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「お探ししましたよ」
穏やかな話し方。優しそうな表情。柔和な人、そんな印象。
それでも、先程の言葉を発していたのは、確かにこの声だ。
振り向かなきゃ。そう思っても、体が動かない。どうしたらいい、と必死に頭を回転させていた、その時。
「ウォーレス!」
握っていた手が離れていく。
はっと隣を見ると、フルール様が後ろを振り返り、立ち上がるところだった。
「ああ、フルール王女。良かった、こんなところにいらっしゃったんですね。ご無事で何よりです。皆でずっとお探ししていたんですよ」
「ウォーレス・・・。ご、ごめんなさい、怖くて隠れていたの。でも、ウォーレス、イーニアとジャールがまだ捕まっていて。エラルドもさっき助けに向かってくれたんだけど、まだ戻ってこなくて・・・」
「ああ、それならば、私の部下がもう助け出しました。皆、もうお城に着いている頃でしょう」
「本当?ああ、良かった・・・・・・」
「はい。ですから、王女も早く城へ戻りましょう。私がお送りします」
ウォーレスと呼ばれた男性が、フルール様に向かって頭を下げる。フルール王女って・・・ほらね、やっぱり王女ってフルール様のことだった。そうじゃないかと思っていたんだよね。
フルール様との話し方を聞くかぎり、この人は王家に仕える人なんだろう。
フルール様とウォーレスと呼ばれた男性とのやりとりに、どこにも違和感なんて感じない。
・・・さっきのはもしかして違う人の声だったのかな。それとも、あの言葉は、聞き間違い?私の思い込みか、勘違いだった?
まあ、でもいいや。襲われちゃうんじゃないかとひやひやしていたけれど、会話を聞く限り、とりあえず大丈夫そうだ。
それに、イーニア様っていう人たちも助かったらしい。良かった。
ただ、エラルドのことが少し気にかかる。エラルドなら、何となく、そちらが助かったとしても私たちの方に一度戻ってくるような気がしたんだけれど・・・・・・。
でも、まあ、イーニア様っていう人たちを守りながら一緒にお城に行ったのかもしれないしね。ほんのちょっとしか一緒にいなかったんだから、エラルドのことをほとんど知らないのは事実。
ここにいない、戻ってこないということは、きっとこの人の言うとおり、お城に行ったんだろう。・・・なんで脱獄したはずのエラルドがお城に行ったのかは分からないけど。
まあ、いいか。
少し安心して、私もフルール様にならって立ち上がり、ウォーレスを真正面からしっかりと見つめる。ウォーレスは、私よりも少し背の高い中年の男性だった。
ウォーレスと目が合う。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
あれ。この人が悪い人でなかったとすれば、この状況はあまりよろしくない気がする。ううん、悪い人であれば、それもそれでとても大変なことなんだけれども。
例えばさっきのが私の勘違いで、この人がなんの企みも考えていないただの(ただのっていうのも変だけれど)フルール様の知り合いだとしたら。
王女様って、国にとってすごく重要な人物なんだよね。その王女様と一緒にいる、見知らぬ人物を黙って見過ごすことなどあり得ない。
「何者」
「え・・・っと、・・・」
そうですよね、当然の疑問ですよね。
ああ困った。ここで正直に「突然この世界にたどり着いて墓荒らしに間違われてしまった女子高生で、王子だかの知らない男に牢屋に入れられて、脱獄している最中にエラルドに頼まれてさっきから一緒にいました」なんて言ったって信じてもらえるわけがないし。
異世界から来たなんて、エラルドは信じると言ってくれたけれど、あの時からさらに状況は悪化しているから、正直に話したところで大変都合も悪い。
でも、黙っているのも変だろうし、怪しまれるだろうから、一応、
「エラルドの知り合いです」
とだけ答えた。エラルドとフルール様が知り合いってことは、この人だって、きっとエラルドのことは知っているはず。
怪しい者じゃないですよ、という意味をこめて言ったんだけれど、その言葉を聞いたウォーレスは、突然目付きを鋭くして、睨み付けるように私を見た。
ええ、どうして?これはもしかして、NGワードだった?
「あ、あの」
「・・・その格好、この国の方ではないですね。エラルドと知り合いだなんて・・・」
「エ、エラルドと知り合いっていうのは、う、嘘じゃないです!」
知り合い、というほどではないかもしれないけれど、ね。
でも全く知らない訳じゃない。
「本当よ、ウォーレス。襲われたときに、ジャールが私を馬に乗せて逃がしてくれて。この近くに来たときに、エラルドと千歳は一緒にいたわ。エラルドも千歳のことを知っているようだった。敵じゃないって言っていたわ」
私の前に立って、スラスラと言葉を紡ぐフルール様。もしかして、私をかばってくれてる?
最初は私のことを疑っていたのに、今だって信じてるわけじゃないかもしれないけれど、なんだかジンとする。思わずフルール様の手を握ろうと手に力を入れたけれど、私の手の中にはもうフルール様の手はなかった。そうだった、さっきこの人が現れたときに手を離されたんだった。忘れていた。
何もなくなった手の中を風が通る。それがなんだか少しだけ寂しくて、その風を掴むように、一人でぎゅっと握りしめた。
「・・・フルール王女がそう言われるのでしたら。・・・しかし、この国の方ではないようですね」
「あ、はい、まあ・・・」
「見たことのない服だ。民族衣装ですか?」
「み、民族衣装?いや、これは・・・」
「露出度が高い。それほど肌を見せて平気とは。まあ、それなりの身分なのでしょうね」
「・・・は?ちょっと、それなりのって・・・何ですか、それ」
「エラルドと知り合いとか言っていましたが・・・。その服で色目を使ってエラルドに取り入ったのではないのですか?」
何これ。何よこの人。さっきから何を言って。
ああ腹立つ。
同じようなことをさっきフルール様も言っていたけれど、全然違う。フルール様は、私とエラルドが一緒にいたことが気にくわなくて、ひねくれて言っただけの様子だったけど、この人は違う。
私を、蔑んでる。言葉だけじゃない、視線からも、それをひしひしと感じる。
怒りでお腹の中が熱くなる。お腹も、手も、頭も、体中が熱くなる。
もうなんと言ったらいいのか分からない。こんなこと言われたのも、こんな感情も、初めてだ。
「ちょっと・・・」
「まあいい」
「まあいいって、何。人の話を聞きなさいよ」
そう言って、睨み付けた瞬間。ウォーレスの表情が変わった。その顔を見て、私はひゅっと息をのんだ。
だってその口には、にやりともにこりともつかない、すごく下品な笑みを浮かべていたから。変わらないのは、値踏みをするようにじっとりと見てくるその目。
「そうか・・・これはなんとも、まあ」
「・・・?何が・・・」
「どこぞへ連れて行ってからとも思ったが、はは、これは都合が良いこと。天は私に味方しているらしい」
突然、機嫌が良くなった男は、笑いながら小さな剣を腰から抜く。
は?え、何なの、ちょ、ちょっと待って!いやいやいや意味分かんないから!表情と行動のつながりが全くもって見えない。それって笑ってすることじゃないと思うんですけど!
そう心の中で叫んでいる間にも、笑いながらこちらへと剣を向けた。ちょ、本当やめて。剣こっちに向けないでください!小さな剣でも怖いから!
「ウォーレス!?止めて、本当なのよ、千歳は何も私を連れ去ったんじゃないの。私とただ一緒にいてくれただけで」
「フ、フルール様・・・」
「ウォーレス、剣を下ろしなさい!これは命令よ!」
これは命令よ!なんて、さすが王女様。子どもだからかそんなに迫力はないけれど、ちょっと格好良い。
だけど、ウォーレスは剣を一向に下ろそうとはしない。
「ウォーレス!剣を下げるのよ!」
それでも負けじと、叫び続けるフルール様。そして、やっぱり剣をこちらに向けたままのウォーレス。
私を狙ってるんだろうけど、剣をむき出して危ないことこの上ない。下手すれば、あなたの仕える王女様に剣先が当たりそうなんですけど、それでいいの!?
視線はウォーレスという男にはり付けたまま、未だ私の前に立つ、危なっかしいフルール様をどうにか後ろに避けようとする。だけど、フルール様はなかなか動こうとしない。それどころか、振り向いて私の腰に真正面からがっしりと抱きついてきた。
「ちょっと、フルール様!?何してるの、危ないからちょっと離れて」
「嫌よ!千歳は悪い人じゃないんでしょう!?」
「そうだけど!エラルドのことだってたぶらかしてないし、悪いことなんて何もしてないけど、けどこの状況じゃあなたも危ないでしょう!」
「大丈夫よ、だって、私、王女だもの!」
王女だから大丈夫、って・・・。まあ、確かに王女であれば怪我させないようにウォーレスだって気をつけるかもしれないけれど。
きっとフルール様はそう信じているから、こんな大胆な行動が取れるんだと思う。でも、そうだとしても、剣を前にこの度胸はすごい。反対の立場だったら、私は絶対もう逃げてた。ごめん、絶対逃げてたよ。
よく分からないけれど、王女だからこんな風に勇敢なのかと納得しかけ、頭を振った。そうじゃない。いや、勇敢なのはすごいことだけど、今はそういうことよりも、私のことなんか気にしないでとにかく下がっててほしい。私だけが危ないなら、むしろ私一人ここをダッシュすれば良いだけの話だから!
自分が狙われているわけじゃないのなら、わざわざ危ないところに自分から飛び込んで来なくていいのよ!その方が二人ともいい結果に終わることもある。だけどその思いは、王女様には伝わらない。
しばらくそんなやりとりを続けていると、ふいにウォーレスと呼ばれた男が剣を下ろした。・・・あれ、もしかして助かった?なんて思ったけれど。
「大丈夫ですよ。ご安心ください、フルール王女」
男は中腰になり、フルール様を安心させるように、優しく語りかける。
でも、・・・私は気づいてしまった。
この人は優しくなんか、ない。
だって、顔は笑っているけれど、声も目も、笑ってなんか、いない。
「すぐに同じ場所へと連れて行って差し上げますから」




