公の首を賜ろう
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記述に誤りがあった為改訂。
×皇太后 ○皇太子妃
私は自分に与えられた後宮の一室で一人思案に耽っていた。
皇太子の妃として召還された私だが、この身は小国の一姫に過ぎない。帝国の皇太子の求婚を蹴れる立場にない私は、否応にもこの後宮に押し込められてしまった。
皇太子妃となってしまえば、自分の好きな乗馬も剣も取られてしまうだろう。姫としては相応しくない趣味であるとは知っていたが、私からそれを取り上げることは、魚から水を奪うようなものだ。
こんな時は母親譲りの美しい容姿が恨めしい。誰も彼もから美姫と讃えられ、名と噂ばかりが先行し、この不本意な婚約がなされた。
誰よりも美しいなどとは自惚れてはいないし、美しいから誰からも愛されるという訳ではない事くらいは知っている。けれど、自分の仕草や言動が相手のどういった感情を引き起こすかという事は昔から教え込まれていた。
この婚約を破棄するには、皇太子に嫌われ、向こうから破棄してもらわなければならない。
ならば、皇太子に不快な女を演じきってやればいいと決めて、私は今ここにいる。
だからと言って、宝石やドレスを強請るのは趣味じゃなかったし、馬鹿な女を演じるのも御免だった。
そこで私はあるいい方法を思いついたのだ。
「メルティーナ様、どうかなさいましたか?」
「国に帰ったら何をしようかと考えていたのよ。」
私に声を掛けたロレンタは、嫁いでおきながら国に帰る事を考えている私に呆れたのか仰々しく天を仰いだ。
「メルティーナ様。これ以上の良縁など望むべくもありません。いい加減諦めて皇太子妃となる事を認めてくださいませ。」
「嫌。」
私が短くそう言うと国から連れてきたこの侍女は大きなため息を吐いた。
この女は私をどうしても嫁がせたいらしい。そんなのは御免だというのに。
「今日皇太子殿下がいらっしゃるのでしょう? そこで皇太子殿下に愛想をつかされてしまえば、私は晴れて自由の身よ。皇太子に婚約破棄されたという醜聞がつく事でいい虫除けにもなるでしょ。」
「皇太子殿下を虫除け扱いなどと、不遜にも程があります。」
私が茶目っ気を見せてもロレンタは眉一つ動かさずにぴしゃりと私に言い返すのみだ。
「それよりもどうやって皇太子殿下の機嫌を損ねるつもりです?」
ロレンタの質問に私は少しだけ口角を吊り上げた。私は口の前に人差し指を立ててロレンタに告げる。
「それは秘密よ。」
皇太子殿下と対面する機会が漸く訪れた。よもや顔合わせもせずに結婚などと言う予想もしていたが、その前にこうして顔を見せてくれた事に感謝せずにはいられない。
「メル、何か不自由は無いか? 私に出来ることであれば何でもいってくれ。」
それだ。その台詞だ。私が待ちに待っていた台詞。今こそ私が思いつく限り最高の方法を披露する時。
「私、欲しい物がありますの。」
「何だ? ドレスか? 指輪か?」
安直過ぎるその質問に噴出しそうになるの堪えて、なるだけ自然な笑みを作る。
「いいえ。私が欲しい物は、貴方の命です。」
「………え?」
驚愕を露にする皇太子殿下を内心ほくそえみ、表情では満面の笑みを浮かべる。右手を彼の頬に沿え、私の望みを口にする。
「貴方の命を私にくれませんか?」
すると皇太子殿下は予想通り顔を真っ赤にして走り去っていった。
「し、失礼する!!!」
皇太子殿下が退出したのを確認したロレンタは鬼のような形相で私に詰め寄ってきた。
「一体どういうつもりですか!? 皇太子の命が欲しいなどと、反逆罪に問われたらどうする御積もりです!?」
「それはそれで面白そうじゃない。馬鹿な女を演じるのは御免だもの。」
「だったら大人しく皇太子妃になってください!」
「嫌。」
「………もうどうにでもしてください。」
折れたロレンタを見て私は満足する。
激昂した皇太子は恐らく私との婚約を破棄するだろう。その後ロレンタの言うように反逆罪に問われるのなら、大手を振って脱出劇を始めるつもりだし、寛大な心で国へ帰してくれるというなら僥倖だ。
帝国に招かれてからずっと乗っかっていた重荷が下りたように身体が軽くなった私は、漸く心地よく眠る事が出来た。
次の日になって私の喜びが一転どん底まで下落した。
「メルティーナ様とアンドリュー様の婚姻が正式に公表されました。」
この報告をしてくれたのは護衛騎士の女性だった。
「アンドリュー様はメルティーナ様の生涯を共にして欲しいという望みを聞いて、婚儀の日取りを早めているそうでございます。また何かあればご連絡いたします。」
護衛騎士は深々と頭を下げると部屋を辞した。
残された私とロレンタは呆然と顔を見合わせる。
私の考えたいい方法は、何やら別の意味として伝わってしまったようである。
この事にロレンタは大層喜び、それと反比例するように私の意識は沈んでいった。
命を貰うという事が生涯を共にすると解釈されるとは思いも寄らなかった。
「分かりやすく、公の首を賜りたいって言って置けばよかったかな?」
私は恐らく二度と乗る事がない、母国に置いてきた愛馬に思いを馳せながら、あの惚れっぽい皇太子の妻になる事を受け入れざるを得なくなった。
文体が安定しないでござる。