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「俺と結婚するか?」
「・・・はっ?」
今、そんな話してた?っていうか、何。何だそれ。
「け、けけけ、け、・・・」
「け?」
「けけ、結婚、って・・・」
あれですか。
多くの乙女が夢見る、思わずオーラがピンクとかイエローになってしまう、ハッピーなあれですか。
あの、何色にも染まっていない白の服を着て参加する儀式。例えば白い着物、例えば白い品よいドレス。
最近はよくコマーシャルとかでもやってるよね。その、け、けけけ、けっこん、について・・・。
まあ、自分はしばらく縁のないものとちゃんと見たことなんてないけれど・・・。
混乱した頭で、ちら、と王子の顔を見る。
・・・・・・真顔だ。
え、何。本気で言ったとか言わないよね。さっき、にやっと笑ってたもんね。ちょっと冗談言ってみただけだよね。
そう切なる願いをこめて、恐る恐る口を開く。
「・・・じ、自分が今何を言ったのか、分かって、ます?」
違うと言ってください。
「俺の妻になるか、と言ったんだが」
「・・・・・・!」
つ、妻とか!何それ!何だそれ!
もうダメ。もうついていけない。
よく分からないやら恥ずかしいやらで、思わず力が抜けて、テーブルに手をついたままその場にへたり込んだ。
ちょっと、ちょっと待って。
「どうした」
「・・・・・・どうした、じゃないでしょ。どうした、ってそっちがどうした、でしょ。何考えてるの」
だめだ。顔が上がらない。力が入らない。
「嫌か」
「いや、・・・嫌っていうか・・・それ以前の問題でしょ」
「そうか。嫌でないなら話は進めていいな」
その言葉に、ガバッと顔を上げる。そうか、じゃないし!
顔は上がれど、力が入らず体はしゃがみ込んだまま。足も痛いし立ち上がれません。
仕方なく、その状態のまま、どうにか王子を止めに掛かる。
「・・・いやいや、ちょっと待って。待って待って待ってお願い。何、まさか、本気!?」
「本気だが」
王子の顔は笑ってない。本当に本気か。
でも、何で?一体全体、いつ、どうして、そんな話になった!?
エラルドに、何言ってるのこの人!と視線で助けを求めるけれど、笑ったまま何も口を挟んでこようとはしない。
もう!頼りにならない!
・・・でも、そういえば。さっき王子と視線でわかり合ってたもんね。この展開はエラルドも分かっている、ってことだ。助けは求められない。
仕方ない、と切り替えて、キッと王子を見つめる。
「わ、私のこと、墓荒らしって言ってたくせに。そんな相手と、け、結婚って!」
「墓荒らしではないんだろう?それとも、実はやはりそうなのか?」
「違うから!」
「じゃあ、何が問題だ?ああ、この世界に、もう相手が?」
「この世界に来たばかりだってば!どれだけ相手見つけるの早いのよ!そんなわけないでしょ!」
「いないんだな?」
「当たり前でしょ!」
「じゃあ、恋人をお前の国に残してきたのか」
「・・・悪いけど、今まで彼氏なんてものいたことないから!」
「かれし、とは」
「・・・付き合っている男の人のことよ!」
「これまで相手が一人もいなかったのか」
「う、うるさいわね!そうよ、いなかったけど!?悪い!?」
「じゃあ、問題ないだろう」
「問題ある!だめ!だめだってば!」
だめだ。会話が成り立ってる気がしない。何より会話が疲れる!
でもここで引いたら、とんでもないことになりそうな気がするから(そしてきっとそれは間違いでないから)、どうにか阻止しないと!
「とにかく、私はその話に了承してないしする気もないから」
「拒否権があると思うか」
「当たり前じゃない。王子だから何でも進めていいわけじゃないでしょ!あのね、日本ではね、結婚は両者の合意に基づくの。一人の意思だけじゃできないのよ」
「お前の国の話か?残念だが、異世界のルールは、ここでは効力をもたないな」
「・・・わ、分かってるわよ。でもそういう世界で育ってきた私に求婚するのなら当然考慮して欲しいわね。強硬手段をとるのなら何が何でも逃げ出してやる」
「逃げられると思うか?それに、逃げ出すのは最善の策とは言えないが」
「もし強制しようと思うなら、最善とか関係なく、絶対に逃げてやるんだから!」
テーブルの陰から、フン!と鼻息荒く睨み付ける。
そのまま、しばらく見合って。
ふ、と王子が息を吐いた。
そこで、少しだけ、緊張が緩まる。
「まあ、待て。落ち着け」
「・・・落ち着かなくさせてるのは誰よ」
「ああ、分かった分かった。怒るな」
そう言いながら、目の前でゆっくりと立ち上がる。そして、見上げる私に手を差し出してくる。
「・・・?」
「立て」
「・・・え、ああ・・・」
「話がしづらい。床に座ったままでいるな」
ああ、そうですね。しゃがんだままでしたね。だって立てないんだもん、仕方ないじゃないですか。
・・・・・・この手は、とれってことかな。そうだよね。それ以外にないよね。
でも、どうしよう、この手を取っていいのかどうなのか。手を取るってことは、了承するってことにならないかな。
うんうん考えていると、また声がかけられる。
「立ちたくないのか?それとも床が好きなのか?」
「嫌みですか」
「立たないのかと聞いている」
「立つったら!立てばいいんでしょ!」
意地でも手をとってやるもんか、と思って立ち上がろうと、テーブルに置いた手に力を込めようとする。
足の痛みが気になって、つい庇いたくなって、思うように力を込められない。それでも、テーブルに肘や腕をつきながら体を起こし、何とか椅子に這い上がる。
そうしてから、ふん、と王子を見てやれば、片眉をひょいを上げて、何も言わずにまたもとの椅子に戻った。
「・・・あのな」
「何よ」
つっけんどんに返せば、はあ、と息をつかれる。
何よ、どうして私がため息をつかれなきゃいけないの。そんな思いで見ていると、分かった分かった、と片手をあげた。とりあえず落ち着け、というように。
だから、あんたが・・・!
「分かった。悪かった。順序を追って説明しよう。そう怒るな。それに・・・何も永遠に俺の妻になれ、とは言っていないだろう」
「・・・・・・は?」
意味が分かりませんけど。永遠じゃないって、え、どういうこと。
途中で別れる・・・?り、離婚するってこと?
え?じゃあ、何?要するに、離婚前提の期限付き結婚をしましょうってこと?
「ひどい」
「は?」
「結婚するのも嫌だけど、その上離婚前提だなんて。ひどすぎる!」
「・・・何を怒っているのか知らないが、とにかく話を聞けよ」
誰の言葉でこんなにこんなに嘆いていると思ってるの!
人生で初めて、結婚するかとか、妻になれって言われたそれが、ふざけているのか離婚前提だなんて。そんなのってない。絶対ない。
夢見る女の子になんてことをしてくれるの。
これから、いつかどこかの誰かにされるかもしれない記念すべきプロポーズに、今回のせいで恐怖と疑心を抱いちゃったらどうしてくれるんだ。
私とその相手に謝れ!むっと王子の顔を見るがやっぱり効き目はない様子。
「結婚って、結婚って・・・そんな、簡単にできるもんじゃないんだから!少し顔がいいからって、調子に乗らないでよね!ほいほい流されてたまるもんですか!」
こうなったら絶対話なんか聞いてやるもんかとそっぽを向く。
顔だって見てやらない、口だって聞かない。と子どものように意地になりかけたとき。
千歳、と名前を呼ばれた。
「・・・・・・」
初めてさらりと名前を呼ばれたことに驚いて、ぱっと王子の顔を振り返ってしまう。
「・・・・・・な、何よ」
つい振り向いてしまった。ああ、悔しい。
そんな私の心情にかまわず王子は、私が振り向いたことに満足そうに笑って言葉を続けた。
「調子には乗ってないんだがな」
「・・・・・・だ、だって」
「お前にとって、悪いようにはしない。だから、話を聞け」
「・・・・・・」
だって、だって・・・。
困るよ。悪いようにはしないっていったって。結婚って・・・そんな、だって。
「だって・・・」
「千歳」
「・・・・・・っ」
呼ばれる名前。王子の顔を見る。目が合うと、王子はにっこりと笑った。
「取引をしようじゃないか」




