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「顔立ちだって、私たちと少し違うようだし。あなた、いったいどこの国から来たの?」
「・・・え、と。日本、です」
「二ホン?聞いたことないわ、そんな国。本当にそんな国あるの?」
ああ、どうしてかな。天使のように可愛らしい女の子なのに・・・・・・すごくすごーく小生意気さんなんですけど。
そう思っている最中にも、私の横では、愛くるしい顔からは想像できないようなきつめの言葉がその小さな口から飛び出し続けている。
ああ、おかしいなあ、こんなはずじゃなかったんだけど。いや、はずじゃなかったっていうか。こんなに可愛い顔なんだから、可憐でおしとやかな性格なんだろうと勝手に想像していたものだから、これは予想外だったというか・・・ね。
「幼いからって見くびらないでちょうだいね。これでも先生について、地理だって歴史だって、色々と勉強はしているのよ。近隣諸国の名前だって、それなりには知っているわ。アルメニーでしょ、カスタールでしょ、ユグドムでしょ、あと・・・」
「・・・・・・」
「ちょっとあなた、聞いているの?」
「あー、うん、聞いてる聞いてる」
「・・・ちょっと、その言い方失礼だわ。適当に返事をしないでちょうだい。だからね、二ホンなんて国はこの辺りにはないということくらい分かってるのよ。だからって、もっと遠いところの国から来たにしては、手荷物だってないし。衣服のデザインはとても変だわ。って、ねえ、本当に聞いているの?ねえってば」
「・・・・・・」
ううーん。随分と口の達者なお嬢さまだわ。
今まで小学生くらいの子と接することなんてほとんどなかったけど、日本の小学生もこんな感じなのかなあ。・・・いや、違う。違うと思いたい。
これぐらいの子は、・・・こんな子もいるかもしれないけれど、でもだいたいがもっと素直で、こんなことを言ったりせずに、お友だちとわいわい楽しく遊んでいるはずだ、多分。いやきっと。そう願いたい。
少なくとも、この世界に来る直前までいた公園では、こんな風に口うるさいやりとりをしている子どもはいなかったはずだ。
はあ、とフルール様に見えないようにこっそりとため息をつく。どうしてこっそりかって?だって見つかったら、またこのお嬢さまから文句を言われるに決まってるんだもん。そうでしょ?
ああ、この子を放り出して日本に帰りたい。小言の嵐から早く抜け出したい。そう思うけれど。・・・だけど、そんなこと本当に実行することなんてできないんだよね。
エラルドと約束したからとか、そんな理由じゃない。
約束した以上できるだけそれを守りたいとは思う。だけど、私だって今は命がかかった逃亡劇の最中なんだから、こんなこと言われ続けて、それでもこの子の用事を自分の命の保護よりも優先させられるほど、私は人間ができちゃいない。
約束した当のエラルドだって、ついさっき出会ったばかりで、はっきり言ってしまえば私は義理も何もないと思ってる。
できるだけ守りたいと思うのは本当、だけど、絶対守るべきかどうかと言われると、私ははっきりとそうだと言うことができない。
もしエラルドの約束を破って、この子とここで別れたって、さっさとこの世界とおさらばすれば、私はもうこの世界ともエラルドともこの子とも何の関係もなくなって、何のお咎めだって受けないだろうしね。
私だってね、小学生のような小さな女の子にこんな風に一方的に色々言われて、それでもちゃんとエラルドとの約束の通りちゃんと守ってあげられるほどお人好しじゃないんです。
でも、私はさっきから握ったままのこの子の手を離すことができないでいる。
だって、だってね・・・つないだままの手がまだ震えているから。
本当は、すごく怖いのかもしれない。それが、この子自身がさっき体験したことに対してなのか、イーニアとかいう人やエラルドの身を心配してのことなのかは分からないけれど。
不安な様子を見せまいと、わざとこんな風に高飛車に振る舞っているのかもしれないし。・・・いや、次から次へと躊躇なくスラスラ言葉が出てきているようだから、そのまま本心をしゃべっているのかもしれないけれど。
でも、手の震えは、きっと嘘じゃないから。
最後まで守ってあげられるかは分からない。だけど、せめてこの手の震えが止まるまでは、一緒にいてあげようと思う。
「あなたじゃなくて、千歳っていうの。よろしくね、フルール様」
「・・・今そういう話なんかしてないわ」
「だって、さっきから、私のこと、あなた、あなたって言うんだもん。名前を呼んでもらえないのは寂しいでしょ?」
「・・・・・・」
ね、と顔をのぞき込むと、フルール様は、むっとしながら口を閉じた。お、ようやく黙った。
フルール様は、すぐにあからさまに面白くなさそうな顔をして、私に指図しないでちょうだい、と返してきた。ああ、やっぱりそう来るか、と思ったその時。
「・・・千歳」
「・・・・・・え?」
聞こえるか聞こえないかくらいの本当に小さい声でぼそりとつぶやいたのが聞こえた。
「・・・・・・」
「・・・な、何よ」
思わず顔を見つめると、それまでずっと私の方を見ていた目を初めて逸らした。髪の隙間から見える、形の良い小さな耳が少し赤い。もしかして、照れてる?
少しずつ笑いがこみ上げてくる。ああ、全く素直じゃない。
名前を呼んでくれたことが嬉しかったのと、それでも意地を張る姿がちょっとおかしくて、つい声に出して笑ってしまった。
すると私が笑ったことも面白くなかったようで、フルール様の口がへの字に曲がった。
それからもまた色々とぶすぶす言っていたけれど、さっきよりも全然腹立たしいとは感じない。むしろ、どこまでも意地を張ろうとする姿に、また笑いがこみ上げてくる。
「ああもう、本当に」
「・・・何か言った?」
「ううん、何でもないよ」
仕方がない、この意地っ張りなお嬢さまに、もう少し付き合ってあげることにしよう。




