07
「私、違う世界から来ちゃった・・・んだと思う」
「・・・・・・」
暗いから、エラルドがどんな表情をしているのかは分からない。
だけどきっと、きょとんとしているか、変な顔をしているんじゃないかなと思う。
だって、この世界の人じゃない、なんて突然言われて、ああそうですかと納得できるわけがない。
「え?ごめん、どういうこと?」
「私ね、日本って国から来たの」
「二ホン?」
「うん、日本。知らない?」
「・・・ううーん・・・聞いたことがないなあ」
「・・・・・・そっか」
きっとそうだろうとは思ったけれど、こうやってはっきり口にされると、やはりそうなのかと落胆してしまう。
エラルドは・・・エラルドは今どう思っているんだろう。
信じてもらえるまで話せばいいと言ったエラルド。でも、こんなことを聞いた今も、本当にそう思っている?
こんな、普通はあり得ないようなこと、エラルドは信じられる?
どんな反応をされるか分からずに緊張してエラルドを見ていると、私の視線に気づいたのか、うつむいていた顔を上げた。
「それで?」
「え?」
「それで、二ホンっていう国から、千歳はどうやって来たの?」
「え、あ、あの、信じてくれるの?」
「信じるもなにも、千歳は二ホンから来たんでしょ?」
「う、うん」
「嘘じゃない?」
「う、嘘じゃない!本当だよ!」
「・・・まあ・・・正直、信じにくい話ではあるけど。でも、千歳は嘘ついてなさそうだし、嘘つけなそうだし・・・面白そうだし。だから信じてみる」
「・・・っ!」
「で、どうやって来たの?」
「あ、うん、あの、あのね」
信じてくれた。
本当の本当に信じてくれているのかは分からないけれど、でも、信じると言ってくれた。こんな話を、嘘だと頭ごなしに否定しないでくれた。
それがとても嬉しい。
「ブランコから、飛び降りたの」
「ブランコ?」
「こっちにはないのかな・・・。こ、子どもが乗って揺らして遊ぶ遊具、なんだけど」
「子どもが乗って遊ぶ遊具?へえ。じゃあ千歳もその世界では子どもなの?」
「ち、違・・・!わ、私は、子どもの頃遊んでて、あの、今はそんなに子どもじゃないんだけど・・・久しぶりにちょっと乗ってみたくなって」
「ふうん。それで、乗って、飛び降りて」
「そ、そう、飛び降りて、着地して、目を開けたら・・・草原で」
「草原?」
「うん。海の近くの・・・えと、崖の上にある草原」
「・・・・・・」
「草原の中にお花に囲まれた白い石があって・・・。あ、あの王子が、私のこと、墓荒らしと言っていたから、多分それが誰かのお墓なんだと思う。は、墓荒らしなんて、そんな、失礼にも程があるよ。ただ辿り着いた場所がそこだっただけじゃない。お墓を荒らすなんて、そんな罰当たりなことするわけない」
「・・・・・・崖の上の、草原にある、墓」
「そうだよ」
「・・・・・・」
「エラルド?」
「それは・・・・・・確かな話?」
「そうだよ。嘘なんか言わないってさっき言ったじゃない。それに、この世界のことがまだよく分からなくて・・・。私だって何が本当で何が本当でないかも分からないのに、嘘なんてつけないでしょ」
「まあ、ねえ・・・でも、ううーん」
頭をかいて、頭上を振り仰ぐ。その反応はどう捉えればいいんだろう。
私の話、やっぱり信じてくれないのかな。そう、不安になるけれど。
・・・ううん、さっき信じるって言ってくれたんだから、私もその言葉を信じなきゃ。
そう思いながらじっと見ていると、エラルドは上を見ながらずるずるとその場に座り込んだ。そして、私も座るようにとちょいちょいと手で促す。
どうしようかと一瞬戸惑ったけれど、断る理由もないし、一人分の距離を残して私もその場に座った。
「千歳が入った場所は、アニエス様のお墓の敷地だと思う」
「アニエス様?」
「そう、現国王の側室だった方。もう大分前にお亡くなりになったんだけどね」
「・・・そくしつ?」
「側室が分からない?国王の、正妃・・・正妻は分かる?正式な、位が一番高いお妃様のことだよ」
「う、うん」
「側室は、そうじゃない国王のお妃様のことだ」
「・・・え?じゃ、じゃあ・・・お妃様がいっぱいいるってこと?」
「そうだよ。今は・・・側室は5人、かな」
「・・・・・・」
「どうかした?」
「・・・う、ううん・・・に、日本じゃ、お嫁さんは一人だから、少しびっくりして」
「へえ、そうなんだ。ああでも、この国も、平民は夫も妻も一人だよ。ただ、国王となると、何人もお妃様が必要となる。なぜか分かる?」
「え?・・・えと、あ、跡継ぎの子を確実に産まなきゃいけないから?」
「そ。千歳、よく分かってるじゃん。それに、子どもたちが多い方が他国の王家や、位の高い貴族たちとの繋がりをその分多く持てるしね」
「そ、そっか・・・」
何となく分かるような気がするけれど、今まで馴染みのなかった話だから全く実感が湧いてこない。
要は権力を拡大するために、子どもたちの結婚が必要ってことなんだろう。だから、子どもがいっぱい欲しい、そのためにはたくさんのお妃様が必要・・・。
分かるよ。でも、やっぱり日本育ちの私にとっては、一夫多妻だなんて抵抗がある。これは、仕方がないことだよね。
「それで、その、アニエス様のお墓のところに、私が着地したのね」
「そうなんだろうね」
「じゃあ、王家の人のお墓の近くに行ったから・・・」
「王家の墓には、王家以外は立ち入ることができない。王家以外がいるとすれば、お墓に来た王族の護衛の者か」
「・・・墓荒らし」
「そうだね。そうとしか考えられない。それ以外に、近くに行く理由がない」
私はとんでもないところに到着してしまったみたいだ。
確かに、そんな場所にいたら墓荒らしと間違えられても仕方がないのかもしれない。
でも・・・それでも、あの王子、少しくらい話を聞いてくれたっていいんじゃないかと思う。
「でも私、墓荒らしじゃない」
「そのつもりじゃなくても、侵入したことにかわりはないし。お咎めは免れないと思うよ」
「ええ、な、お、お咎め!?」
「王家に対する犯罪行為は、それ相応のものだよ。そして、あちらは墓荒らしと思ってる。墓荒らしなんて、刑はかなり重いものかもしれないなあ」
「ええ!?」
ざあああと血の気が勢いよく引いていく気がする。
頭がくらくらする。
大変なことを言っているはずなのに、エラルドの口調はかなり軽い。ちょっとちょっと、どうしてそんなに呑気なんですか。
「わ、私日本に帰る」
「無理だって。ここは牢屋。さっき千歳だって散々試してたじゃん。鉄格子開かなかったでしょ?」
「で、でも!悪いことしてないのに刑を受けなきゃいけないなんて嫌だ。絶対嫌。日本に帰る!」
「だから・・・」
「その・・・アニエス様?のお墓の辺りに行けば、今度は反対に日本に戻れるはず!」
そうだ、きっとそうに違いない!
だからどうにかここを脱出して、あの草原に行かなくちゃ。
だからアニエス様のお墓に行ったらまた侵入罪になるでしょ、なあんて言葉は無視した。だってあそこに私、辿り着いたんだから。きっとあそこが日本とつながっているはずなんだ。
そう考えて、立ち上がって鉄格子を揺らそうと試みるけど、やっぱり動かない。
「そ、そうだ。あの王子か誰かと、も、もう一回どうにか話せないかな。それで説明して」
「ああ、それは無理。ご飯は持ってきてくれるけど、それはだいぶ下級の人。王子やその側近辺りと関わりなんて持てないような人だし、ましてや本人たちがここに来ることはまずないね」
淡々と望みがないと口にするエラルド。
エラルドはどうして落ち着いていられるんだろう。
ここにいる以上、エラルドだって何かしら刑があるはずなのに。
「エ、エラルドだって出たいんじゃないの?け、刑罰だってあるんでしょ?」
「うん、ある。ただ墓荒らしの千歳よりは軽い刑だけど」
「墓荒らしじゃないってば!」
「それに、出たいけど、抜け出せるところなんてありゃしない。千歳も腹をくくりなよ」
「で、でも私は日本に帰らなきゃ」
「無理だって」
「無理って言わないで!そんなの、やってみなきゃ分からないでしょ!」
「さっきからやってみてるじゃない。鉄格子がそんな細腕のか弱い女の子の力で抜けるようなら、これまでどれだけの人数が脱獄してるかって話だよ。残念ながら脱獄の話なんて一度も聞いたことがない。諦めなよ」
「帰るったら帰るの!」
無理だ無駄だと繰り返すエラルド。ああもう!
「だから」
「黙っててよ!うるさいっ!」
腹が立って、その勢いに任せて小窓の横に拳をたたきつけた。
と。
「あ」
「え?」
石が抜けた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
抜けた石の横や上をおそるおそる、だけど思い切りガンガンと叩いてみると、また一つ、向こう側に落ちていった。
少し小窓が広がったものの、格子が邪魔で外にはやっぱり出られそうにない。
試しに前後に揺らしてみると、少しだけガタガタと揺れた。ただ、揺れただけで外れそうにはなく、叩いたり引っ張ったりしていたけれど、手が痛くなってきたので手を止める。ふと思いついて、今度は足を限界まで上げて勢いよく蹴ってみれば、格子が刺さった石と一緒に一本残らず落ちていった。
そうして、小窓は、ちょうど一人通れそうな大きさになった。
振り向いてエラルドを見つめる。見つめ合う。
「・・・・・・」
「・・・落ちちゃった・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・えと、一緒に行く?」
あんぐりと口を開けて呆然とするエラルドに、何となくへらりと笑って返し、私はまたエラルドに背を向けた。