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日だまりの丘  作者: こまこ
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「フルール様」

「え?」


そうエラルドが女の子に呼びかける。フルール?フルールって・・・きっと、この子の名前、だよね?この二人、知り合い?


エラルドはこの世界の人だし、牢屋の中で話をしたときに、街でスリをしていたとか言っていたから、ここで知り合いに会ってもおかしくはないのかな。

でも、フルール『様』って。名前に敬称がつくなんて、この子、もしかしていいところのお嬢さまなの?確かに服を見れば、一見その辺りを歩いている女の人たちの服とデザインはそう変わらないんだけど、生地の質が違うように思える。・・・私はそんなに詳しいわけじゃないから、様って聞いてそんな風に見えてしまっただけかもしれないけど・・・。


日本にいたときは階級とか家柄の違いなんて、私が知らなかっただけかもしれないけれど、そこまで大きくなかったように思う。だけど、王子とか、お城とか、そういうのが存在するこの世界なら、きっと貴族とかそういう人たちが大勢いるような気がする。

この女の子もそんな感じの、位の高いお家の子どもなのかもしれない。だけど。


それなら、どうしてエラルドは知っているの?


街でスリをしていたというくらいだから、エラルドはお金に困っていたんじゃないんだろうか。じゃあ、この子のお家に泥棒に入って、その際に知り合ったとか?・・・いやいやいや、まさかそんな。そんな付き合いであるのなら、女の子がこんな風に抱きついたりしないんじゃないかな。

ううん、関係性が分からない。


エラルドにしがみついたまま、離れようとしない女の子。その片手は未だ私の腕を掴んでいる。

この子は一体誰?それに、『イーニア』って誰のこと?イーニアを助けて、というのは、この子の知り合いのイーニアが危ない目にあっているということだよね?

危ない目って、この世界での危ない目ってどれくらいのことを指すの?

・・・分からないことが多すぎる。状況が飲み込めない。


「エラルド・・・」

「はい、エラルドです。フルール様、一体どうしたんです」

「ど・・・どうしようエラルド!イーニア、イーニアが死んじゃう・・・!私のせいなの、わ、私があんなこと・・・」

「フルール様、落ち着いてくだ」

「だって、だって、ちょっとだけだからって、行ってみたいって言ってたから、私・・・だってそんな、」


混乱した様子で女の子が捲くし立てる。よく見れば、エラルドの服を掴む手も、私の腕を掴んだ手も、もともと白い色だろうに、さらに血の気がなくなるほどに真っ白だ。震えている。

ちょっと、本当にどうしたの。

震えがおさまらない白い手に、そっと自分の手を重ねた。こんな場面に遭遇したことなんてないからどうすればいいのか分からない。だけど、気が動転しているときに人肌に触れると安心できることもあるから。

知らない人だからむしろ緊張させてしまうかもしれない、もしそうなら手を離そうと思ったけれど、女の子は怖がったり嫌がったりする素振りを見せないから。

だから、その手をもう少し強く握りしめた。


「ねえ、わ、私のせいでもし」

「落ち着いて」

「だって私が」

「―――フルール!!」

「っ」


突然の大声に、はっとしてエラルドを見る。それまで矢継ぎ早に話していた女の子も、思わずといったように口を閉じた。


「イーニア様を助けに行きます。状況を教えてくれますね?」


エラルドが、安心させるように、優しく穏やかに話しかける。そこでようやく、女の子はエラルドの言葉が耳に届いたようで、ゆっくりと頷いた。

落ち着いたように見えたけれど、私の腕を握る強さは変わらないし、手の震えは止まらないまま。


「フルール様は、イーニア様と二人でここへ?」

「・・・違うわ。ジャールと三人で来たの」

「ジャール?確か、最近あなた付の侍女になった・・・。どうして彼女と」

「ジャールがいつも楽しそうに城下の話をしてくれるものだから、昨夜、私もいつか行ってみたいわって話したの。そうしたら、朝早くに出て、他の皆が起き出す前に帰ってくればばれないから大丈夫ですよって言ったから・・・。ジャールがイーニア様も誘いましょうと言って。イーニアが行きたいと言っていたのを知っていたし、私が誘ったの・・・」

「そうですか。それで、イーニアは?」

「ま、街を歩いていて、人混みに酔いそうだからと、裏の方にジャールが連れて行ってくれたの。裏道にも色々お店はあるからって。そうしたら、黒い服を着た人たちが突然現れて、イーニアが捕まってしまって・・・。わ、私も捕まりそうになったんだけど、でもジャールが私を馬に乗せて、逃がしてくれたの。その後のことは分からないわ」

「・・・そうですか。二人は今どこに?できれば、何か目印になるものも教えてください」

「む、向こうの、大きな川の上に掛けられた大きな橋の下に。ち、近くに生地屋とパン屋があったわ」

「そこまで覚えていれば十分です。・・・千歳」

「えっ?う、うん?」


二人の会話を聞いて、人さらいにあったらしいということは分かった。けれど、現実味が湧かない。だって仕方がない。こんなこと今まで身近には無かったんだから。

そこに突然私の名前が出てきたものだから、驚いてしまった。


「わ、私?」


頷くエラルド。エラルドの瞳は真剣だ。真剣すぎて怖いくらい。

さっきまで見ていたエラルドと別人のような感じを受ける。

瞳の強さだけで、人はこんなに印象が変わるんだ。


「頼みがあるんだ」

「な、何?」

「千歳が二ホンに帰りたいのは知ってる。手助けも、ちょっとだけならしてもいいかなとは思ってた。だけど、状況が変わった」

「う、うん」

「今、事態が大変なことになっているらしい。俺は助けに行かなきゃならない」

「うん」

「だけど、その危ない場所にフルール様を連れて行くわけにはいかない。だから」


ああ、何となく言いたいことは分かった。つまり。


「・・・この子と一緒に、エラルドが戻るのを待っていてくれって?」

「そう。やっぱり千歳は話が早いね。でも、ただ待っていてほしいんじゃない。守ってほしいんだ。その子はとても大事な人だから。ここをまっすぐ行けば大通りだ。大勢の中にいれば敵だって襲ってこないと思うから」

「・・・敵?」

「その子や、これから助けに行く方を襲った敵。追いかけては来ないと思うんだけど・・・。昼の鐘が鳴っても俺が帰ってこなかったら、城に彼女を連れて行ってほしい。千歳だって城の人に捕まったら大変だろうから、城の近くで別れて、彼女が城の中に入るまでを見届けてくれるだけでいい。・・・守ってくれたら、たとえ捕まったとしても、王子には俺からちゃんと説明する。千歳が刑罰を受けないように。約束するよ」

「・・・・・・」

「お願いしていい?」


どうしたらいいんだろう。私は、日本に帰らなきゃいけない。ただでさえ、脱獄なんて、多分やってはいけないことをしでかしている最中で、見つかったらただで済まないことなんて誰が聞いたって明白だ。

だから、本当はできるだけ早く城から離れて、日本に帰らなきゃいけない。自分の身のために。

でも。

私の手の中で、未だ震えている小さな手。

自分の命だって大事だけど、この子を放っておくことも・・・できない。

エラルドが王子に説明してくれると言ってくれたし。

エラルドの意見が効力があるかどうかはまるで分からないけれど、でも、位が高い様子の『フルール様』と知り合いなのだから、もしかしたらそのコネか何かを使ってどうにかしてくれるのかもしれないし。

・・・なんて、言い訳のように考えてみるけれど。

結局、私がこのまま放って日本に帰るのが嫌なんだ。

捕まったら捕まったで、その時にどうにかすればいい。

きっと、エラルドのお願いを断って日本に帰れば、この子のことがずっと気になったり、後悔したりするかもしれないから。


「時間がないんでしょ?早く行って」

「千歳」

「フルール、様、だっけ?一緒にエラルドを待っていよう。イーニア・・・様?は、エラルドが連れて帰ってくるから、それまで」

「・・・千歳、ありがとう。付き合わせてごめん」


エラルドは本当に申し訳なさそうに、頭を下げた。

そんな彼に、私はにっこりと笑顔を向ける。


「いいよ、そんなの。帰ってきたら、もちろん日本に帰る手伝いしてくれるんだよね?」

「はは、了解。・・・フルール様」

「・・・イーニアを、助けてくれる?」

「はい。一緒に帰ってきますから。だから、彼女、千歳と大通りへ。彼女は敵じゃない。安心して」

「・・・分かったわ。お願いね」


そう言って、フルールは、握りしめていたエラルドの服からそっと手を離した。

エラルドは、女の子の頭をぽんぽんと二回軽く叩いてから、どこからか戻ってきたらしい、恐らくさっきの暴れ馬に乗って、どこかへと去って行った。







ふと辺りを見ると、何事かと多くの人が私たちを注目していた。そりゃそうだ。小さな女の子が暴れ馬に乗ってきたり、女の子が泣き叫んだり、私だってそんな場面見たら気になってしょうがない。

だけど、エラルドが去っていったことで、その集団はすぐに解散していった。

ああ、良かった。多くの人の目に見つめられることに、私はあまり慣れていないから。


女の子は、私の腕を掴んだまま、エラルドが去った方を見ている。エラルドはもう見えないけれど。


「ええと、・・・フルール様?」

「・・・・・・」

「・・・・・・その、イーニア様、は大丈夫だよ。エラルドが助けてくれるって約束したんだから。ね?」

「・・・・・・」


ようやく私を見てくれた。わ、瞳が緑色だ。カラーコンタクトじゃないよね、すごい。

よく見れば、とても可愛らしい顔をしている。日本に行けばアイドルだって夢じゃない。登場すればすぐに売れるよ。それくらい美少女だ。

青みのかかった黒髪で、まだ小学生くらいの小さな女の子。守ってあげたくなるような雰囲気をびんびん醸し出している。


「その、だから、あまり心配しないで・・・」

「当たり前じゃない。エラルドはとても強いのよ。それに、私との約束を破ったりしないわ」

「・・・・・・ん?」

「あなた一体誰?エラルドと二人でいるなんて。どういう関係?」


お、おかしいな、なんだか幻聴が・・・。


「変な格好。足だって出し過ぎじゃない?エラルドに色目を使うためかしら。あなたなんかね、年くらいしか釣り合う箇所がないわ。私の方が比べるまでもなく美人だし、エラルドだって若くて綺麗な私の方が好きに決まってるわ」

「は・・・」

「残念だったわね、おばさん!」


聞き間違い?幻聴?でも、口はその言葉に合わせて動いている、ように見え、る・・・んですけど。

あれ?




・・・・・・あれ?

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