03
「着地成功!・・・・・・って、あれ?」
飛び降りる前に見たのは、子どもたちが作ったんだろう、トンネルの空いた山が作られている、小さな砂場。私のこれからの着地点。
砂場に飛び降りたら靴下が茶色くなるかな、友だちや先生に呆れられちゃうかも、と思いながら、少しでも衝撃が少ないように膝を曲げる。そして、飛んだ砂が入らないよう口や目をぎゅっと閉じた。
絶対転ぶ!と思った着地。だけど、お尻を着くことはなく。自分にとって完璧な着地をきめることができた。
幼い頃はジャンプの着地で転ばなかったことなんかなかったのに、年をとれば、練習していなくても、できなかったことができるようになることがあるらしい。
足にきた衝撃は、想像していたのよりも柔らかくて、着地により飛び散るはずの砂も顔や手に当たらなかった。
不思議に思って、固く閉じていた目を開けると、そこは・・・。
砂場なんかじゃなかった。
振り返ってみても、ブランコなんて、ない。滑り台だって、シーソーだって、どこにも、ない。
その代わり、広がっていたのは、広い草原。
草が青く茂り、マーガレットや菜の花が咲き咲き誇っている。暖かな日差しが差し、お昼寝すればどんなに気持ちがいいだろう。
視界を広げると、少し先で草原が切れていることに気が付いた。恐らく崖だ。
そして、その向こうには碧い海が広がっている。耳を澄ませば、ザザン、ザザンという波の音が聞こえてくる。
「・・・・・・え?」
おかしい。
いやいやいや、ちょっと待って。おかしすぎるでしょ。
なんだこれ。どこだここ。
思わず空を見上げると、公園で見たのと同じくらい晴れ渡った空。だけど、遮るものが何もないからとても大きく見え、それなのに雲一つ見あたらない。
・・・こんな空を蒼天というのだったか。ぼんやりとそんなことを考える。
いやいや、しっかりしろ自分。逃避はよくない。
空から地上へと視線を戻して、辺りを見渡すと、少し向こうに白い石が立っているのが見えた。
一個だけポツンと立っている、その様はまるで。
「・・・お墓・・・?」
突然のことに何が何だか分からず、状況が読めないことで腰が引けているからか、進もうにも足がなかなか動かない。
だけど、ここに突っ立っていてもどうなりそうもないし。
どうにか引きずるようにして前に出す。一歩、もう一歩。
かなり大変だけど、何か情報を集めないと。
ようやく近づき、よくよく見てみれば、石にはなにやら文字が彫ってあった。
「・・・し?L・・・でもないな」
平仮名かと思ったけれど、違う。日本語じゃない。
何語だろうか。英語、とも違う。なんて彫ってあるのか気になるけれど、知る方法もないし。
そこまで考えて、はたと思う。
知らない文字、ということは、ここは日本ではないのかもしれない。
いやいやいや、そんな馬鹿な。
「・・・あれだ、私を誰かがここに連れてきた・・・とか」
・・・いやいや。だって、どうやって?
たったさっき、ブランコを飛んだ記憶があるのに。もし連れてこられたのなら、ここに至るまでの記憶があるはずだよね。
こんな一瞬のうちに移動する?そんな、馬鹿な。
それに、こんなところに私を連れて来ることが、誰かにとって有益だとはまるで思わない。
「じゃあ、夢だ」
そうだ。そうに違いない。
きっとブランコの着地に失敗して、頭でも打ったんだ。それで、私は目が覚めてないんだ。
うんうんと頷きながら、そっと頬をつねってみる。痛い。いや、夢の中でも痛いって感じることだってあるはずだ。きっと、いや、絶対。
夢だと結論づけ、知らないうちに下げていた視線を上げて、白い石を再度見つめた。
マーガレットのような白くて可愛い花が、白い石を囲むようにたくさん咲いている。
石、と、花。
・・・やっぱり、お墓、なのだろうか。そうだとしたら。
「・・・眠っているのは・・・誰なんだろう」
やっぱり、石に彫られた文字が気になる。誰かの名前なのかもしれない。
知りたいけれど、周りには誰もいない。
きっと夢、絶対夢なんだから、念じたら誰かを登場させられないかな、と思ったその時、崖からの突風が吹いた。
「う、わっ」
思わず目を瞑る。
春風のような強風がようやく収まって、そっと目を開けると、遠くから大きな動物・・・馬だろうか、に乗って誰かが向かってくるのが見えた。
ほうら、やっぱり夢だ。願ったらその通りに人が出てきた。やるじゃない、私!
人を出せるんだから、もしかして念じたら夢から覚めることもできるかもしれない!
少し希望が見えてきて、緊張しながら人影を見つめる。
男か、女か。
希望としては、女の人の方が同性だし安心する、と思ったけれど、背格好から、きっと男の人だろうというのが分かる。
どうやら、夢のコントロールはそう簡単にはいかないらしい。
まあ、でも誰か来てくれただけで有り難いと思わなくちゃ。そう思いながら、少しずつ近づいてくる男の人をその場で見つめ続けた。