22
自分が今までいたのは日本という国だったこと、ブランコから飛び降りて着地したらあの場所にいたこと、多分日本とこの世界は違う世界であること・・・。
包み隠さず、自分にとっての真実を話した。
話し終わって、安堵か、諦めか、どちらか分からないけれど、ため息が出た。
以前は話を最後まで聞くまでもなく、墓荒らしと決めつけた王子。今は最後まで口を出さず、静かに黙って私の話を聞いていた。
おそるおそる王子の顔を窺う。
どう思っただろうか。変なことを言う女だと思っただろうか。やっぱり、嘘をついているって思っただろうか。それとも、異世界だなんて気持ち悪いと思っただろうか。そんな考えがよぎったけれど、王子の表情は全く変わっていなかった。
「・・・・・・あの」
「・・・ああ、」
なにやらまた思案しているよう。何を考えているんだろう。表情からは何も読めなくて、落ち着かない。
私はこれからどうすればいいんだろう。・・・どうなるんだろう。
見逃してもらえないかなあ。別にこの国や世界をどうこうしようとしているわけでもないし、危害を与えられるような力だってあるわけないし。
でも、そう分かっているのは自分だけ。王子は私じゃないから、本当のところはきっと分かってはくれない。
「・・・物語のようだな」
「物語・・・た、確かに、物語のように思うかもしれないけど、でも、・・・でも・・・本当だもの」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
王子が黙ってしまうから、なんとなく私も口を閉じた。
王子は・・・今何を考えてる?
やっぱり、信じてくれないんだろうか。
そう思いながら俯いていると、王子の影が揺れた。顔を上げれば、立ち上がろうとしているところだった。
「え?あ、あの」
「話は終わりだ。いつまでもここで話しているわけにもいかない。ウォーレスやその仲間たちの取り調べに立ち会わなきゃいけないからな」
「え、あ、わ、私は・・・」
王子がピ、と指笛を短く吹くと、どこからか黒い馬が歩いてきた。あの丘の上でも王子が乗っていた馬だ。近くにおいてきたんだろう。
状況についていけず、え?え?と座ったまま王子を見上げていると、馬を撫でていた王子がようやくこちらを向いた。
「お前も連れていく」
「はっ?あの、え?どこに?」
「どこって、城に決まっているだろう」
え、お、お城?
お城っていうことは、つまり・・・。
「ま、また牢屋に戻るの?」
やっぱり信じてもらえなかった?いや、信じてもらえない可能性の方が大きいかなとは思っていたけど、でも、いざ本当に信じてもらえないと、すごくショックだ。
今朝まで入れられていた、あの暗くて、冷たくて、ジメッとした牢屋の中を思い出す。
今回はエラルドという協力者もいて、運良く脱出できたけれど、次に閉じ込められたら再び脱出できるかは分からない。ううん、むしろ、一度脱獄したということで警備もさらに厳しくなるだろうから、脱出できる可能性はほぼゼロになるんじゃないだろうか。
知らない世界の冷たい真っ暗な牢屋で、誰とも口を聞かず、一人ひっそりと生きていくの?生きて・・・生きられる?生きられるかどうかも分からない。
怖い気持ちが湧いてきて、思わずぶるっと身震いする。
生きられるか分からない、そうでなくとも、誰とも会わない、誰とも口をきかない、それがずっと続くなんて、考えただけでおかしくなってしまいそう。
そんなの、絶対嫌だ!
「やだ、嫌、絶対やだ!牢屋なんか入らない!」
叫んだ私を、王子は黙って見下ろしている。
私は叫びながら、思うように動かない体に力を入れて、じりじりと後ずさりをして王子から離れようとした。できるだけ、遠くへ逃げたい。でも、離れるどころか、王子が足を進めるものだから、距離が空くどころか近づいてしまう。
「おい」
「やだ、来ないで!やだやだやだ!牢屋は入らない!」
「だから」
「やだ、絶対行かないから!近寄らないで!」
ああ、もうだめ。止まらない。止められない。
堰を切ったように、思いがあふれ出す。興奮のためか、頭も体中も、全部熱い。
エラルドにもぶつけたこの思い。だけど、まだまだ心の中には思いが残っていたみたいだ。
王子はというと、眉間に皺を寄せて私を見ている。口を開いて、何か言いかけたけれど、もうこの思いの勢いが強くて、王子の言葉を待っていることなんてできない。
「あのな」
「私、悪いことしてないもの!たまたまあそこに着いちゃっただけでしょう!?むしろ助けてほしいくらいなのに!どうして悪者みたいに、」
「おい、落ち着け」
「私は、日本に帰りたいの!牢屋になんて入らない!」
「お前な、話を」
「私、何もしてないの!ただの女子高生なの!墓荒らしとかなんとか、意味が分からない!そんなことして私に何の得があるの!?何でいきなりそんなこと言われなきゃいけないの!?こんなとこ来たくなかった!どうしてこんなところに来ちゃったの!?誰が私をこんなところに連れてきたの!?私だって訳が分からないんだってば!」
「だから」
「帰して!日本に帰して!!誰か助けてよ!!」
「チトセ!」
「―――っ!」
突然呼ばれた名前に、ハッとする。
いつの間にかつぶっていた目を開ければ、目の前で王子が先程のように膝をついて、静かに私を見つめていた。




