竜門の祠【1】
1 Παρεκκλήσι της Ryumon
月夜に水面は煌き、俺の周りに波を立たせる。
ザバザバと水を押しのけながら、俺は進んで行った。
この湖は昔から巫女の水浴びに使われていたらしく、深さも腰辺りまでしかない。
だが、一箇所だけ深いところがあった。
『巫女様、決して、あそこの周りには、近づいてはいけませんよ?』
昔から何度も注意され、俺自身も幼い頃、溺れかけた場所。
「……ネロが言ってたのはこの場所か……」
大きな岩があるその場に立つ。
実はこの岩には、都市伝説的なものがはびこっているのだ。
話によると、かつて、そこは龍神様をまつる祠があったらしいが、ある日を境に龍神様は闇に染まってしまった。
それを見た俺の祖先、白百合は龍神様の封印を決行。
龍神様への祠までの道を大きな岩で塞ぐことによって、龍神様本体が祠から出る、という最悪の自体が避けられたのだ。
「確かに深いが、岩を抜けたらそこは龍神様の祠じゃないのか?」
文句を垂れても仕方が無い。
誰かに見つかる前にことを済まさなければいかない。
「……よし」
大きく息を吸い込んだ後、水にその身を委ねた。
深く暗い水の中を泳ぎながら、先を見渡す。
先は暗い。
本当にあるのだろうか?
ネロの言葉に疑問を覚えてくる。
息が苦しい。
呼吸がしたい。
首を抑え、水中でもがく俺に、誰も助けになんて来てはくれない。
「たす……け……」
絞り出した声が、水中に響いた時だった。
ーほら、優姫。おいでー
懐かしい声が響き渡ったと思った途端、俺は誰かに腕を引っ張られる感覚を覚えた。
「げほっ!げほっ!!ぅ、うぇぇっ!………はぁ、はぁ……げほっ!……」
口の中に入った水を吐き出し、岩にもたれかかる。
カツラは取ったが、地毛である髪も多少は長い為、へばりついて気持ちが悪い。
服も身体にひっつくし、袴だからさらに悪い。
「……着替えてくるべきだったかな……」
言っても仕方が無いが、文句くらいはいってもいいだろう。
「…しかし、あの腕はなんだったんだ?」
自分の腕を見つめ、今度は水面を見つめる。
確かにあの時、誰かに引っ張られる感覚があった。
でも、俺が陸に上がった時、そこには誰もいなかった。
「気味悪いな……」
背筋に寒気を感じ、立ち上がる。
辺りを見渡したが、薄暗くてよくわからなかった。
しかし、水のある場所とは反対の方向に、道が続いている。
「泉は……この先かな?」
重い身体を奮い起こし、道の先へと進んで行く。
この先に、俺が背負うべき『罪』があるんだ____。