05
かすかに聞こえていた、カツンカツンと響く靴の音も、いくら耳を澄ましても全く聞こえなくなった。
「・・・・・・」
どうするべきなんだ、これは。
夢か夢じゃないかは、もう分からない。夢かもしれないし、夢じゃないかもしれない。でも、もう関係ない。どちらにしたって、どうにかして帰らなきゃいけないんだ、私は!
一人、エイエイ、オー!と気合いを入れて、すっくと立ち上がる。よし。
こんな、じめっとして暗くて陰鬱な場所に閉じ込められてそのままの私じゃないんだから。絶対抜け出してやる。
ぐるっと見渡して、鉄格子の後ろに窓が二つあることが分かった。でも、どちらもカラスが通れるくらいの小さな窓で、残念ながら人間の私は全くもって通れそうじゃない。しかもやっぱり鉄格子ついてるし。どうせ通れないくらい小さいんだから、鉄格子なんかつけなくたって誰もそこから逃げないわよ。
窓から視線を外して、今度は右と左を見てみれば、天井から床まで石の壁。うん、これはどうしようもない。
とすれば。
もう一度、鉄格子を睨む。突破口は、ここしかない。
ぐっと鉄格子を掴む。ひえ、やっぱり冷たい。
でもそんなこと言ってられる状況じゃない。
「・・・んんっ!・・・っちょ、んーっ!」
縦に横に、前に後ろに力いっぱい引っ張り、押したりしてみるけれど、びくともしない。ガタガタと揺らそうとしても、無理だ。
こんなに力を入れてるんだから、ちょっとくらい揺れてもいいんじゃないの。
これは私が非力なのか、それとも造りが頑丈すぎるのか。・・・どっちもか。
立ち上がって、ガァンと思い切り蹴飛ばしてみるけれど、これまた全く動かない。
何度も何度も蹴飛ばしてみても、本当に嫌になるくらい動かない。
揺らすのを一度中断して、鍵がどこかに落ちていないかと向こう側を目をこらして見るけれど、落ちていたのは壁が崩れたのか石が何個かと、そして壁にランタンが下げられているだけ。
ちょうど窓から月明かりが差し込んできて、ランタンの中にロウソクが立ててあるのが見えた。灯されていた火は消えてしまったのか、それとも消されたのか、途中までしか溶けていないみたい。
どんなに探しても、残念ながら、鍵らしき物は全く見あたらない。
落ち込みそうになるけれど、落ち込んでいる時間ももったいない。
鉄格子から手を向こうに出して、錠前をガチャガチャと揺らしてみる。けれど、思った通り取れなかった。やっぱり鉄格子をどうにかしなきゃいけないみたいだ。
諦めるわけにはいかない。よし、ともう一度気合いを入れた。
二歩、三歩下がって、今度は勢いをつけて鉄格子に跳び蹴りを食らわす。
それでも鉄格子は開かない。手応えが全く感じられないのに、足はじんじんと痛んできて。
「ちょっと!開きなさいよ!」
腹が立って、さらに一発蹴飛ばした。だけど、さっきと同じように冷たく跳ね返されて、思わず尻餅をついた。
「ちょっと!もう!腹立つ!」
「無駄だよ」
「無駄とか言わないで!・・・・・・ん?」
あれ?今、声を掛けてきたのは誰だ。
驚いて後ろを勢いよく振り向いても、誰もいない。だって、さっき見回したときだって、誰もいなかった・・・はず。
さあっと背筋が寒くなる。いやいや、やめてよ、私ホラーってだめなのよ。
心臓がドキドキドキドキして鳴り止まない。
ここって・・・多分、牢屋、とかそんな感じ、なんだよね。
ってことは、もしかしてここで生涯を・・・って、いやいや、考えない考えない!考え始めたら止まらなくなっちゃうから!
考えを吹き飛ばすように、頭をぶんぶんと振って気持ちを切り替え、もう一度鉄格子に向き直ろうとする。
と、視界の端に何か影が映った気がした。
「・・・・・・」
怖い。けど、目を背けたって、怖さを引きずることになる。
いつまでも怖いのは嫌だ。それよりだったら、怖いけど、すっきりしたい。
そろりとそちらに目をやると、小窓の下に、さっきも視界に入った丸い黒い影がぼんやりと見える。
月明かりもなくなってしまい、暗闇にようやく慣れてきた目でも、大きな影としか分からない。
「ひ、人・・・?」
人、だよね。うん、絶対人だ。人に違いない。
自分しかいないと思ったのに、先客がいたんだ。
怖さが少し和らいでほっとしたのもつかの間、はっとあることに思い至って体を硬くした。
だってさ、私は勘違いされて来ただけだけど、こんなところに閉じ込められるくらいだから、この人は何かいけないことをやっちゃったんじゃないのかな。
危ない人。危険人物。犯罪者。そんな言葉が頭に浮かぶ。そんな人と、こんな狭い密室の中で二人きり。
さっきとは違った意味でぞわりとする。・・・・・・おっと、これは、ちょっと危ないかもしれないぞ。
思わず、じりっと一歩下がる。
「だれ、いや、ど、どなた、どちら様でしょうか・・・」
「っはは、どうして言い方変えるの?」
「そ、それは・・・」
「・・・ああそうか、そういうこと?なら、大丈夫大丈夫」
「え、だ、だいじょう・・・」
「うん、大丈夫、別に俺、危なくないから」
そう言って、その大きな影は、むくりと大きくなった。立ち上がったらしい。
危なくないとか言ったって嘘だよね。危ない人は絶対そう言うだろうし、まず悪いことをした危ない人だからここにいるんじゃないんでしょうか!
そう心の中で叫ぶものの、もちろん怖くて声には出すことはできない。
私はまた一歩、さらに一歩下がる。だけど、影も一歩、一歩と私に近づいて来て、距離は広がるどころか、足の長さの違いかどんどん縮まっていく。
「ちょ、すいません、あの、ちょっと・・・近づかないでもらえますか・・・」
「だからさあ、大丈夫だってば」
「いやいや、ちょ、どうして近づいてくるんですか」
「ええ?だって逃げるんだもん」
「に、逃げてなんか・・・ひっ!?」
後頭部に氷のような冷たさを感じる。石壁だ。
そうだよね、こんな狭い部屋の中、そんなに逃げるスペースなんかあるわけないですよね。
ま、まずいよまずい、逃げ場がない。
「こ、来ないで!ごめんなさい!来ないで―――!」
「だーかーらー」
「ひいっ」
影が振りかぶる。あ、と思った瞬間、頭に衝撃が走った。―――やられた!
「・・・・・・?」
やられた、もうだめだと思ったのに、手は動くし、思考も働く。頭も・・・特に痛くない。
そ、そうだよね、本当に何かされたんだったら、やられた!なんて思ってる余裕なんかあるわけない。
そろりと視線を上にやると、私の頭に腕らしきものを振り下ろしたまま止まっている影。
これって・・・これって・・・・・・。
「・・・チョップかーい」
おーい。どっと力が抜けて、私はその場にへたり落ちた。