04
「・・・・・・え、と」
何か違う。想像していたような人じゃないかもしれない。
だって、・・・何というか。
「・・・黒い・・・」
黒い外套、所々に銀や赤の入った黒い服。そして、腰には長くて大きな剣。その剣の鞘の色も赤黒い。全身、ほぼ黒。さらには馬まで黒。全体的になんだか仰々しい。
その黒い男の人は、馬に乗ったまま少しずつ近づいてくる。
そうして、黒い馬は、私の少し手前で止まった。
「お前は誰だ。・・・賊か?」
私が出した人物なのに、なんで私のことが分からないんだろう。やっぱりコントロール不足だわ。
ていうか開口一番、それか。賊だなんて、なんて失礼な。
「・・・あんただって誰よ」
さっきの一言が気に食わず、名乗ることをしないでそう返すと、相手は形整った眉をきゅっと寄せた。
初対面なのに、どうして睨み付けられながらそんなことを言われなきゃいけないんだ。腹が立ってしまう。
男の人が馬上で私を睨んでいる。その視線の強さについ縮みこみそうになったけれど、失礼なことを言われたのは私の方だ。私も負けじとジロリと睨み返す。
その時、相手が頭まで被っていたフードを外した。見れば、相手は赤茶色の髪だった。日本ではあまり見かけない。
自分が願って出した人物とはいえ、知らない人だから緊張する。私ったら、どうせ登場させるなら、せめてクラスメイトとかにすれば良かったのに・・・。
そう思いながら、緊張で体を硬くし、相手の答えを待つ。すると、男の人は馬を降りて、歩いて私に近寄ってきた。
男の人の手が伸びる。怖くなって、私はぎゅっと目をつぶった。
「っちょ、わあ!」
いきなり胸ぐらを掴まれる。強い力。
思わずつぶった目を開いて男の人を見つめた。相手もじっと私を見つめている。
何なのよ、いきなり!
「もう一度聞くぞ。答えろ。何者だ」
「・・・や、やめ・・・」
「言え。それとも、名前がないのか?」
「な、名前が、な、ない?」
「賊か、流浪の民か」
「・・・は、」
命令口調だし、名前がないとか、賊とか、流浪の民とか、何なんだ。何様なんだ、あんたは!
ぎり、と男の人を睨み付ける。だけど、相手が応えた様子は全くない。
「最後だ。答えないなら斬る。・・・言え」
落ち着いた声音の、静かな問い。
でも、その言葉も、私を問い詰める瞳も、刃物で切れそうなくらいに鋭く尖っていて、とても怖い。
何でこんな扱いを、という悔しい思いを飲み込んで、私は仕方なく口を開いた。
「・・・・・・及川、千歳」
「・・・オイカ、ティーロ・・・?」
「及川、千歳」
「オイカ、・・・ティ、セ?」
「ああもう!ちとせです!ち、と、せ!」
「・・・ティ、トセ」
そんなに難しい名前でもないだろうに、どうして一回で聞き取ってくれないんだと思ったけれど、見たところ日本人じゃない。だからか。
面倒くさい人を出しちゃったもんだ、私。それにかなり失礼極まりないし。
「てぃ、とせ。いや、ちとせ、か」
「・・・そうです」
「聞き慣れない名だな」
「・・・そうですか」
「それで、お前はここで何をしていた」
「何をって・・・」
・・・何をしていたわけでもない。強いて言うなら、ブランコをしていた、か。
そもそも、ここがどこだか分からないのに、そんな状態でここで何もしようがない。
「・・・気がついたらここにいたんです」
「・・・なに?」
「あの、ここはどこなんでしょう。ここは・・・あなたの知ってる人の・・・お墓?」
そう聞いた瞬間、間近にあった男の人の瞳が揺れた気がした。でもそれはほんの一瞬で、ううん、もしかしたらそれは気のせいだったのかもしれないけれど、次の瞬間にはその瞳には怒りが見て取れた。
どうして?
「とぼけるなよ」
「え?」
「ここはそう簡単に来られる場所ではない。ここに来られる者は、王国に許可された者だけだ」
「・・・王国?許可って、何のこと・・・」
「気がついたらここにいた?ここは、そんな意図無しに辿り着ける場所ではない」
この人は何を言っているんだろう。ぼんやりと見上げていたら、突然後ろに突き飛ばされた。
足に力など入れていなかった私は、踏たえることもできず、押されるままに尻餅をつく。
何するの、と顔を上げた瞬間、小さな風が頬を撫でた。
何事、と視線を巡らすと、多くの切っ先が目に飛び込んできた。刃物だ。驚いて思わず後退しようとし、何かの気配に慌てて後ろを見やると、そこでも剣先が私を向いていた。
気がつけば、自分を中心として、鋭い刃物がきれいに円を描いている。
逃げられない。
「な、ちょ、え、何」
「どこから入り込んだ、墓荒らしが」
「・・・・・・は!?」
疑問系ではなく、断定的な言葉。
思わず立ち上がろうと思ったけれど、びくりと止まる。そうだ、今私は剣先に囲まれている。少しでも動いたら頬か鼻か口か髪か、どこか切れてしまいそう。
こんなに刃物を向けられて、先端恐怖症にでもなってしまいそうだ。
・・・これは夢でしょ。夢だよね。・・・夢のはずなのに。
なのにどうして、こんなに怖いの。どうして私はこんなに震えているの。
「見たことのない不思議ななりをしているな。どこから来た。どこの村の者だ、それともやはり流浪人か」
「こ、これは、制服、で」
「せいふく?」
「こ、高校の・・・」
「こうこう。なんだそれは」
「し・・・知らないの?」
私が願って出した人物のはずなのに、日本じゃ知らないはずのないことを知らないと言う。
だから驚いて聞き返しただけなんだけど・・・私の言葉を聞いた、剣を持った男たちの目の色が変わった。
「無礼者!」
「ひっ」
どこが無礼だったのかは分からないけれど、男たち、特に左側に立つ男は相当怒りに燃えているようだ。怒りで体が震えているらしく、私の顔の横にあった刃物も震えてきた。
無礼者って、人に刃物を向けてるあんたたちの方が失礼だわ!と思うのに、反論なんかできる状況じゃない。
まずい、震える剣先が頬に当たりそうだ。ううん、当たるよ、ちょっと!どんどん剣が近づいてくるんだけど!
そう思って、反対側に避けたかったけど、反対側にも何本もの刃物がある。
仕方がない、一本か数本かなら、一本を我慢するしかない。
大丈夫、夢なんだから。きっと、そんなに痛くないはず。
そう思って、ぎゅっと目をつぶった次の瞬間、頬にやっぱり恐れていた痛みが走った。そうだ、さっき頬をつねって痛みを感じたばかりだった。
「ちょ、痛い!痛いってば!!」
温かいものが頬を流れた感じがする。
痛みを感じながら、もしかしたら、夢、ではないかもしれない、と思う。でも、どうしても夢であってほしいという願いを捨てることができない。
夢なら、どうか、覚めて。
縋るような、そんな思いを抱きながら、私は意識を失った。
意識がなくなる直前、きっと目が覚めたら、あの公園の砂場にいるんだと信じていたのを覚えている。
だけど。
私が目が覚めたのは、砂場なんかじゃなかった。
公園でもない。
暗くて寒くて冷たい、鉄格子の中だったんだ。