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「それで、ルークスは何か用があったんじゃないのか」
ここで、今まで黙っていた王子が口を開いた。
その言葉に、ルークス王子がようやく私から視線をずらす。正直、息が詰まりそうだったから、私はこっそりと息をついた。
「一番の用事はもちろん、千歳嬢と会うことだったから、もう済みましたけど。・・・ああ、そうそう、ノワールからの言付けも預かっていたんでした」
「・・・・・・」
「『かくれんぼがご趣味ですか』、だそうですよ」
「・・・・・・」
つい、王子を見上げると。眉を寄せて渋面をつくっていた。それはもう、心底嫌そうに。
それにしても、新しく出てきた名前、『ノワール』っていうのはいったい誰なんだろう。
「兄さん、病床を抜け出してきたんでしょう?いつも穏やかなノワールが珍しく鬼の形相をして歩いていましたよ。僕からはちょっと話しかけられないくらいには恐ろしい雰囲気を醸し出していましたけど」
「あ、わ、私も会ったわ!お兄さまの居場所をご存じですかって聞かれて。そう、それで、私もお兄さまのことを探してたの。そうしたらルークスお兄さまがいらして、ロイお兄さまが向かった先を知っているからって・・・教えてもらったの」
二人の言葉を聞きながら、気にかかった言葉を思い浮かべる。
・・・・・・病床?
「・・・・・・ねえ、王子」
「・・・・・・何だ」
「・・・おでこ、触っ―――」
「触るなよ」
「今、病床を抜け出したって言われてたけど・・・。さっき、仕事が早く終わったからって言ってなかった?」
「今まで仕事は確かにしていた。嘘は言ってない」
「病床を抜け出したというか、熱があったのに執務をしていたのがノワールにばれて、執務室を追い出されたんだよね」
エラルドが会話に割って入る。エラルドの顔を見ると、にっこりと笑っていた。
笑顔なのに、なんだか怖いのは何でだろう。
王子はというと、しかめ面のまま。私と視線をちっとも合わそうとしない。発熱していること、知られるのはそんなに都合が悪いことなんだろうか。
「おい、エラルド・・・」
「薬を持っていくから、自室に直行するように言われてね。でも向かった先は自室じゃなくてここだったってわけ。確かにこの状況じゃあ、ノワールが探してない方がおかしいよね」
「・・・・・・」
「俺は止めたよ、部屋で休めって」
「・・・言葉でだけだろう。本当に必要だとお前が判断すれば、力づくでも部屋に引きずっていくはずだ。あれは止めたんじゃない。立場上、言葉にしてみただけだろう」
「止めたんだってば。でも自分の体調くらい自分で判断できるだろうし、できてもらわなきゃ困るし。君はいつも無理するからね、そろそろ学習してもらわなくちゃ」
「・・・・・・」
「執務中だって、朝に比べて体調が悪化してるの、俺が気づいてないとでも思った?まさか。君のことなのに、俺が気づかないわけがないでしょ。放っておいたのは、自分で気が付いて欲しいからだよ。体調が悪い時には休まないといけないって。それなのに君ったら、俺が言わないのをいいことに次々仕事やり始めてさ、いっそ超高熱出して早くぶっ倒れてしまえと思ってたんだ」
「・・・・・・」
・・・エ、エラルド・・・。
ぶっ倒れてしまえなんて、それを笑顔で言えるあなたがますます恐ろしいんですけど。でも・・・きっとそれは、王子を心配してのことなんだよね。その気持ちは、分かる。
休んでほしいのに、体調を押して一向に休まない相手を思う、このもどかしい気持ち。気持ちが届かないことへの虚しさ。自分には何もできない非力感。よく分かるよ。
王子の顔を窺えば、しかめ面というよりももっと渋面をつくって黙っていた。言われていることは一応分かってはいるんだろう。反論はしないんだな、と思う。
「やっぱり熱あるんじゃない」
「知らん」
「嘘つき」
「強がりだなあ」
「エラルドはもう黙れ」
王子はもう、意地でもとぼけ続けるらしい。そういうことなら、ともう割り切って、私はエラルドに体を向けた。
「ねえエラルド、この人の病状は?」
「おい」
「怪我のほうは血も止まって化膿もしていないけど、熱がなかなか引かないんだ。やっぱり傷が思ったより深かったらしくてね。それでも強情だから、どうにか今日起き上がって、執務室で書類に目を通していたよ。高熱が続いていて頭痛もあるようだし、本当は歩くのもやっとなはずなのにね」
「エラルド!」
エラルドの話に、そう、と頷く。思った通り、熱があって、体調が悪かったんだ。
でもどうして、しらばくれようとするんだろう。秘密にしておきたい理由って、何?私が相手だから?
「どうして熱があること、隠そうとするの?・・・熱があるなんて弱みは人に見せられないから、とか?私が・・・まだ信用できないから?それとも・・・」
「さあな」
「さあなって・・・」
王子はそう言って、また、ふいと視線を逸らした。ああもう、これは絶対に答える気はないんだろう。さっきから全然真面目に答えてくれない。気持ちも会話もずっと一方通行だ。
だんだん悲しくなってくる。
「・・・隠す理由はもういいわ。でも、そんな状態なんだったら、用事があったとしても、ここに来るのは回復してからで良いでしょう。早く部屋に戻って休んでください」
「・・・・・・」
そう、体調が悪いのだったら、休むのが一番だ。ここではゆっくりできないし、早く戻ったほうがいい。
用事がある、と言っていた。その用事がもし先程話していた結婚の件なのだとしても、私の怪我が治るまでには相当時間がかかるようだし、話を持ち掛けるのは急がなくたっていいはずだ。少なくとも、ようやく起き上がれるようになった日にする程火急の用とは思えない。
早く戻れ、と視線でも伝わるように王子を見つめると、王子も私を見つめ返してきた。
王子はそのまま目を少し細め、そして分かりやすくため息をつく。何でここで、ため息?
「・・・・・・」
王子はそのまま何も言わない。無言で顔を見つめられて、何となく居心地が悪い。
いきなり何なの。私の顔に何かついていますか。
「ちょっと・・・」
「ああ、ようやく見つけました」
「っ!?」
部屋の中にまた、今まで聞いたことのない、静かな声が響き渡った。
また知らない人が来た。昨日までリリーティア以外誰にも会っていなかったのに、どうして今日はこんなに来客が多い一日なんだろう。
新しい声に驚いて思わず、すぐ近くに立っていた王子の背中に少しだけ身を寄せた。
王子の陰から顔を出して、そろりと扉を見ると、今度は日本でもよく見たことのある茶髪が見えた。細身の、すらりとした青年。茶髪、よく見たことがあると言っても、それは髪の色の話で、もちろん顔立ちは日本人とは全く違った。
「殿下」
「・・・・・・ノワール」
苦虫を噛み潰したように王子が呟く。
ノワール。ああ、この人がさっき会話に上ったノワールって人なんだ。どういう人なんだろう。
さっきの伝言を聞く限りでは、王子に意見できるような立場の偉い人、なんだろうか。
「千歳さま」
「あ、わ、私?」
えっ、私ですか。急に自分に振られて驚いてしまう。どうして初対面の人が私の名前を、とか、王子と話すんじゃないの、とか色々考えながら、慌てて背筋を伸ばした。
「お初にお目に掛かります。私はノワール・スクルンディ。ノワールとお呼びください」
「ノ、ノワール・・・さま」
突然のことで心臓がどきどきしながら、名乗られた名前をおそるおそる声に出すと、ノワールと名乗った青年の目尻が少し緩んだように見えた。
「私は王族ではありませんから、ノワールで結構ですよ」
「ええと、・・・ノワール・・・さん?」
優しそうに微笑むノワールさん。本人からは呼び捨てでどうぞ、と言われたけれど。
でも何となく、ノワール、と呼び捨てで呼ぶのは私が落ち着かない。
エラルドは良いのかって?エラルドは・・・何でだろう、エラルド、と呼んだほうがしっくりくるんだよね。理由は特にない。雰囲気がそうさせるんだと思う。
「で、でも・・・そう呼ばせてください。あ、わ、私も王族、じゃないから、さまなんてつけないでください」
「千歳さまは客人としてこちらに滞在しておられますから。これでよろしいのですよ」
「え?ええと・・・はい」
「私、ロイヴェストール殿下の専属医師を務めております。どうぞお見知りおきを」
「は、はい。私は、及川千歳です。よろしくお願いします」
頭を下げられて、私も頭を下げて名前を名乗る。
王子も否定してないし、悪い人じゃ・・・ないんだよね?
そっと王子の顔をうかがうと、未だに渋い顔をしていた。
「王・・・」
「殿下。花のようにお可愛らしいお嬢さんのもとへ通いたい気持ちは重々お察し申し上げますが、ご自分の体調も少しは考慮していただかないと。千歳さまも殿下が体調が優れぬと聞いては申し訳なく思われてせっかくの逢瀬も台無しとなりましょう」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
・・・・・・。ああいけない。口が開きっぱなしでした。
舌がよく回りますね、ノワールさん。この国の男はルークス王子といいこんな何かの舞台やゲームのような歯の浮く台詞を言うのがお好きなんでしょうか。・・・ああ、でも王子は言わないな、うん。まだ王子の事よく知らないけど、そんな台詞を言ったら全身鳥肌が立つような気がする。
その王子はというと、相変わらずものすごーく嫌そうな顔をしたまま。ああ、うん。王子の気持ち、今ならちょっとだけ分かる気がする。
「つきましては、千歳さまには大変申し訳ありませんが、殿下は未だ体調も優れませんので、部屋で休んでいただきたいと思うのですが・・・」
「わ、私は別に・・・」
「千歳さま、もちろん許可していただけますよね?」
部屋中の視線が私に集まる。
「・・・・・・・・・・・・はい」
雰囲気に気圧されて返事をしてしまいました。でも、どうして私に聞くんですか。なんていうのが正解でしたか。
・・・まあ、休んでほしいと思っているのは確かにそうなんですけど、私に伺いを立てる必要はどこにもない気がするんですが。
ノワールさんは、私の返事が満足のいったものだったようでにっこりと笑って、さあさあ、とにこにこしながら扉の前で王子を待っている。
王子はというと。
「・・・・・・」
はいと言ったことが気に食わなかったのか、恨めしそうに私の顔を見ていた。いや、それ以外に何と言えばいいんですか、と私も見返す。すると、わざとらしく、はあ、と大きくため息をこぼしてから扉に向かおうと体を翻した。
そのまま部屋に帰るのだろうと思って王子の後姿を何となく見ていると、ふと立ち止まり、王子がまたこちらに戻ってきた。
「・・・?どうし、」
「ここに来た用事を忘れるところだった」
「え?」
ここに来た用事って、さっきの話の事では、と頭にはてなを浮かべていると、王子が私の目の前で止まる。
「手」
「・・・手?」
「手を出せ。ほら」
「あ」
反射的に手を出したところに、ころんと小さな入れ物が落ちてきた。
蓋に、弦の長い、何かの植物の絵が描かれている。
「・・・え?あの・・・これ」
これは何、と王子の顔を見上げると同時に、左頬にあたたかいものが押し当てられた。
驚いて何かと思ったそれは、王子の親指だった。
押され、そのまま、す、と頬をこすられる。
「・・・・・・な、に?」
「・・・目立ちはしないが・・・少し、傷になったな」
「・・・え?」
「傷薬だ。もう傷はほぼ塞がってきているから効果は分からないが、一応塗っておけ」
そう言って、指を離した。
指が完全に離れてから、知らず息を詰めていたようで、私はほっとして息を吐いた。
そうしていると今度は、手のひら全体が頭に乗っかった、のだと思う。ちょっと重い。手が大きいから余計に重いんだろう、なんてぼんやり思う。
「元気なのもいいが、あまりリリーティアに心労をかけるなよ」
そう言い残し、今度こそ背を向けて、会釈するノワールさんを引き連れてさっさと部屋を出て行ってしまった。
未だ頭に残る手の平の熱を感じながら、手の中に納まる小さな小さな入れ物をじっと見つめていると、目の前に影が落ちた。
顔を上げると、エラルドが手のひらに乗ったままの容器をのぞき込んでいた。
「・・・エラルド?」
「ノワールと何か話してると思ったら・・・それのことだったんだ」
「え?」
「だから、その薬」
そう言って、入れ物を指さす。
そうして、蓋に書いてあるのが薬草の絵だと教えてくれた。
「俺は、その時いなかったんだけど、護衛の剣先が頬に刺さっちゃったんだって?」
「あ・・・あ、うん」
そっか、あの時の集団にエラルドはいなかったのか。うん、確かにいなかった気がする。じゃあ、王子から後から聞いたのかな。
でも、この頬の傷は、王子から直接受けたものじゃないんだけど。あの目つきが怖い男の人が興奮しちゃって傷つけられちゃったんだけど。ああ、思い出すとまたぶるりとしちゃう。
エラルドもさっき自分でそう言っていたけど、重ねて、王子がつけたんじゃないのに、と言うと、エラルドはくすりと笑って言葉を続けた。
「直接じゃなくても、でも、ロイ絡みでしょ」
「・・・まあ」
「気になってたんだろうねえ。さっき執務室にノワールを呼んで持ってきてもらったんだよ、それ。で、ノワールに体調の悪さ、一発でばれた、と」
そんなことすれば、すぐばれるの分かってるだろうに、それでも相談して用意してもらおうと思うくらいには、顔に傷をつけたこと、気になってたんだね、と。
その傷のこと、高熱でうなされながら考えてたのかもね。顔の傷だし、少しでも早く届けたほうがとでも思ったんじゃない、と言って笑った。
エラルドの言葉に少し心がむず痒くなる。
こういうこと言うのは、王子の側近だから、王子の印象を良くするためのフォローなのかもしれないけれど。
今更、という思いも正直あるけれど、でも何となく嬉しかったから、薬の入れ物をきゅっと握りこんで、ありがと、と呟いた。
「・・・さ、フルール様。ルークス王子も。退室しますよ」
「え、でもまだ来たばっかりなのに・・・」
「俺たちがいたら、千歳は休めないでしょう?」
「・・・・・・」
エラルドに退室するように言われて、フルール様が、たたた、と軽やかに近づいてくる。
そうして、先ほどの再会の時のように、きゅっと首にしがみついてきた。相変わらずいいにおいがする。
「もう帰らなきゃいけないみたい」
「うん」
「お兄様たちばっかりで、全然お話しできなかったわ。もっといられたらいいのに。私だってお話したいのよ」
「うん・・・私も。じゃあ、また来てくれる?私、この通り足が痛くて動けないし、お城の中で話せる人、ほとんどいないから。お話できると嬉しいな」
「もちろんよ!」
「僕もまた来ていいかな」
突然話に割り込んできたのは、考えるまでもない。ルークス王子だ。
顔は笑っているけれど、何を考えているのか読めなくて、不安になる。
「君を見つけた日。僕は中庭にいて、たまたま見上げたところに君がいた」
「・・・・・・」
「遠くてはっきりとは見えなかったけれど、愁いに沈んでいるようだった。何を悲しんでいるんだろうと気になって、一晩中君のことばかり考えていた」
「・・・・・・」
「今、すごく君のことが気になってる。君のことが知りたい。だから、今日君に会って、話ができて嬉しかったんだ。思った以上に元気なお嬢さんだったけれど、思っていた通りの可愛い女の子であることには変わりない」
「・・・・・・」
「でも、予想外だったのは・・・。あの兄さんと、普通に話をしていること、かな」
「・・・・・・え?」
そこまで話したところで、ルークス王子の細い目がさらに細くなった。その表情が、なんだか怖い。
それはどういう意味かと尋ねようとしたけれど、エラルドの声に口を閉じる。
「ルークス王子」
「何だい、エラルド」
「千歳はロイの客人だよ。忘れないように」
鋭い声。心臓がどきりとする。エラルド、怒ってる?
なんだか怪しい空気だ。突然、どうしてそんなことを再確認するの?
「・・・分かってるよ、エラルド。でも・・・」
一度エラルドの方を見て、再びこちらに向き直るルークス王子。視線が合って、思わず、まだ首にしがみついているフルール様をぎゅっと抱きしめる。
「君のこと、兄さんはどうするつもりなんだろうね」
「え?」
「フルールを助けてくれたことは確かに感謝に値すべきことだ。王族を守ったんだから。だからと言って城に上げるなんて、やりすぎじゃないか?褒美をやって、どこぞの医者に診させて、おしまいにしたって良い」
「・・・・・・」
「そしてその黒い髪。今フルール以外に黒髪をもつ者はこの世界のどこを探してもいないはず」
「・・・・・・」
「君は違う国の人だと言っていたけど、他の国にだって黒髪をもつ者がいるなんて聞いたことはないんだ。それでも、染髪しているようでもない。君は・・・何者なんだろう」
「・・・・・・」
なんと答えたらいいか分からない。この人が信用できるかどうかも分からない。王子やエラルドに話したように話していい人なのかどうなのか。エラルドや王子が何となく警戒していたように感じられたけど、どうしたらいいんだろう。・・・エラルドや王子が完全なる味方かどうかも分からないけど、でも。
私が答えない、答えられないことには特に言及せず、ルークス王子は私から視線を外して今度はエラルドを見やる。
「ねえ、エラルドは兄さんが何を考えているか知ってる?」
知ってる?と優しい聞き方なのに、なんだかちょっと恐ろしさを感じる。知ってるか、と聞いてるんじゃない。むしろ、知っているんだろう、と断定しているような感じ。
・・・何を考えているか、っていうのは、あれかな、その、結婚の件、のことを指してる?
空気が張りつめている。フルール様も、おかしな空気が流れていることに気が付いているようで、ぎゅっと力を入れて抱き付いてきた。私も抱きしめ返す。そのまま、二人で、その様子を見守る。
どれくらい時間がたったか分からないけれど、ようやく、ふ、と空気が緩んだ。
「さてね」
そう言って、エラルドは肩をすくめて笑う。
「またそうやってとぼける」
「とぼけてなんか。だけどね、たとえ知っていたって。俺はロイの側近だ。ロイが不利になるようなことを君に教えると思う?」
「そんなことしたら側近失格だね」
「でしょ?」
にこりと笑ってエラルドが答える。二人とも穏やかに話しているはずなのに、やっぱりどこか緊張感が漂っている。
うう、早くこの場から抜け出したい。
「でも、俺たちがいたら千歳が休めないのは本当だよ。君も、千歳を疲れさせたいとは思わないでしょ?」
「・・・・・・まあ、ね」
「さ、行くよ。フルール様も、ほら、離れて」
「・・・え、ええ」
名前を呼ばれて、おずおずと私の首から腕を離す。
腕が解け、二人で目を合わせる。困ったような、リリーティアのようなハの字の眉のフルール様。気持ちはよくわかる。自分じゃわからないけど、私もそんな顔をしているような気がする。
「また、来るわね」
「うん、待ってる。でもちゃんと、王子に断わってから来るんだよ」
「分かってるわ」
そうしてようやく、すっと離れる。
「じゃあ、千歳、行くね」
「うん、エラルド、ありがとう」
「早く足を治すのよ」
「そうだね、あまり無理しないようにする。フルール様も、ありがとうね」
二人に手を振る。そして。
「それじゃあ、また来るよ、千歳嬢」
そう言って、懲りずにまた手をとろうとするルークス王子に、二人に振っていた手を思わず背中に手を回して隠してしまった。
あ、まずいと思ったけれど、反射的にしてしまったことはしょうがない。
ルークス王子は、私が手を隠したことに対して何も言うつもりがないようだった。ああ、良かった。
・・・正直、落ち着かないからもう来てもらわなくていいんだけれど、王子がいない状態で失礼なこと言って、困るのは自分だから、そんなことは言えるはずもなく。
「あの・・・頬、・・・冷やしてくださいね」
何か言わなくちゃ、と思ってそれだけ伝えると、ルークス王子は薄く笑って、ありがとうとだけ返してきた。
そうして、ようやく扉がバタンとしまったのだった。




