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周りを見れば、いつの間にか誰もいなくなっていた。
もともと脱走中で、誰にも会わない道を選んで歩いていたのだから、人気がなくて当然か。
でも、道に人っ子一人いないなんて、なんだか少し不安になる。
エラルドも、もしかしたら追っ手が来るかもしれないと言っていたし・・・。
大丈夫だとは思うけれど、でも・・・やっぱり心配だ。
「そろそろ大通りに行こうか」
手を繋ぎなおして、大通りに向かって一歩踏み出したその時。
地面が揺れたような気がした。思わず振り向く。だけど、振り向いても誰もいない。
おかしいなと首をかしげて後ろを見ていると、手を強く握られた。
「フルール様?」
「・・・逃げなきゃ」
その声に被さるように、再び音が聞こえた。遠くから近づいてくる。
あの崖の上で、聞いた音。ついさっきも聞いた。馬だ。これは、馬の駆ける音だ。
馬と聞くと、あまりいいイメージがない。
フルール様を見れば、強く握りすぎて手の色が青白くなっている。
「フルールさ・・・」
「来る、こっちに来るわ・・・。逃げなきゃ・・・!」
そうして、私と手を繋いだまま、私を引っ張るように駆けだした。
高さが私の腰くらい程もある大きな樽が道の脇にたくさん積み上げられている。その陰に、私たちは小さくなって滑り込んだ。
馬は、足音から判断するに、一頭だ。
大通りまではまだ距離があったし、脇道などない一本道だから、仕方なく唯一隠れられそうな樽の陰に隠れた。
足音の持ち主は、一度私たちを通り過ぎて大通りの方へと向かって行った。胸をなで下ろしたのもつかの間、またこちらへ戻ってくる。
誰なんだろう。どうしたらいいんだろう。
状況がいまいちよくつかめず、私はとにかく震えているフルール様を抱きしめていた。フルール様も、私を強く抱きしめ返してくる。ううん、抱きしめ返すというよりは、縋り付いているといったほうが正しいかもしれない。
達者な口も閉じてしまって、今は何だかさっきの生意気な口調が懐かしい。
そうしているうちに、隠れている少し手前で、馬の足音は止まった。続けて、誰かが馬を降りたような音が聞こえた。
耳を澄ませ、ひっそりとして聞いていると、その誰が歩き始めた音がする。
誰なんだろう。この人が、この子たちを襲った、エラルドの言っていた敵?
そうだという確証はない。そうかもしれないし、もしかしたら、脱獄した私を追いかけている人かもしれない。どちらかは、分からない、けど。
腕の中で、体を強ばらせて震えているフルール様。抱きしめる腕に力を入れる。そして。
この子の敵でも、そうでなくても、とにかくどうぞ見つかりませんようにと強く願った。
「・・・・・・?」
足音が止まった。
え、どうして?あ、あれだよね、きっと、馬の餌の草を探しているとか、そんな感じだよね。私たちが見つかったわけじゃ、ないよね?
息をひそめて、耳を澄ませるけれど、足音は聞こえてこない。
緊張で、だんだんと手に汗がにじんでくる。これはフルール様も手は繋ぎたくないだろうと、服で汗を拭うために手を離そうと握る力を緩めると、フルール様が離さないように強く握ってきた。
「・・・・・・」
お嬢さまなら、こんな、手汗のにじんだ手なんて好んで握りたいと思わないだろうに。
それでも離してほしくないくらい、怖いんだろう。
服で汗を拭き取るのは諦めて、私も握り返した。
少しして、誰かが駆けてくる足音が聞こえた。それも、一人じゃなく複数人の足音。今度は誰だろう。そこにいる人の仲間、かな。
まだ誰かは分からないけれど、でも敵だったとしたら、一人だったらまだしも、数人もいたら逃げられるものも逃げられない。とにかく、ここで見つかったらお終いだ。
縮こめた体を、気持ちさらに折り曲げてみる。
ああ、体が小さかったら隣のフルール様のようにもっと容易に隠れることができたのに。どうしてこんなににょきにょき伸びてしまったんだ!
・・・ここで嘆いても仕方がないことだけど。
息をひそめて耳をそばだてる。すると、ぼそぼそと会話が聞こえてきた。
「橋の・・・に王子の・・・」「これ以上はもう・・・」「・・・こっちに・・・目撃したと・・・」「警備も・・・厳しく」「応援を・・・」
こっちに、とか、目撃、とか、どうにか拾うことのできた言葉から想像するに、やっぱり集団は誰かを捜しているらしい。少ししか聞こえてこないから、捜しているのが私のことなのか、この子のことなのか、それとも別の誰かっていうことは分からない。ああ、せめてもう少し会話を良く聞くことができたら。
少し腰を浮かせて、樽の陰から出ないように気をつけながら、耳を声のする方へと向ける。
と。
「王女に恨みはないが・・・」
ようやく、声が耳に明瞭に届いた。・・・王女?
「見られた以上、逃げられては困る。女を手にかけるのは少々気が引けるが」
・・・見られたって、何を? 王女って誰のこと? ――――手に、かけるって?
「見つけ次第連れ出し――――消せ」




