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そろそろいいかな、とずっと押していた手の力を緩める。そして、傷口にあてがっていた部分の続きを使って、腕をぐるぐる巻いた。
「・・・こんなこと初めてだし、正しいやり方なんて知らないの。だから早くお医者さんに看てもらって」
王子、っていうくらいだから、立派な腕を持った王族専属のお医者さんがきっといるはずだ。多分、ね。専属じゃなくても、王子くらいだったらいいお医者さんに看てもらうことができると思うから。
スカーフだって、綺麗なところを選んだとはいっても、清潔なわけじゃない。スカーフからばい菌が入って余計ひどくなりました、なんてなったら全く笑えないし。血は止まったような気はするけど、気のせいかもしれないし。
よし、やることはやった。そう満足して一人頷き、地面に腰を落とす。地面は思ったよりも冷たくて、思わずぶるりと体が震えた。
やっぱり座るのは止そう、そう思って、立ち上がろうと足と腰に力を入れた、のだけど。
起き上がることができず、浮かせた腰をまた冷たい地面につけてしまった。
「・・・あれ?」
もう一度、チャレンジするも・・・踏ん張ることができずに、ぺたんともとの体勢に戻ってしまう。
おかしいな。一人で起き上がることができない。どうして?
困ってしまって、つい目の前の王子の顔を見つめる。王子は私がぐるぐる巻きにした腕をしばらく見つめていたけれど、私の視線に気づいてか、顔を上げた。
私と視線が合って、私の体勢を一目見てから、ああ立てないのか、と小さく呟く。
「大方、腰でも抜けたんだろう」
「腰、が?」
「まあ、命を取られる寸前だったんだ、感じた恐怖は相当なものだろうからな」
「腰が、抜ける・・・」
「それに、お前の足。怪我もしているようだし、それで踏ん張りがきかないのもあるんじゃないか?」
「・・・足?」
王子の指差す先を見れば、確かに私の右膝が赤く腫れ上がっていた。さらに王子の指に沿って視線をずらしていくと、靴下の上からでも分かるくらいに足首がぼこりと腫れ上がっているのが見えた。うわ、いつの間に。
どこかにぶつけたのかな。全然気がつかなかった。不思議なもので、怪我を認識してからは、じくりじくりと痛みが増してきた。
今まで痛みなんて感じなかったのに。ほっとして、痛みを感じる余裕ができたから?
足首のせいにしろ、腰が抜けたにしろ、いつものように簡単に立てないのは事実。
ああどうしよう。この腰と足じゃあ逃げられないよ。
「・・・・・・ん?」
あれ?逃げられない? 逃げ・・・られ、ない?
逃げる?誰から?・・・あの、お城から。
私を閉じ込めたのは?・・・・・・目の前、に、いる、・・・王子。
「・・・・・・ええ、と」
「何だ?」
「・・・・・・」
そういえば・・・そうでした。そうだったね、当初の目的。逃げることでした。すっかり忘れてた。うん、気持ちがいいくらい、途中からきれいさっぱり忘れていましたとも。
・・・ええと・・・ど、どうしよう。とりあえず・・・・・・どうにか立ってみよう。
抜けた腰にむち打って、四つん這いの姿勢になる。うう、やっぱり腰が痛い。痛い痛い。
腰が抜けると、立てなくなるだけじゃなくて、腰もお尻も痛くなるんだろうか。それとも、牢屋から脱出したときに打っていたのかな。どちらかは分からないけど、とにかく腰もお尻も相当痛い。だけど、今は痛いなんて言っていられないよね。
よし、よし、頑張れ、私、と心の中で大きく自分に声援を送りながら、どうにかこうにか立ち上がる。立った!立てた!立ったよ、私!やればできる子なのよ、私!
だいぶ腰が引けていて小鹿が初めて立った時のような、不格好な立ち方だけど、そんなことは気にしていられない。
落ち着いて、落ち着いて。
深呼吸一回。スー、ハー。
言うぞ、はい!
「それじゃあ、私はこれで」
ついでに自然な笑顔。にこっ。引き攣ってるとか言わないで。
さあ、これでごまかされて、
「・・・・・・お前、やっぱり馬鹿だろう」
くれるなんて思ってませんでしたよ。ええ、もちろん。




