまった。しかし、彼女は諦めきれなかったのだろうか、その後も俺に対してアプローチを続けた。そんな彼女の努力が実を結び、晴れて俺たちは恋人同士になったのだ。
まぁ俺自身、年上のお姉さんに言い寄られることは正直悪い気分ではなかった。というのも、俺は年上の女性が大好きなんだ!
「健二君には不思議な魅力があるから…」
これが彼女の口癖だった。
魅力とは何のことだろうか? 俺が知りたいくらいだ。
付き合ってから会ったのは前回のデートで3回目で、正直俺たちはお互いのことをまだあまりよく知らなかった。
お互いのことをもっと知ろうという彼女からの提案で、4回目のデートとなる今回は旅行に行くことに決まったのだ。
「ふあぁぁー。 ごめん、コーヒー取ってもらえる?」
運転席から助手席にいる涼子に声を掛ける。
この暑さの中、朝早くから彼女を迎えに行って、隣県の観光スポットを訪れていた。
観光地を一通り見て回ったせいか、流石の俺にも疲れが見え始めていた。
目を彼女に移すと、足下の小さなクーラーボックスに細い手を入れて、ごそごそとコーヒー缶を探していた。
「朝早くから疲れちゃったでしょ? お疲れさまっ!」
笑顔でコーヒー缶を差し出してくれる彼女。俺はこの日のために買っておいたサングラスの位置をクイッと直したあと、彼女からコーヒー缶を受け取った。
ブラックコーヒーこそが至高の飲み物だと言わんばかりの喉越し。
ビール以外でこんな感情になるなんて・・・。
「一応、冷房かけてるけど、暑くない?」
「うんっ! 私は大丈夫よ。気にかけてくれてありがとう」
彼女はこの暑さを忘れさせてくれるような微笑みをこちらに向ける。
俺はそんな彼女の笑顔を見て、何となく気恥ずかしくなり目線を外してしまう。
どこぞの国のお姫様を車に乗せているような不思議な感覚だった。
今は太陽が照りつけているが、夜には雨が降ると朝のテレビでやっていた。
最後の観光地に早く行って、雨が降る前にホテルに着きたいなと頭で計画を立てながら、俺は車のアクセルを強く踏んだ。
「今日は本当に楽しかったわ。健二君、ありがとね。運転お疲れさまっ。疲れたでしょ? はいっ、コーヒーですよ~」
ようやくホテルへ続く道に入ったときに、ふいに彼女が俺に声を掛ける。
運転席のドリンクホルダーに置かれたコーヒー缶の中はすでに空っぽだった。
コーヒー缶を開けて、こぼれないように缶を両手で支えながら、助手席の彼女はこちらを見てにっこりと笑った。
なんて素晴らしい彼女なのだろうか。
普段会うときよりもメイクが薄かったせいか、今日の彼女からは柔らかい印象を受けた。
彼女が着ている青を基調としたワンピースは、全身からにじみ出る彼女の可愛さに大人っぽさというスパイスを加えていた。そんな彼女の横顔を俺は気づかれないように何度も見つめていた。
時折みせる彼女の気遣いは過去の傷跡なんてもちろんのこと、この先の二人の未来への不安なんてかき消してしまうようだ。
こんな楽しい旅行は久しぶりだった。
ホテルまでの道は森に囲まれていて長かった。
さっきまでの太陽はどこへ行ってしまったのか、辺りはだいぶ薄暗くなっていた。
少しでも気を抜いたら、事故を起こしてしまいそうな細道を注意深く運転していく。
国道から森の方へ一本入るだけでこんなに道が変わるとは・・・正直、ホテル選びを失敗してしまったかもしれない。
しかも、帰りもここを通らなきゃいけないのか。
ちらりと彼女の方を見ると、車に流れる曲に合わせて鼻歌を歌っていた。
ふうっと軽く息を吐き、憂鬱と不安の入り混じった感情のまま俺は車を進めた。
すると、突如、脇道から急に強い光が俺の目に飛び込んできた!!
「うおぉぉぉ!!」
「きゃぁぁぁ!!」
なんだなんだ、何が起きた!?
俺は慌てて急ブレーキをかけた。
車は危機一髪。スピンしかけてた割には、路肩に片輪を突っ込むだけで済んだ。
天才的じゃないか…。俺は心の中で自らの運転技術に感謝した。置いてあったコーヒーは10円分くらいしか残っていなかったのだが。
「いててっ…。涼子、大丈夫か?」
「え、えぇ、ちょっと驚いちゃったけど…。それより健二君は何ともない? ケガしてない?」
涼子は心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
「大丈夫だよ」
右腕がびりびりと痺れていたが、特に異常はないようだ。お互いの無事が分かって、俺たちは顔を見合わせて安堵した。
「おーい、大丈夫ですかーー?」
外から男性の声がする。さっきの光の主だろうか。
元はといえば、お前のライトが原因なのに大丈夫かも何もあるか!
俺はその気の抜けた呼びかけに怒りがこみ上げ、説教でもしてやろうかと声を荒げようとした。
「ちょっとあなたねぇ、運転している車にライトを向けたら危険なこともわからないの!!」
俺が怒鳴るより早く、彼女は大きく息吸いこんで畳み掛けるように言い、顔を真っ赤にしていた。
俺の心臓が素早く波打つ。涼子の声…だったよな…?
いつも温和な性格の涼子がこんなに怒るとは思ってもみなかった。
俺がそんな涼子に目を丸くしていると、ライトの主がこっちに向かって近づいてきた。
「すんません!タイヤがパンクしてしまって、直していたら日が暮れてしまいまして...。 そしたら、エンジン音がしたんで、んー、急いで走ってきたんですよー」
ライトの光の中から出てきた大柄の男性は、声を震わせながらそう言った。
彼も初対面の美人(俺の彼女)前にして急に怒られてしまい、戸惑っているようだった。
俺だって戸惑っている。
「そ、それは大変でしたね。こちらもケガはなかったんで安心してください。それであなたの車はどちらに?」
俺はその場を取り繕うように話を進めた。
「横道の...そう、そこの横道のちょっと行ったところで車を直してましてぇ。修理器具が足りないんで、結局直らなかったんですがね。忘れ物をよくするんですわ。それであのぅ...お願いといってはなんですが...良かったら、ホテルまで一緒に車に乗せていただけませんかねぇ? 図々しいとは思いますが」
その屈強な男性も俺ら同様この先にあるホテルを目指しているようだった。
俺としては困ってる人は極力助けたいのだが、助手席で顔を真っ赤にしていた彼女が何というか…。
「健二君、困っているのであれば乗せてあげましょうよ。彼の行き先も私たちと同じホテルみたいだし。」
さっきの怒鳴り声が嘘であるかのように、いつもの優しい涼子の声に戻っていた。
彼女のギャップに驚きつつも、俺はにこりと笑顔を作って彼の乗車を促した。