異端者の会合
場面は変わり、「ソレ」に見舞われた都市(第8区)に降り注ぐ2日前まで時は遡る。
ここは都市部近郊に位置する、古臭い木造の長屋のような建物の中。いかにも訳ありそうなその長屋の中には、予想を裏切らずいかにも訳ありそうな青年達が住んでいた。しかし中を覗いてみると意外と小奇麗にしているようであり、そこだけ見ると童話の中の世界に入ったような感覚を受ける。しかしそれは建物の印象だけであり、中にいる三人の少年達は現代人よろしく思い思いの時間を過ごしていた。といっても、漫画やテレビのような娯楽の類は一切なく、IDSと呼ばれるこの国で普及した通信機器も最低限人とコミュニケーションをとる機能しかないために暇つぶしも出来ない(通話、ライトメールしか出来ない携帯のようなもの)ために、それぞれベッドでごろごろしていたり、椅子に座ってお茶を楽しんだりしている。これが最近の、晩飯前のいつもの日常だった。その内の一人、退屈そうにベッドでごろごろしながら窓を覗いていた青年は、この日常の中で一つの非日常を見つけた。
「都市の方の動きが騒がしいな…」
見れば、確かに多くの人々がなにやら一つの場所に向かって歩いているようだった。その光景は、さながら戦国ものの映画の、大軍隊の行軍のシーンのようであり、そんな映画など見たことない青年はかなりの衝撃を受けた。その列は今もなお、通り過ぎる建物の中から出てきた人々がさらに加わり、拡大を続けている。しかも、ほぼ全員がかなりの大荷物を持っていることが分かる。
「…皆ででっかいバス旅行でも行くのかな?」
衝撃的な光景を目の当たりにした青年の第一声はそれだった。頭の出来はあまり良くないようであった。17~18歳ほどの長身の青年の言葉を、同じくテーブルで優雅に紅茶を楽しみながら見ていた同い年位の小柄な少女は鼻で笑った。冷静を装ってはいるが、その目からは動揺の色を隠せていなかった。
「あんた、本気で言ってんの?どう考えたって、これは異常事態でしょう。」
その言葉に青年は肩をすくめて
「んなこたぁ見れば分かるさ。けどこの国であんなにでっけー荷物持って忙しそうにしてたら、旅行くらいしか思いつかねぇ。……いや、嘘。もう一個あったわ………」と何か気付いた様子で返事をした。何か悪い予感がすると、彼の心が告げていた。
政治の主権を彼らの信じる宗教上の神が握り、異常に発展し続けてきたこの国では、国民に課せられた制約がある。
それは一つ、自分が生まれた都市で生活をする、というものである。だからといってその場所にしか居ることが出来ないわけではなく、あくまで生活拠点がそこであれば良いだけの話であり、旅行などはわりと自由にすることができるし、戸籍だけ残しておけばどこへでも行くことが出来る。
だが、国民の中でそれを破るような者はいない。
その一番大きな理由は、もちろん彼らの信じる神が定めたから。この時点でこの制約は「当然」彼らの中で常識的な義務となった。その次に考えられるのが、そもそも国民が他の地域を知らないためだろう。4区は漁業が盛んである、等のことは知識として知ってはいるが、大抵の国民はだからといって行ってみたいという感情には繋がらない。それよりも自分が今住んでいる区で仕事をこなし、予言によって神が導かんとす「理想郷」へと近づけることに至上の喜びを感じていた。
つまり、この状況はとてつもなく異常なことなのだ。
その時、沈黙し続けていたもう一人、こちらは15~16ほどの童顔の少年が顔をあげた。
「きっと届いたんだろう、あいつらが信愛する神様ってやつから。」
その声色は冷め切っていて、これ以上ないほどに彼の信仰心の無さを表していた。むしろ、神かこの国の国民、あるいはその両方への強い怒りのような感情が伺えた。しかし、二人は少年のその言動を気にする様子もない。
「予言か…この有り様だと本部レベルね…」
この国の国民が異常なまでに神を信じ、崇めるのにはいくつか理由がある。その内の一つが、神が行う予言じみた行為である。
予言は重要度によって3段階に分かれ、一番低いものを各地にある国立神殿が、次に重要なものを神務機関支部が、最も重要なものを神務機関本部が受け取り、それが該当する者の戸籍の住所にだけ届けられる。国民が制約を破らない大きな理由は前述した通りだが、これも理由の一つにあげられるといって良いだろう。
「内容が気になるなあ…久し振りに孤児院に顔出すか?」
青年がそう言うと、他の二人はあからさまに渋い顔をした。
「ユキと会うのか…」
少年は大きく溜め息をついた。
「まあ、仕方ないわよね。死ぬよりはマシでしょうよ…」
確か前回の本部の予言は街を一つ飲み干す大津波が来る、というものだったことを思い出し、少女は一層憂鬱な顔をした。
もちろん予言は的中したが、街に住む人々が皆神の予言を信じて迅速に避難したために死者は出ずに済み、被害は最小限で食い止められた。
「…まぁ、二言目には神様、神様っていう国民よりは幾らかマシだろうよ。」
青年の言葉に、少年は「確かに」と頷いた。
彼らは別段、ユキという特定の人物が苦手なのではない。普通の国民と違う育ち方をした三人は、それほど神を崇拝してはおらず、「たまに有益な情報をくれる存在」程度の認識しかないために、この国の一部を除く人が皆苦手なのだ。
「とにかく、何だか一刻を争う状況みたいだ。行くなら早くした方がいい。」
さっきよりも目に見えて、移動する人の数が減っていた。これがもし、8区外に非難している人々だったらこのままでは取り残されてしまう。青年はそう思ったようで焦った声色で二人を促す。
青年の言葉に二人は頷き、三人は足早に木造の長屋をあとにして、慌ただしい雰囲気の続く都市へと繰り出した。
神務機関………この国の最も重要な機関。全24区あるこの国の中で支部は第1区、6区、13区、20区、24区の五つの区に置かれ、本部は第3区、第10区に置かれている。(前章でも述べたが、後に第8区にもおかれることとなる)
主な役割としては予言の通達、戸籍の変更、制約や法令の制定・発布・行使からこの国では採れない食材や金属などの卸売のような事まで多岐にわたっているが、食材等の入手経路が定かでないことなど謎が多く、これ以外にも何か国民が知り得ないようなことを行っている可能性は高い。
この国で唯一神務機関の神官だけが仕事で様々な区に出向く必要があるため、彼らだけは特例として制約は機能しない。