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日だまりの丘  作者: こまこ
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「落ち着け」

「・・・・・・な、名前、何で・・・」

「最初に会ったときに、名乗っただろう」

「・・・・・・お、おぼ、おぼえて、」

「覚えていたさ。耳慣れない上、こんなに言いにくい名前は初めてだからな」


そう言ってから、ぶつぶつと、ちとせ、ちとせと繰り返し呟いている。本当に言いにくいんだろう、言い方がどこかたどたどしい。

千歳って、そんなに言いにくいんだろうか。まあ、この国にそういう名前や単語がないなら、言い慣れてないのもあるのかもしれない。

名前を練習するように繰り返して口にする様子を見ていたら、なんだかおかしさがこみ上げてくる。あれだけざわざわと嵐のようなものが起こっていた心の中も、少しずつ落ち着いてきた。


「・・・エラルドは、ちゃんと言えてた・・・」

「エラルド?ああ、あいつは舌がよく回るんだ。色んな意味でな」

「・・・や、やっぱり、エラルドのこと知ってるの?」

「ん?ああ、まあ」

「あ、王子から財布をとったって言ってたから、知ってるのは当然・・・なのか。・・・あの、エラルドも、捕まったら、また牢屋に入れられちゃうの・・・?だ、脱獄罪、とか・・・」


私が誘ったせいで、さらに刑が重くなったら、なんだかエラルドに申し訳ないように思う。

もちろん、私も牢屋に入るのは絶対に嫌だけど・・・。


「エ、エラルドは・・・私が逃げるのに付き合ってくれただけなの。だから、エラルドは、そんなに悪くなくて・・・」

「・・・今度はエラルドの心配か」

「だ、だって。私のせいで罪が重くなるのは・・・申し訳なくて」


エラルドが王子とどんな関係かは知らないけど。

もしかしたら、あの牢屋からすぐ出られるくらいの刑だったのかもしれないし。それを、私の脱獄に付き合わせてしまったことで重罪になったら・・・悪い気がする。もちろん、一緒に出ることを選んだのはエラルドなんだけど。


「あのなあ、先程から牢屋、牢屋と・・・そんなにお前、牢屋に入りたいのか」

「・・・?いや、だって・・・」

「誰か牢屋に入れると言った?」

「え?」

「実は入りたいのか?」

「ち、違う!そんなわけない!けど・・・」

「けど?」

「お城に行くって、今言ったじゃない」


お城に行くってことは、お城の牢屋に戻るってことじゃないの?そう思って、首をかしげて王子を見れば、なぜかため息をつかれた。どうして。


「城には牢屋しかないのか?馬鹿なこと言うな」

「す、少なくとも、今の私にはそのイメージしか・・・」

「俺の部屋もあるし、客室だって、広間だってある。当たり前だろう。王族の家だ」

「そ」


それはそうかもしれないけど・・・。

確かにそうだけど、城へ行く、と言われればやっぱり牢屋へ行く、と同じことに聞こえてしょうがない。

なんと言っていいか分からず、黙っていると、ふいに腕を掴まれた。


「え?」

「行くぞ」

「だ、だから、どこへ」

「何度も言わせるな。城だ」

「し、城って、城のどこへ?牢屋じゃないの?本当?」

「お前な・・・」

「だ、だってだって、さっきまで牢屋に入れられてたのよ!?牢屋以外って、どうして思えるっていうの・・・そうやって騙して、結局牢屋に入れるんじゃないの?」

「・・・・・・」

「私、私は・・・」


少しずつ落ち着いてきていた気持ちも、また混乱し始める。

もうどうしたらいいのか分からない。自分が何を言いたいのかも、なんだかよく分からなくなってくる。

頭の中がぐちゃぐちゃだ。

信じたいのに、信じて期待して裏切られるのが怖い。牢屋に行くのが怖い。

そうして俯いていると、はあ、とため息がつかれた。思わず顔を上げると、面倒くさそうな王子の顔がある。


「本当の話なんだろう?」

「・・・・・・え?」

「さっきの話。二ホン、とやらの話は、嘘ではないんだろう?墓荒らしじゃない、というのも」

「も、もちろん!」

「それなら、どうして牢屋に入る必要がある」

「き、昨日入れたのはどこの誰よ」

「・・・墓の侵入罪には変わりないだろう」

「だ、だって、す、好きであそこに行ったわけじゃ・・・」

「まあ、お前の話が正しいのであれば、そうなんだろう。俺も頭に血が上って話を聞かなかったからな、それは悪かったと思う。耳を貸さなかったことについては謝ろう」


思いもかけなかった謝罪に、目をぱちくりとする。


「・・・え・・・」

「お前のその話、全て信じられるわけじゃない。あまりにも突拍子も現実味もないしな。だが、全く信じないわけじゃないさ」

「・・・ほ、本当?」

「ああ」


そう頷いてから、私の腕を掴んでいた手が離れて、今度は頭のほうに伸びてくる。

何をされるか分からず、少し怖くて、目を強くつぶる。そのすぐ後に、頭に手の感触を感じた。

痛くはない。そのことに安堵して、おそるおそる目を開けると、目のすぐ横に私の髪の束を握っている手が見えた。

もちろん、その手の持ち主は目の前の王子。男の人に髪を触られる経験なんてないから、思わずドキリとする。王子がどんな顔をしてそうしているのか気になったけれど、なんだか居心地が悪くて見ることはできなかった。


「おまえのこの髪は」

「な、何?」

「生来のものか」

「せいら・・・ああ、生まれつきってこと?そうだけど・・・」

「その言葉、真だな」

「う、嘘なんかじゃ・・・」


さっきから髪を触って、何がしたいの?私の髪、なんか変?

この辺りじゃ珍しいとか・・・いや、フルール様のも黒かったから、そういうわけでもないと思うんだけど・・・。

でも何でもいいから、髪に触ってるこの手をどかしてほしい!

そんな私の思いを知ることなく、王子は私の髪を揺らし続ける。


「・・・お前が本当に異世界より来たのであれば知らないだろうが、この国では、黒は高貴な色の一つとされている。そして、黒髪をもつ者は王族よりしか生まれない」

「・・・え?あ、あの、どういう・・・」

「そういう理なんだよ、この国において。もちろん黒髪だからといって王位継承権に大きく関わるとかそういう話ではないが、とにかく王族以外に黒髪は発現しない。存在するはずがないんだ。王族でも、百年に一人、持って生まれるかどうか、それ程に珍しい。これは遺伝することもない。神の気まぐれと、そう言われている。そして、現在においてフルールが唯一、この国の黒髪の持ち主だ」


聞きながら、無意識に自分の髪の毛に手を伸ばしかけて、まだ王子が髪を触っていることを思い出して手を止めた。それに気がついたのか、王子の手が髪から離れていく。

ほっと安心して、今度は自分で髪を触ってみる。自分の髪に触るなんて、別にどうってことないのに、なぜか緊張してしまう。王子のせいだ。

日本じゃよくある黒髪、まあ私のは特に色が濃いらしくて、昔からみんなに黒い黒いと言われていたけれど・・・。で、でも、この国じゃあ、やっぱり珍しいのかな。


「フルールだって、純粋な黒じゃない。青色が混ざっているんだ。光が当たればよく分かる。・・・だが、お前の髪は混色には見えないな」

「・・・・・・」

「黒髪が平民より生まれることはない。前例は一件もない。あくまで文献によれば、だが。・・・だから、おまえが異世界から来たという話も、個人的にはとても信じられない話だが・・・ただ、その理からすれば、異世界人ということで黒髪の説明はつく。全く信じられないわけじゃあないな」

「はあ、それは」


随分と不思議な話。そんなことがあるんですね、としか言えない。私の中の常識を遥かに超える事象に、へえ、そうなんだと事実として取り入れることしかできない。ああ、そっか、きっと私が異世界からやってきたっていうのを聞いた人たちは、こんな風に思うのかもしれない。

そんな風に思いながら、ぽかんとして王子を見つめていると、アホ面、と呟かれた。ちょっと、失礼なんですけど!

でも、ここで、はて、と気づく。そんなに黒い髪が珍しいというのなら・・・。


「・・・黒髪でも牢屋に・・・」

「黒髪だろうが何だろうが、俺にとってはあの墓を荒らす者は誰であろうと大罪人だ。まあ、あの時は太陽の光が強く、真黒には見えなかったしな」


そうですか。


「それに、フルールを助けようとしてくれたのは明らかだからな」

「え?」

「フルールを守ろうとしてくれた礼として、しばらく客人として迎え入れよう。城には蔵書も多くある。お前が異世界から来たのかどうか、真偽が分かるかもしれないし、まあ分からずともこの国に危害を与えさえしないのであれば、異世界から来たのだろうがそうでなかろうが、そんなのは俺にとってはどちらでもいいことだ」

「・・・・・・」

「お前は、話を信じてほしいんだろう?それなら、俺の言葉も信じたらどうだ」

「・・・・・・あ」


・・・そう、そうだね。その通りだ。

最初の出会いを考えてしまって、どうしても疑ってしまうのは仕方ないけど、それでも自分が信じなきゃ、信じてもらえるはずもないのかもしれない。

なんて、現実はそんなに甘いものじゃないとは思うけれど。それが全部間違っているとも思えない。


「ほ、本当に、牢屋じゃないのね?」

「ああ」

「絶対・・・」

「しつこい。それ以上言ったら牢屋にするぞ」

「そ、それは嫌!」

「それなら早く行くぞ。時間がないと言っただろう」


面倒くさそうに言いながら、王子が立ち上がる。そして、手を差し出してきた。

一瞬、手をとっていいのか悩んだけれど、ここで手をとらなきゃ、何も進まないから。これが正しい選択かどうかは分からないけれど、日本に帰るために、とにかく少しでも前に進まなきゃいけないから。

だから。

私は、目の前の大きな手に、自分の意思で手を伸ばした。

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