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目の前のテーブルで、リリーティアが食後のお茶を入れている。色が橙っぽいから、紅茶かな。ハーブティとかかなあ。いい香り。何の葉っぱを使ってるんだろう。
言葉はどもったり、自信がなさげなのに、お茶を入れる手つきは優雅で、とても慣れたものだ。
リリーティアから視線を外して、今度は部屋の中をぐるりと見渡す。
大きな窓の奥にはバルコニーがある。ベッドは天蓋付だし、鏡台や暖炉、そしてとても大きなクローゼット。
どの調度品も、ドン、と部屋に大きく堂々と身を構えていて、存在感を示している。
絨毯は赤色だけれど、ベッドも鏡台もカーテンも白に統一されていて、なんだか本当にお姫さまになったようだ。
ふと足首の包帯が目に入った。何気なく足を揺らして、未だズキズキと痛むことに、あーあと肩を落とした。捻挫か、骨折だなんて。ちょっとぶつけちゃったかな、捻っちゃったかな、くらいにしか思っていなかったのに。
リリーティアによれば、眠っている間に王城付きのお医者さんが処置をしてくれたらしく、目が覚めたときには既に固定具で足首が固定されていた。有り難いんだけど、起きてるときに来てくれればいいのに、とつい漏らしたら、お医者さんが用事があってしばらく留守にする直前だったらしく、その時間しか取れなかったらしいとリリーティアが教えてくれた。王城付きのお医者さんって、ずっとお城にいなきゃいけないんじゃないのかと思ったけれど、まあ、色々と事情があるんだろう。
それにしても、一体いつそんな怪我をしたんだろう。牢屋から飛び降りたとき?それとも、馬に轢かれそうになって、エラルドに突き飛ばされたとき?どれもそんなに大変なことはしてないような気もするけれど・・・必死だったからきっと、痛みに注意を向ける余裕がなかったのかな。王子に言われなければ、あのまま足の腫れに気づかなかったかもしれない。
かれこれこの部屋で生活し始めて三日間。
この三日、あれから一度のあの王子には会っていない。
この怪我の処置をするためにお医者さんを呼んでくれたのはあの王子らしいけど、でも本人は未だ姿現さず、だ。
ああ、でもそういえばさっき、リリーティアが午後に王子がこちらに来ると言っていたっけ。
私が王子の姿を見ないことを気にしていると思ったのか、昨日リリーティアが、王子は私が巻き込まれたあの騒ぎの処理をしているらしいと教えてくれた。確かに、取り調べに付き合わなきゃいけない、とか言っていた気がする。そんなこともするんだ。王子も意外と忙しいらしい。
会わないなら会わないでもいいんだけど、でも、このまま何のアクションがないというのも困る。
最初の日にリリーティアから聞いた、あの王子からの言付けは、「逃げるなよ」という一言だった。それなら、せめてこれから私がどうなるのかくらいは教えてほしいんですけど。
今日会ったときに、ちゃんと聞いておかなくっちゃ。
知りたいのは、私のこれからのこと。
それと、・・・もう一つ。
「・・・怪我・・・どうなったかな・・・」
実はずっと気になっていた。血はあの後しっかり止まったのかな。あまりにきつく布を巻きすぎて血が流れなくなったとか、腕の感覚がなくなっちゃったとか、ないよね。
怪我に布がくっついてないと良いけど。私の怪我みたいに、ちゃんとお医者さんに診てもらったんだよね?とかって。
でも、気になるからってそんなことで呼び出すのもあれだし、リリーティアも何も言ってこないから多分あれ以上大変なことにはならなかったんだろうと思っていたんだけど。
・・・うん、きっと大丈夫、大丈夫。
「あの、今、何か?」
「ううん、何でもない。・・・あれ?そのカップは?」
「あ、これは・・・」
この三日間、私の分のカップしか用意していなかったリリーティア。一緒に飲もう、といっても、そんな恐れ多くて、と泣きそうな顔でちぎれそうなほど強く首を振るもんだから、無理強いすることもできず・・・結局いつも一人で飲んでいたんだけど。恐れ多いもなにも、私普通の女子高生なんですけど、とは何となく突っ込めず。
なんだか怖くてこれまで聞けなかったんだけど、リリーティアには私がどういう人物だというように説明してあるんだろうか。
そう、ずっとその調子だったのに、今は、私のカップじゃないカップを準備している様子のリリーティア。
「今日は一緒に飲んでくれるの?」
「ち、ちちち、違います!そんな、そんな・・・!」
「え、違うの?ああ、そっか、じゃあそれは王子の・・・」
そう言いかけた瞬間、
ドンドンドン!
「っわ!?」
突然部屋に鳴り響いた音に、思わず首をすくめた。
「な、何?」
「ら、来客でございますね。ま、まさか・・・」
そう言いながら顔を青ざめさせるリリーティア。え、何、何なの。
リリーティアはスカートを翻して小走りにドアへと向かう。
来客って、お客さん?私に?誰だろう。
思いつくのは、・・・あの、王子、くらい。でも、リリーティアは午後に来ると言っていた。今はまだお昼前だから、来るにはまだ早いと思うんだけど・・・。
王子の姿を思い浮かべるのと、リリーティアがドアを開けるのがほぼ同時。
ほんの少しだけ開いたドアの向こうに、黒い色が見える。それを見て、ああやっぱり、と思って頷いた。
黒い服。きっとあの王子だ。
聞いていたよりも随分早い。まあ、ブランチはとったし、別に私もすることないし、いいんだけど。そうして王子がそのまま部屋に入ってくるのかと思いきや、リリーティアは王子を中に入れず、バタンとドアを閉めてしまった。
おお、リリーティアったらまさか追い返しちゃったの?いや、もしかしたら王子じゃなかった?もしくは、立ち話で終わるような話だった?・・・王子だったら、聞きたいことがあったんだけど。
そんな風に思いながらリリーティアを見つめていると。
ドアを最後まで閉まるのが早いか、リリーティアがぐりん、と勢いよくこちらに振り向いた。その瞳は、さっきまでのおどおどした自信のない瞳なんかじゃない。
「・・・えと、リリーティア?」
「千歳さま」
あ、珍しい。どもらないで言えた。しかも声にパワーがある。一体どうした。
「殿下がいらっしゃいました」
「あ、やっぱり?午後って言ってたけど、随分早いよね。もう帰っちゃったの?」
「午後に、こちらに向かわれるとお聞きしていたのですが、仕事が早く片付いたらしく、そのままいらっしゃったそうです」
「あ、そうだったんだ。で、王子は?」
「お話があるそうで、ドアの外で待っていらっしゃいます」
「え?待ってるの?帰ったんじゃなくて?そこで?待たせてるの?何だ、入ってくればいいのに」
「なりません!」
「え、ええ?」
おお、初めて聞いた、リリーティアの力強い大きな声。
だから一体どうした。
「ど、どうして?」
「王子殿下でございます。お会いするのにふさわしいお召し物でなければ」
そう言いながら、リリーティアがじりじりと近づいてくる。その迫力に押されて、私は思わず椅子の背に痛いくらい、ぐぐ、と背中を押しつけた。
「お、おめしもの?」
「お着替え、失礼いたします!」
「えっ?ちょ、っきゃーーーーー!」




