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「おまえは自分の世界に帰りたいんだろう」
「・・・そうだよ」
帰りたいよ。正直に言えば、どうしてそんなに愛着があるのかは分からないんだけれど。
でも、さっき言ったとおり、やっぱり自分の国だから、なんだと思う。こうやって実際離れてみると、やっぱり寂しい。
このお城に来てから、何度日本を思い出して帰りたいと思ったことか。
「それなら、その世界に帰れるよう、俺の力の及ぶ範囲で協力しよう」
「・・・え?」
「以前にも言ったが・・・この城には昔からの多くの書物がある。もしかしたら、以前にも異世界から迷い込んだ住人がいるかもしれない。そのことを記した書物を見つけ、その人物の軌跡を辿ることができれば、帰る方法を見つけることも不可能ではないと思う。・・・まあ、あくまで可能性の話だが」
「・・・・・・」
「加え、こちらにおまえが迷い込んで最初に辿り着いた土地の調査もしよう。何かおまえの故国とつながるものが見つかるかもしれない」
「それは・・・・・・」
願ってもない、有り難い話、だけれど。
でも、急にどうして?私にとって都合が良すぎて、逆に心配になる。
何が目的かまだ分からない。
「その代わり、おまえが俺の妻となれ。百歩譲って婚約者でも良い」
「・・・いや、だからね、『その代わり』ってなんでそれが『代わり』になるの」
「俺は表向き、この国の第一王子、となっている」
無視ですか。
「このまま何事も起きなければ、次の王位の座は俺が即くのだろう。そのためかここしばらく見合い話が多くて困っていてな。貴族の娘に他国の王女まで・・・王妃という、この国の最高位とまではいかなくとも同等の権力を持つ座を欲しているんだろう。それを狙っているのが当人か、それともその背後にいる者か、それは分からんが。・・・だが、あいにく俺は婚姻などするつもりは一切ない」
「・・・・・・それは、どうして?」
「・・・王妃の座に即いたからと、自分の存在意味を勘違いして国政へ口出しをされれば迷惑だ。それに、王妃の近親者がさらなる権力欲しさにご機嫌伺いに来られるのも面倒だ」
「まあ・・・それはそうかもしれないけど」
権力をもっている人たちは、その人たちなりの事情があるんだろう。私には縁がない話だけど。
「それに、今のところ女にも興味がない」
「・・・・・・」
「女のあのねっとりした話し方や振る舞い方、けばけばしい化粧とその臭い・・・。昔から女は好かん。皆たぬきに見えて仕方がない」
「・・・はあ」
そう言いながら、眉を寄せて、すごく嫌そうな顔をする。何か思い出したのかもしれない。
というか、・・・ええと、ですね。個人がどう思おうが自由ではあるんですけど、女が好かないとかたぬきとか、私に面と向かって堂々と言わないでくれないかな。
言いたいことは分かるけど。
実際女社会の一部はどろどろしちゃったりしていることもたまーにあるけど。
でもねえ、もしや今更知らなかったとは言わせませんよ、確認しておきますが散々な言われようの“女”っていうカテゴリーの中に私も一応入っているんですよ。
そこは言葉を濁すとか、ちょっとは配慮しようよ。
「その点おまえは、性別は女だろうが、見た目も中身も少年のようだ。化粧の臭いもしない。女に接している気がしない」
「は、・・・見た目も中身も、って・・・」
ちょっとちょっと、女に接している気がしないってかなり失礼じゃないですか。あんた何様。・・・王子様か。
こんな失礼な奴が王子様なんて私は認めたくないけど、この世間ではそうなんだろう。まあ、それは置いておいて。
私は日本でも化粧水と乳液だけで済ませてたし、この世界に来ても化粧なんてしてないから化粧の臭いがしないのは当然なんだよね。それでも、髪は肩より長いし、背だって170cm近くあるし、まあ東洋人が童顔なのは仕方ないけど、それを考慮したって子どもには見えないと思うんですけど?
少年にはどこからどう見たって見えな・・・
「胸もないしなあ」
「・・・っ成敗――――――――――!!!」
思わず振り上げた手は簡単にキャッチされる。もう片方の手で、と思う前に、先手を打たれてすぐにそちらも同じ手に掴まれた。
ここ、この、この!
なっ、なんてことを言うんだ、この馬鹿王子!やっぱりこの人、絶対王子なんかじゃない!こんな失礼極まりすぎる人が王子でたまるか!
ああもうこの馬鹿王子、どうしてくれようか。ぶるぶるぶる!キャッチされた手が、怒りで震える。ぶるぶるぶるぶる!
普通は王子様なんかに手を掴まれちゃって、『きゃー恥ずかしい!』って赤くなるのが普通なのかもしれないけど、全くもって違う意味で掴まれた手が赤くなる。
手先から腕、首、顔・・・体中が熱くなる。沸騰してしまいそう。今なら顔で卵焼きが焼けそう。握ればゆで卵ができるかも。
怒りでのぼせて茹で蛸状態、頭もぐるぐるまわって正常に働きません!
「おいおい、俺は王族だぞ、少しは周りを気にしろよ」
「あんたが言葉を気にしなさい!む、むむっ・・・む、胸がないなんて、レディに向かって、な、なん、たる・・・!」
手を掴まれながらも思わず勢いでガバッと立ち上がる。あ、立ち上がれるじゃない、なんて思う余裕があることに自分でも驚いた。
・・・困りました。怒りが大きすぎてスムーズに言葉が出てきません!
た、確かにね、巨乳なんかじゃありませんよ、ええそうですとも巨乳じゃありませんとも!言ってしまえば、ひょろひょろして確かにもやしのようですけども!それでも、それでも!
自分もゆっくりと立ち上がりながら、どこか呆れたような目で見てくる王子。何よその目は!
「ほらな、こうやってすぐ感情をあらわにして怒る。だから少年のようだと」
「さっきから少年、少年ってねえ・・・」
左手も右手も掴まれている。右足は痛いし、左足を使いたくとも右足で体を支えるなんて、無理。
手も足も使えない。ならば。
「こ・・・っ」
「こ?」
「これでも私は18才だし胸は日本の平均サイズだ――――――!!!」
ドゴッ・・・と少しこもった音。
馬鹿王子の胸に、それはもう容赦なく渾身の頭突きをくらわしました。相手の方が背が高くて、頭に突けなかったのが唯一残念だわ。
使えるものは使う。手足がダメでも頭がある。
18歳の“女”をなめないでよね!




