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扉をめいっぱい開いたまま、目を見開いて固まっていたのは。
「・・・フルール」
フルール様でした。
突然の登場に一瞬呆けて見つめていたけれど、はっとして叫ぶ。
「扉!扉!」
「え?」
「扉を閉めて!フルール様!」
慌てて扉を閉めるよう叫ぶ。
そして、バッタン、と音を響かせながら大きな扉が閉まった。
完全に閉まったのを見届けて、は、と知らず詰めていた息を吐き出した。
もし廊下に誰かいて、こんな場面を見られたらいろいろ面倒くさいことになりそうだもんね。
うんうん、と頷いていると、王子が、おい、と呼びかけてきた。
「お前、早く起きろ」
「あのねえ、起き上れるものならとっくに起き上ってます。足が痛くて起きられないの」
「さっき立ったりしてただろう」
「それはあんたが変なこと言って興奮させたからでしょ!」
「じゃあまた興奮させれば立てるのか?」
「そういうことじゃなくて・・・!」
「はいはい、そこまで」
声が聞こえたと思ったら、背後から脇に手を入れられて、ひょいと持ち上げられた。
浮いた!と思った直後には、さっきまで座っていた椅子に元通り座っていた私。
顔を上げれば、エラルドが立っている。そっか、エラルドが起こしてくれたんだ。
「あ、ありが・・・」
相変わらず細身なのに力持ちだなあと思いながら、お礼を口にしようとしたその視界の隅に、鬼が映った。
ぎょっとして見れば、鬼ではなく、鬼のような形相のフルール様が、顔を赤くして、それこそ本当に赤鬼のように仁王立ちしていた。
青みがかった黒髪が、何となく逆立っているように見える。
「フ、ルール・・・さま・・・?」
「・・・千歳」
「え、はい!」
つい背筋をピシッと伸ばす。
「言ったわよねえ・・・。エラルドは、絶対に、だめ、だって!それなのに・・・!」
「え?だ、だめって何のことだっけ。あ、そうだ、でも、ほら、フルール様の目の前だったら貸してくれるって言ってた・・・?いや、貸してもらったわけじゃないけど、というか、今は私、不可抗力だったよね!?」
「貸すのは、私が、いいって言った時だけよ!しかも、だ、抱っこなんて、私でさえ、最近一度もしてもらってないのに・・・!!」
「だ、抱っこって・・・」
フルールの顔が真っ赤も真っ赤。爆発してしまいそう。
襟をつかまれて、がくがく揺さぶられる。首が痛い。
「ちょ、フルール様、だ、抱っこなんて・・・そんなもんじゃ」
「抱っこじゃなければあれは何なの!持ち上げられてたじゃない!それにそんなことされたのに何平気な顔してるのよ!」
「平気な顔って、じゃあどんな顔すれば・・・!?ね、ねえ、フルール様、ちょっと、落ち着いて・・・」
「これが落ち着けるもんですか!」
誰かこの子を止めてください。
助けを求めて、揺られながら何とか周りを見回してみると、王子はさっき私が頭突きをくらわしたあたりをさすりながら無表情でいるし、当の本人というと声をあげて笑っていた。
「・・・ちょっと、エラルド!さっきから笑いすぎ!笑ってないで助けてよ!」
「え?いやあ、だって面白いんだもん」
「面白くないし!当事者でしょ、何とかして!」
「もう!どうしてそうエラルドに馴れ馴れしいの!」
「だからー!」
「フルール、落ち着け。大体、抱っこなんて、子どもがされるものだろう。フルールが最近してもらえないというのは、エラルドにとってお前が子どもではなくなってきたってことだろう?いいことじゃないか」
「・・・・・・!」
王子の言葉に、フルール様は、まあ!みたいな顔をしてるけど。
ええと、つまりは、私が子どもってことですか。
いや・・・いやいやいや、これはフルール様を落ち着かせるための、ただのフォローだから。怒るな、私。
そう、そうなんだよ。私を引き合いに出しただけ。それが暗に、私がエラルドにとっては子どものような存在である感じになっちゃってるけど、別にそこを意図して言ったわけじゃない、と思いたい。頭突きの反撃ではないと思いたい。
「そう・・・そうよね・・・!」
フルール様も・・・・・・納得しているようだし。ちょっと複雑だけど。
そう思いながら、立ち上がってズボンをはたき始めた王子を見つめる。
「大体、お前は部屋にいるように言われていたはずだろう?どうしてここへ」
「・・・だってお兄様、エラルドと一緒に千歳の部屋に行っているっていうじゃないの。居ても立っても居られなくって」
そこで言葉を区切って、くるりと私に向き直るフルール様。
改めて真正面から見るフルール様は、絵本の中から飛び出してきたような、それは綺麗な女の子だった。
目が合って、うっすらと微笑んだフルール様はお人形のよう。
「千歳」
「・・・な、何?」
まだ何か言い足りないことでも、なんてドキドキしながら、へらと笑い返す、と。
その次の瞬間、ふわり、と甘いにおいが鼻腔をくすぐった。
「・・・・・・フ、フルール様?」
「無事で、良かった」
「・・・・・・」
首にぎゅう、としがみつく腕。
一瞬、小さな体が震えてるように感じて。顔が見たくて一度引き離そうとしたけれど、その細い腕に力が入って、顔を見ることは叶わなかった。
だから。
「・・・フルール様も」
私も、ぎゅう、と抱きしめ返した。




