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その5

チャイムの甲高い音に呼応するように、要森に木々がざわめく。

要森の奥から響く、おぉーん、おぉーんと神経を逆なでするような低い音が空気を震わせ、びちゃりびちゃりと重く、湿ったものが地面をたたくような音が耳をうつ。

風に運ばれて一瞬、むわっと漂う生臭い臭気は湿り気を帯びていて、一部の生徒は森に入る前から地面に吐瀉していた。

つられて吐瀉するまで至らなかった生徒も、異形の存在を感じたのか地面にへたりこんでいた。

「ゲロしなかったのは良いんだけど、へたり込んでないでさっさと行くよ」

ぺしぺしとへたり込んでいる凡庸男子の頭をたたくと、彼はおびえた目でこちらを見上げた。

「なっさん、どうしてそんなに平気そうなんすか。俺たち食べられちゃいますよ。今だって、森の中にいる何かが誰かを喰らってる」

「喰われないし。私は喰われる前に殴ってぶっ飛ばす。今までそうしてきたし、これからもそうする。学園辞めれるなら、そうしててもいいけど、事情あるんじゃねーの? 辞めれないなら、ついておいで」

地面に転がった金属バットで、凡庸男子の頭をこつこつ叩くと凡庸男子は金属バッドを受け取って立ち上がった。

「大丈夫よ、只人君。あなたが食べられる代わりに私が食べられるから」

凡庸男子の頭をよしよしと撫でながら月子が余計なことを言う。

「させねーし。月子が食べられる前に私がぶっ飛ばす。ほら、ぐだぐだやってないで行くよ」

ちょっと時間を食ったが、三人並んで要森の敷地に入る。

後に続くものは今のところ居ないようだ。

月子を守ることを考えると余計な人間はいない方がやりやすい。

そもそも私は護衛なんてしたことないしね。

取りあえず私を先頭に、後に二人並んで続いてもらう。

要森の敷地に入ると、辺りは闇に包まれた。

ふわふわとした腐葉土のおかげで足音は聞こえにくい。

風にさざめく木の葉や木の枝の擦れる音に紛れて、たまに地響きや悲鳴、大きなものが倒れるような音がした。

悲鳴が聞こえるたびにビクつく凡庸男子を月子が子煩悩な母親のように宥めている。

大抵「私が代わりに食べられるから、大丈夫よ」といったクソ重たい内容だが、月子が言うと聖母のように見えるから不思議だ。

「臭いね。この生臭さ……蛇かな」

「流石なっちゃん!野性的で素敵」

「え?えー……もしかして、何かくるんすか? 」

「いや、もう来てる」

上を指さすと同時にぼとりと何かが落ちてきた。

色を失った真白なそれは、ぶよぶよとして柔らかく、少し力を入れただけでぼとりと千切れる。

凡庸男子は自分の肩にぶつかるようにして落ちてきたそれを掴み、崩れ落ちた肉片に蒼白になった。

「あ、し……あしが、あしが、あしが」

壊れたラジオのように繰り返していた凡庸男子は、足首が千切れて腐り落ちたふくらはぎをつかんだまま、それが落ちてきた方向を見上げ、尻餅をついた。

彼の頭上には般若の顔をした半裸の女がいた。

高校男子なら嬉しいだろう光景は、女の耳元まで裂けた口と、口から突き出た鋭い牙の突き刺さったままぶら下がっている臓物とでプラマイマイナスといったところだろうか。

下半身は木の幹よりも太く、苔色の鱗に覆われた蛇身だ。

「うげ。アレ殴んの嫌だなー」

食事したばっかりで元気そうなそいつは、長くとがった舌で牙に引っかかった臓物を舐めまわしながら月子へと突進してきた。

月子はというと、逃げるでもなく、尻餅をついた凡庸男子を庇うように立っている。

その顔に恐怖はなく、いつも通り柔らかな笑みを浮かべていた。

「させねーし」

空から降ってくる蛇女の顔面を思い切り殴り飛ばす。

手ごたえはあった。

破裂音と同時に、首から上が吹っ飛び、木の幹に張り付くようにして潰れる。

残された胴体はゆったりと痙攣しながら地面に横たわった。

私は地面に転がった蛇女の体を2,3回踏みつけて死んだことを確認してぱんぱんと手を払う。

二人を振り返ると凡庸男子が嘔吐していた。

「ちょっとグロかった? 」

「うぐ、……グロいなんて、もんじゃないすよ!うげえぇぇ……」

「うんうん、それだけ応えられれば問題ないね。よし、さっさと進もう」

「待ってください。異形撃退したみたいですし、僕たちはもう撤収してもいいんじゃないすか? 」

「帰るなら先に帰ってもいいのよ、只人君。私は他の生徒たちが居なくなるまで残るわ。私がいるだけで、少しでも異形の目が他の生徒に行きにくくなると思うから」

「ってことだ。私は月子から離れるつもりはないし、蛇女の一部をむしり取って一人で帰れるならどーぞ」

ひらひらと手を振ると凡庸男子は来た道を振り返った。

まぁまだ数百メートルしか歩いてないから、運が良ければ無事に帰れるだろう。

蛇女の死体によってくる子鬼を蹴飛ばしていると、遠くでまた絶叫が聞こえてきた。

「いや、僕もついて行きます。こうなったら、何が何でも生き残ってみせるっす! 」

異形の森で雄たけびを上げながらぶんぶんとバッドを振り回す凡庸男子は何だかひどく場違いだったが、怖がりな犬が自分を奮い立たせるためにキャンキャン吠えているようで何となく和んだ。

意外と可愛いな、こいつ。

「なっちゃんが楽しそうで私も嬉しい」

月子はマジ天使。

天使とわんこを引き連れて異形の森をサクサク歩く。

と、前方から馬ほどの丈のある大きなネズミが5~6匹ばかりかけてくるのが見えた。

爛々と目を輝かせているので、襲ってくる気かと思って二人を背に庇って身構えると、ネズミは急に方向転換して別方向に突進していった。

「あれ? 」

意外な展開に首をかしげていると、凡庸男子が感極まったように拳を握った。

「なっさん、野性的でマジ素敵っす! 目で殺すってのは正に、こういうことなんですね! 」

おいこら、それ褒めてんの?

「うるさい。黙れ、わんこ」

判断がつかなかったので、とりあえず凡庸男子の頭を叩いておいた。

ついでに憑りつこうとしていた黒い影がふわりと消える。

「月子ほどじゃないけど、わんこも憑かれやすい体質みたいだから気ぃつけたほうがいいかもね」

「え?! なんすか、それ。マジ怖いんすけど。え? え? 冗談ですよね。なんで黙るんすか。冗談だと……言ってくださいぃぃ!! 」

「大丈夫よ、只人くんより私の方が憑かれやすいから」

「月子さん、それ、フォローになってないっす! 」

まぁ最上位の贄である月子と比べて憑かれにくいとか言われても全く安心できねーよね。

にこにこと機嫌がよさそうな月子とキャンキャン煩いわんこを連れて、私は元臣と合流すべく要森を適当に散策するのだった。

私も月子も元臣の居場所を検知するような能力は持ってないし、そういうのは元臣の得意分野だ。

適当に異形をブッ飛ばしていたらそのうち向こうから来るだろう。

のんびり歩いていると、近くから数人の金切り声が聞こえた。

「なっちゃん」

月子が私の腕の袖を指先で軽くつまんで訴える。

「うーん、発狂している人間は、大型の異形よりも面倒だったりするんだけども」

私が断れば月子は一人で行くだろう。

「―――仕方ないね」

「うん、ありがとう」

申し訳なさそうに礼を言う月子に一つ頷いて、嫌がる凡庸男子を引きずりながら、私たちは音を頼りに騒ぎの中心へと向かった。


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