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「・・・・・・何してるんだ」
「・・・・・・か、・・・かくれんぼ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
馬鹿だろう。
あれ、おかしいな、口は動いてないのに、しっかりと言いたいことが伝わってくる。むしろ顔にでかでかと書いてあるのが見える。幻像かな、幻像だよね。
呆れたような目。この視線も先日の一件で慣れたものだ。悲しいけど。
私を着替えさせ、お茶を新しく二人分入れたリリーティアと入れ替わるように入ってきたのは、あの王子だった。
リリーティア、あんなに普段はおどおどしているくせに、王子をドアの外で待たせるなんて、なんて度胸のある。でもそれは失礼には当たらなかったのか、どうなのか。
陰からこっそりと様子を窺う私の目の前で、王子はベッドへと視線を向け、誰もいない部屋をぐるりと見渡す。そして、ある一点で目がとまった。
一点、それは・・・窓辺のカーテン。私が隠れている、カーテン。
上手く隠れたと思ったのに、ばれた。一発でばれた。
どうしてだろう、と下を見れば、ドレスの裾がはみ出ている。これか!この裾のせいか!
裾を睨み付けている間にも、一歩、一歩とゆっくりと近づいてくる王子。うわ、どうしよう、もう逃げ場がない。
そうして、カーテンの二歩手前で止まった。私にとっては二歩でも、王子にとっては一歩だろうなと逃避のようなどうでもいいことを考える。
「・・・やっぱり馬鹿だろう」
「・・・・・・あの、馬鹿馬鹿って、この前から本当失礼なんですけど」
「今の自分の行動を馬鹿以外になんと言えばいい。かくれんぼなどと」
「好きで隠れてるわけじゃないから!」
「それなら、なぜ隠れる必要が?いい加減出てきたらどうだ」
「・・・何の用?」
「このままでは話ができない」
「できるできる!やればできるよ!ほら、今だってできてるじゃない、って、わあっ」
カーテンをめくられる。
ああもう!とやけくそのように、私は王子を睨み付けた。
「あの衣装はどうした?」
「衣装って・・・知らない。気がついたら、もうどこかに持っていかれちゃってたのよ。リリーティアに聞いても、はっきり答えてくれないし・・・」
「そうか」
王子が私の格好に視線を巡らせる。なんだか、居心地が悪い。
一通り私の格好を見ながら、ああ、と頷いて一言。
「馬子にも衣装だな」
「・・・・・・あーそーですか」
もういいよ、もういいです。期待なんかしてないから。むしろ、似合ってるだなんて言われたらこっぱずかしくてテラスから飛び降りたくなるから。
そう思って眉間にしわを寄せ、王子を見返したとき。ちらりと白い色が目に入った。
黒い服の黒い袖からちらりとのぞく白。ああ、それってもしかして。
「・・・・・・」
「なんだ」
「その、腕・・・」
「腕?・・・ああ、」
王子が軽く袖をまくると、痛々しく包帯でぐるぐる巻きになった左腕が現れた。
腕を伸ばしてそっと手を当てようとしたけれど、思いとどまって、手を引っ込める。
だって、・・・・・・触ってしまったら、痛みを感じるかもしれない。
「こんなもの怪我のうちにも入らん」
「こ、こんなものって、だってあんなに血がどばどば出てたじゃない」
「血は止まっただろう?・・・ああ、一応、止血の礼を言っておく」
「・・・・・・別、に」
だって私を庇ってつくった傷だし。
王子が左手を握ったり開いたりしてみせる。良かった・・・。左手、ちゃんと使えるみたい。
「まだ痛い?」
「いや・・・痛みはもうないな」
自分のせいで誰かが傷つくのは、やっぱり嫌だもの。
傷が、早く完治しますように。
と思っていたら、無意識のうちに包帯の上から触ってしまっていた。
「あ、ご、ごめ」
「・・・別に触って悪くはないが。特に考えてのことじゃないんだろう?この前のことといい、無意識の行動が多いな」
「・・・・・・」
いや、返す言葉もございません。
でも知らずやっちゃってるのだから、直そうにも直せないんですよ。
やっちゃったなあ、と思いながら手を離そうとした時、包帯の上に置いている手がほんわり温かくなっていることに気がついた。
温かく?・・・いや、温かいどころか、熱い、ような。
「あれ・・・ねえ、熱もってない?なんか熱いんだけど・・・」
「そうか?まあ、まだ怪我して時間がそう経っていないからな、熱をもっていてもおかしくないだろう。ああ、それか、おまえが熱いんじゃないのか。子どもは体温が高いというからな」
「え、私?私が熱ある?うーん・・・いやいやいや違うから!しかも子どもって、失礼な!あんたが思ってるほど子どもじゃないわよ!・・・ね、ねえ、ごまかしてない?」
「ごまかしていない」
「嘘」
「嘘ついてどうするんだ」
「で、でも・・・。あれ、顔も少し赤くない?ねえ、ちょっとおでこ触らせて」
「やめろ」
「触らせて」
「嫌だ」
「ちょっとだから!」
「やめろと言っている」
「熱あるんでしょ!?」
「ない。おい、触るな」
「もう!ちょっとくらいいいじゃない!そっちだってこの前私の髪触ったくせに!」
「染髪しているのかどうかを確認しただけだ。黒髪は珍しいからな。それに、お前だって嫌がらなかっただろう?だが、俺は今嫌がっている」
「あ、あの時は驚きのほうが大きかったのよ!嫌がるっていうところまで頭がまわらなかったの!」
「なら別にいいだろう」
「よくない!何がいいのよ!だから、触らせてってば!」
「何が、だから、だ。俺を触っていい理由はどこにもないだろう」
「ああもう!ああ言えばこう言う!」
「お前がな」
「なんだ、仲良さそうじゃん」
「っわ!」
突然聞こえた声に驚いて、思わず王子の服を掴んでしまった。
そのまま扉の方をそろりと向けば、開きかけた扉の向こう側に、金色が見える。
少しだけ開いた扉からのぞく、金髪の・・・男の人?誰だろう。
この人は・・・いい人?それとも、悪い人?
前回のウォーレスの件以来、人に警戒心を抱くようになった。
リリーティアには、むしろ警戒心というか恐怖心というかよく分からないものを反対に抱かれているからか、そこまで警戒はしていないんだけど・・・でも、他の人はちょっと怖いと思う。
なんだか人間不信になってしまったようで、そのことを少し残念に思うけれど、でも誰が味方か敵かも分からないこの世界で生きていくには仕方のないことなのかもしれない。
「お前の頭の中はどうなってるんだ」
声が聞こえて、王子を見上げれば、扉を見つめたままだった。あの金髪の人に言ったみたいだけれど、今のはどういう意味?ああもう、どっちなの、いい人、それとも悪い人?
とりあえず、王子の背中に隠れてみる。
隠れたところで、ギイ、と音をたてて扉が大きく開いたことが分かった。
うわ、入ってきちゃうけど、いいの?
確認のために王子をもう一度見上げると、赤茶色の髪からちらりとのぞいた耳が少し赤みを帯びているような気がした。
・・・やっぱり熱あるんじゃない?
そう思って、おもむろに左手を伸ばして赤い耳に触れ・・・ようとした、んだけど。
「・・・っく、くく、ぷぷぷ・・・」
「え?」
笑い声が聞こえる。あれ、この声、そういえばどこかで聞いたような・・・。
王子の背中からそっと顔を出して、扉の方を見れば、そこには金髪の男性が立っていた。その顔は見覚えがある。あれ?もしかして・・・。
「エラルド!?」
「うん、千歳、久し、ぶ、り・・・ふっ、ははは!」
そこにあったのは、数日ぶりに見るエラルドの姿。私と王子を何度も交互に見て、お腹を抱えておかしそうに笑っていた。




