転校生、霧谷天麻
1人の悪魔に出会った。可愛くて、愛らしい、そして中二病だった……
転校生、その響きはどんな生徒でも心を魅了する魔法の言葉だ。
僕だって自分のクラスに転校生が来るなんて聞いたら、それはもうドキドキが止まらない。いやロマンティックが止まらない状態になっている事だろう。
どうやって仲良くなろう、僕に一目惚れしてくるのではないか?と、何故か転校生から男という可能性を消し去っているという都合の良さだ。
しかし逆に考えると転校生側はとてつもないプレッシャーがかかっていないだろうか?
何も情報がない、ただ転校生が来るというだけで勝手に様々な予想をされ、かなりの美少年、美少女ではない限り、いざ自己紹介をするとクラス全員から微妙な顔をされるという、とんでもない仕打ちが待っている。可哀想だ、可哀想すぎる……
「はぁ、友達できるかなぁ……?」
高校二年の春、桜が散り始めたこの季節。霧谷天麻は田舎の学校に転校する。
「せめて、もう1年早かったらなぁ……。」
僕、霧谷天麻はため息をつきながら、冴えない顔をして登校初日を迎えた。
人によっては新しい環境に少しぐらい期待があるかもしれないが、僕の場合、そんなものは持ち合わせていなく不安しかなかった。
超は何個つくかわからないぐらいのネガティブ人間なのである。それに加えてこの時期に注目してほしい。
高校二年生。
一年生なら他の生徒もみんな初めて会う奴らばかりだろうし、特別視はされないだろう。
だが、二年生ではどうだ?みなさんもう一年間共に過ごしていらっしゃるじゃあないか。そんな中にこんなネガティブ人間入れてみろ。
「あいつ都会から来たくせに全然イケてないな(笑)」
「せっかく珍しく転校生が来るって聞いてたのに最悪なんだけど」
「っていうか、暗すぎでしょ(笑)」
……と、こんな感じに総攻撃されるに決まっている。※被害妄想です。
まぁ、だがしかし、これはもうどうしようもない事だ。
父親の仕事の都合で引っ越すことになったのだから、誰かを責めるわけにはいかないし責めるつもりもない。
もう覚悟を決めて行くしか……ってあれ?
8時までに学校に来るように言われている、学校までの距離は自転車で20分。現在時刻7時50分。。。
「だぁあああああああ!」
所々錆付いて使い古された自転車、僕の愛車だ。僕は自慢の愛車に跨り学校に向かってただひたすらペダルを漕いだ。漕いで漕いで漕ぎまくった。
うじうじ考えてるんじゃなかった、くそっ、だから僕はダメなんだ。変な妄想してる暇があるならさっさと仕度すればよかったんだ!
後悔しながら僕は、ぐずぐず、うじうじと考えているのであった。
五分ほど経った頃だろうか。僕は立ちこぎから座りこぎ、速度もたいして速くない、むしろスーパー帰りのおばちゃんより遅いぐらいのスピードではぁはぁ言いながら情けなく、頼りなく愛車を漕いでいた。
僕は昔から体力がない。小学生の頃ですら体育についていけなかったほどに。リレーで自分が走る部分だけでも命懸けだ。
けれども、何故か瞬発的な身体能力はとても高かった。なので、腕相撲なんかは負けたことがなかった。一瞬で終わるからスタミナはいらないのだ。
なんて軽く自慢話を入れたとこで時間が巻き戻るわけでも、僕の体力が回復するわけでもないのだが。
転校初日から遅刻か、どれだけ目立ちたいんだよ僕は・・・。
もう諦めてしまった僕は、自転車から降りゆっくり、とぼとぼ、ついでにぜぇぜぇ言いながら自転車を押して学校に向かった。
一人孤独に歩いていた僕は10メートルほど先に一人の人影を見つけた。僕の転校先、これから行く学校の制服を着た生徒だった。
人影に近付くにつれ、それが女生徒だということに気がついていく。しゃがみこみ左目付近を両手で押さえながら何か言っているようだ。
僕は周りを見渡す。道路の左右は田んぼで埋め尽くされていて、現代的なデザインなど一欠けらもない家がぽつん、ぽつんと二、三軒建っているだけ。人の気配なんてまるでしない空間だった。
一呼吸置き、心配した様子で、声を頼りなく震わせながら、僕は女生徒に大丈夫ですか?と声をかけた。この一言ですら僕からするとそうとう勇気がいる事だった。
女生徒はゆっくり、まるでそこだけスローモーションをかけられたように振り向き僕の目を見た。
その瞬間、僕はさっきまでの疲れが嘘のように消し飛んだ気がした。
少し長めの綺麗な黒髪、左目を手で押さえているが、手を離しても左目だけ隠れてしまうような前髪だ。
右側は眉あたりで綺麗にカットされており、はっきりと大きな右目が僕を見つめている。
まるでブラックホールに見つめられている感覚だ。ずっと見ていたら僕はあの右目に吸い込まれ、消えてなくなってしまう。本気でそう思うほどに。
可愛い、可愛すぎる。
僕は今までのしょぼい人生の中でこんな可愛い子など見たことがない。小、中学校とクラスのマドンナ的存在だったあの子も、目の前にいる美少女の足元にも及ばないだろう。
見つめられ少し照れた僕は視線を彼女の顔から体の方へと移していく。よく見ると彼女、左腕に包帯を巻いている。腕全体を丸々包帯で隠している感じで。
怪我でもしたのかな?と思ったその時、彼女の方から息遣いを荒く、焦ったような口調で僕に喋りかけてきた。
「早く私から離れて……!私の身体の”チカラ”が制御できなくなってきてるから……!」
……ん?”チカラ”?制御?
「あのー、何を言って……」
「いいからさっさと遠くへ行って!!!ここにいたらあなたは死ぬかもしれない……!」
何を言ってるんだ彼女は。死ぬかもしれない?こんな何もない所で?
……あ、もしかして僕は一目で嫌われて、関わらないでほしいレベルになってしまったからさっさと消え失せろって事なのか。あんな変な事言ってまで僕に近付かれたくないと。そういう事なんですか。
「くっ、左目が反応してるという事は近くに”奴ら”がいるのかっ・・・」
彼女は一人でぶつぶつ何かを言っていたが僕の耳には入ってこない。
ショックだった。僕は女の子に好かれた事はないが、嫌われた事もなかったのだ。人に拒絶されるというのも初めての体験だ。
それも、よりによって今まで見たことのないような可愛い子に、だ。一言、声にもならない小さい声で、すみません、と謝り僕は彼女を置いて学校へと向かった。
最悪の朝だ。転校初日に遅刻確定だわ、初対面の超絶美少女に顔を見ただけで拒絶されるわ、何か今日はいい事なさそうだな……。
そんな僕らしい不安な顔を浮かべながら、気が付くと学校の門が近付いていた。彼女と別れて30分ほど経っている。彼女より先に来たのだから彼女も遅刻確定だ。
そういえば彼女、僕を一瞬で魅了したあの子は僕が話しかける前、左目付近を両手で押さえながらうずくまり、中々香ばしい台詞を一人で呟いていた。
それによく考えるとわざわざ僕を拒絶させる為にあんな変な事いうか?
よく覚えていないが僕が死ぬとかなんとか。
冷静に考えると、僕が彼女に嫌われたという結論をだすにはまだ早かったのかもしれない。
あそこは僕以外誰もいなかった。人の気配なんてしない田舎道だ。彼女はきっと、それをいい事に自分の中の世界を現実世界で曝け出していたのかも知れない。
つまり、中二病的行動をとりたかっただけ?そうだとしたら悪い事をした。
誰にも見られていないと思って痛い台詞を呟いていたら、いきなり僕に話しかけられてきっと恥ずかしかっただろうなあ。
……というか、あの子高校生にもなって中二病なのか。普通だったら引く所だが、あの子に限れば話は別だ。というより、逆に中学生的思考を持っている事が可愛さを底上げしてるようにも感じてしまう。
あー、何かもう遅刻とかどうでもいいや。あの子の事が頭から離れない。
サッカーゴール以外は何もない、だだっ広いグラウンド、そこに建っているのは、学校を舞台にした安いホラー映画ででてきそうな今時珍しい、古びた木造校舎だった。
そう、ここが今日から僕の通う高校だ。
「こんな学校現実にあるんだなあ・・・」
僕、霧谷天麻は都会生まれの都会育ち、ここまで来るまでの道のりにも僕にとっては漫画、アニメのような世界に感じていた。近代的な建造物はさほど見なかったし、常に人ごみに塗れて生活していた僕にとって、ここの静かな空間は新鮮だった。
都会に比べて空気が綺麗だ。空気が美味しいとまで感じてしまう。田舎ってのも悪くないかな。一人カッコよく、勝手に田舎のよさを感じていたとき、思い出してしまう。
あ、僕転校初日から遅刻だった。
「とりあえず自転車置いてこなきゃ」
僕は校舎の周りをぐるりと回り、駐輪場を見つける。当然ながら、登校時刻は過ぎてるのでずらりと、生徒の通学用自転車が並べられていた。
僕は二年生用のスペースから空いてる場所を探したが、この時間になると、どこも自転車で敷き詰められてしまっていて、僅かな隙間に無理矢理押し込む形になってしまった。
さて、いよいよ校舎に入るわけだが。まずは職員室かな・・・
少年時代に戻ったようだった。このような初めて入るような建物を見つけたときは「探検ごっこ」とか言って遊んでたっけな。
ノスタルジーを感じながら僕は校舎内を探検し始めた。
……と言っても実は僕、この校舎は、初めて見たわけでも初めて入るわけでもないのだけれど。まぁ普通に考えて、転校先の学校に転校初日に初めて訪れるなんてあり得ないよね、高校だからテストとかあるし……。
それにしても古い校舎だ、まるでタイムマシンで四、五十年前に戻ったかのように感じる。これ耐震性などは大丈夫なのだろうか、そんな心配をしながら昇降口から入り、長い廊下にでてみる。一階は一年生の教室、職員室がある。
もう一時限目が始まっているのだろう、教師の感情の篭ってない淡々とした言葉が静かに聞こえる。
一年生の教室を過ぎていくと職員室が見えてくる。さて、どんな言い訳をしようか。
登校中おばあちゃんが倒れてて!助けてたら遅れました!
ちょっと世界を救ってました!僕勇者なんですよねぇ!
悪魔と闘ってて遅れちゃいました!
小学生でも考えないような幼稚な言い訳に、軽く涙目になりつつ、はぁ・・・と溜め息を漏らしながらガラッと職員室の扉を開けた。
「し、しつれいします・・・」
一風で消えてしまいそうな、弱々しい声と同時に僕は職員室へと足を踏み入れた。
入ると同時に教師たちの視線がこちらへと集中する。その中の一人が僕の方へと駆け寄ってきた。
「君、今日からウチに来る転校生だよな?今何時だと思って・・・」
「すみません、すみません、すみません・・・」
教師の言葉を遮るように僕はひたすら謝った。下手な言い訳もなにもせず。
「あー、もういいから。とりあえず、君のクラスに案内するから。付いてきなさい。」
もう遅刻するんじゃないぞ、と優しい声で釘を刺された僕は、キョロキョロと挙動不審になりながら名前も知らない優しそうな教師の後を申し訳なさそうに付いていく。
廊下の突き当たりに来た所で僕たちは階段を上り始めた。一段一段上がるたびに、ミシミシと不気味な音響を奏でてるのは気のせいだろう。
うん、そうに決まってる。
「2年生の教室は二階だからね。」
名前も知らない教師がやけに優しい声で話してくる。僕は少し息遣いを荒くしながら小さく、・・・はい。と答えた。
いきなり疲れた様子の僕を見て教師は不思議そうな顔をしたが、そのまま僕が入るクラスに向かって歩き出した。
たったこれだけの階段でこんなにも疲れてしまう僕の身体。一体何なんだろう。
しばらくすると教師は、ある教室で立ち止まり、ちょっと待っててねと僕に言い残し、その教室へと入っていった。
僕は、目線を上へ向けて教室札を見た。
2-B
ここが僕のクラス。僕の事を知っている人は誰もいない、僕が知ってる人も誰もいない、知らない事だらけの小さな教室。
しばらくすると、優しそうな教師ともう一人、ここのクラスの担任らしき人物がでてきた。
優しそうな教師は、私はこれで、と言い残し、そそくさと職員室の方へと帰ってしまった。
「お前いきなり俺に迷惑かけるなよー?」
担任らしき人物が話してくる。三十代前半、身だしなみがなってなく、髪もぼさぼさだ。第一印象はまるで教師には見えない。だ。
少なくとも僕がいた学校にはこのような教師は一人もいなかった。こんな人採用しちゃっていいのかねぇ・・・。心の中の僕はいつも強気である。
「まぁ、とりあえず教室入るか」
ついてこい、そう言ってまるで教師には見えないオッサンは教室へと足を踏み入れていく、ゆっくりと、そして気だるそうに。
僕もオッサンに続けて教室にゆっくりと入っていく。当たり前だが、教室がざわついている。クラス全員の視線がひとつになって僕へと突き刺さる。
この空気嫌だ、もう帰りたい……。目立つことが嫌いな僕は、今までの人生の中でここまで人に注目されるというのは、初めてのことだ。……いや、違うな。小学生の頃、夏休みに描いた絵がなんだかよくわからない賞をとってしまい、全校児童の前で表彰された事もあったっけ。
そんな過去の栄光を思い出しつつ、教卓付近で僕は立ち止まった。
「えぁー、ちょっと遅れちまったが今日からウチのクラスメイトになる転校生だ。んじゃ適当に自己紹介してくれー」
しまった、自己紹介なんて全く考えてなかった。まぁ、このオッサンの言うとおり適当でいっか……。
「はじめまして、霧谷天麻です。T都から親の都合でこちらに引っ越す事になりました。これからよろしくお願いします。」
ぱちぱちと疎らな拍手が起こる。
普通のあいさつ、そして本当に適当だった。
「よし、じゃあお前はそこの二つ空いてる席の窓側の方に座れー。」
オッサンの目線の先を見てみると、そこには隣同士、二つとも空席の机があった。まだいくつもの視線を感じるが僕は下を向き、言われたとおりに窓際へと小走りで座りに行く。
ふぅ……。一息ついて席に座る。ふと、隣のもう一つの空席を見てみると机の中に、何故か教科書が入っている事に気づいてしまう。
教科書があるという事は、僕の隣の席、ぽつんと空いてるそこの席は誰の席でもないというわけではなく、今日休みかなにかで来てない人の席なのか。
どんな人なのだろう。少し気になる。まぁ、どうせなら女の子がいいよね。
「んじゃ、授業再開するかー。石井ー、さっきの続きから読んでくれー。」
あっという間に授業が再開される。あれだけ嫌だと思ってた自己紹介タイムは終わってしまえば、てんでたいした事はなかった。あとはきちんと友達を作って残りの高校生活を有意義なものにしなければ……!
そんな事を自分に、自分自身に決意表明してみせるのだが、そこが一番の問題だ。僕の苦手な友達作りをしなければいけない。話しかけられるのを待っていたら、誰にも話しかけられずに友達を作るタイミングを逃してしまう。
出来れば三日。三日の内に出来るだけ喋って、”無口で暗い人”というイメージにしなければきっとうまくいくはずだ。
トントンッ
そんな事を考えていたら、後ろの席から肩を軽く叩かれた。
一瞬身体がビクッとしたが、僕はゆっくりと振り返った。
「これからよろしくね、転校生くんっ」
僕に話しかけてきた声の主は、元気そうで、明るそうで、健康的な顔の女の子だった。
黒髪のショートカット、目が少しつり目な感じが強気な性格をイメージさせる。
「よ、よろしくおねがいします……。」
「なんで敬語なの?(笑)つーかさ、君の事なんて呼べばいいかな?さすがにずっと転校生くんじゃダメでしょ」
「普通に、好きに呼んでくれていいよ……」
「あー、じゃあ普通に天麻って呼ぶねっ」
「えっ?名前?」
「ん?やっぱいきなり名前って嫌だった?」
「違う違う!天麻で!天麻でお願いします!」
「?変なやつー(笑)」
嬉しかった。僕は今まで女の子に名前で呼ばれたことはなかった。大体は”霧谷くん”と呼ばれていた。というか、女の子とは会話自体、滅多にしてなかったのだけれど。
彼女、僕に話しかけてくれた健康的な顔の女の子は浅野唯香と名乗った。僕はなんて呼べばいいか聞いたら、彼女は普通に呼び捨てでいいよと言ったが、正直同い年の女子を呼び捨てで呼んだこと等なかったのでかなり照れた。
僕が恥ずかしながら、よろしく、唯香……と言うと彼女は、にししと可愛く笑ってみせた。
そんな話をしていたら、一時限目が終わっていた。授業なにも聞いてなかったなぁ……。というか、普通に話しちゃっていたけど、あのオッサンは注意もなにもしなかった。ますます教師らしくないオッサンだ。
そのまるで教師には見えないオッサンが教室からでていくと、何人もの生徒が一斉に僕の机を取り囲んだ。
「ねえ、きみ!T都から来たんだよね?スゲーーーー!」
「やっぱ顔とか都会っぽいねー(笑)」
「なんて呼べばいいかな?」
「学校案内してあげよっか!?」
「メアド交換しよー」
このシチュエーションは、アレじゃないか。よく漫画やアニメである、アレだ。
転校生という肩書きがあるだけで、僕みたいなやつでもこんなにちやほやされるのか。
すげぇ、転校生すげぇ。