お客さん?
霊感少女で、実は、妖怪始末人のゆすらと暮らすウサギ妖怪・翡翠。相思相愛なのはいいが、翡翠の前に、留守中だった猫又・一牙が現れた。ライバル出現か!?
生欠伸をしながら、台所に立つゆすらの背中を、翡翠は抱き締める。
「んもぅ、邪魔よ翡翠…兎にでもなっててちょうだい」
引き剥がそうとする、ゆすらの首筋に、翡翠はキスをした。
「ちょっと…やッ!」
「いーだろ別に。気にすんなよ」
「充分気になるわよ、早く離れてくれないと…また、数珠で縛られたい?」
にっこりと笑いながら(+青筋付き)、ゆすらは、エプロンのポケットから数珠を取り出す。
すると、翡翠は『わーん、ゆすらのいじめっ子!』と、のたまいながら、居間に避難していった。
やれやれ、である。
最近は、少し疲れ気味なのだ。
居間に避難した、あいつのせいで。
はふ、と溜息をついてから、ゆすらは朝食の仕度を再開させる。
煮立ちかけた味噌汁を、ガスコンロから降ろし、火を消した。
その頃翡翠は、小型化してソファの上に転がっていた。
鼻の頭にシワを寄せ、ガジガジとテレビのリモコンを囓る。
どうやら、拗ねているようだ。
「ゆすらの奴、最近、なんか冷てぇよ…なんでだよ」
じたばた、とソファの上で暴れる翡翠を、ゆすらはそっと抱き上げてやった。
「こーら…リモコンは食べちゃダメって、言ったでしょ?ゴハンよ」
「う゛ー…」(まだ怒ってるらしい)
「なに怒ってンのよ、ゴハン冷めちゃうよ?」
「お前っ、最近冷たい!」
ぽんっ、と人の姿に戻った翡翠は、ゆすらに詰め寄った。
「寝不足だったのよ、ごめんね?」
「キライになったんじゃ、ないのか?」
「まさか…ヘ〜ンな翡翠」
「なっ、な…」
「ほら、早く食べなきゃ…ゴハン冷めちゃうわよ」
みごとに惚けた顔をした翡翠に、ゆすらは苦笑してしまった。
「悪かったな…疑って」
決まり悪そうに唸って、目線を、ゆすらから逸らす翡翠。
「やっぱりカワイイね、あんた」
「お前こそ」
「今日は忙しくなるわ、早く済ませちゃわないと、帰って来ちゃう」
しなだれかかってくる翡翠を、なんとか押し返しながらゆすらは微笑んだ。
「誰か、くるのか?」
おかずを頬張りながら、翡翠が尋ねた。
「ああ、うん…今日は一人だけだけどね。でも、アンタには…ちょっとマズい相手かも」
「そいつ、妖怪なのか?なにがマズいんだよ」
漬け物を囓りながら、言ってくる翡翠の仕種が可笑しくて、ゆすらはプッと吹き出した。
その仕種が、あまりにもウサギっぽかったからだ。
本人に言うと、かなりへこむので、それは心の中に留めておくことにした。
「ええ、今日帰ってくる居候さんは、一牙っていってね、里帰り中…」
ゆすらは、そこまで言いかけて言葉を止めた。
窓の外に、本人の気を感じたからだった。
翡翠は、ぎょっとベランダを凝視する。
窓の外にいたのは、赤毛の青年。
彼は、当たり前のようにベランダで靴を脱ぐと、ぶるぶると頭を振った。
「ひ〜…やっぱ日本は寒ぃなあ」
「だから一牙、いつも言ってるじゃない…ベランダから入ってこないでって」
「まあまあ、固いこと言いっこなし。たーだいまっ、ゆーすら」
「ぐえっ!?」
ゆすらが、一牙と呼んだ青年は、彼女の隣りに座っていた翡翠を踏んづけて、ゆすらの膝に甘えた。
一方、潰された翡翠は、その下で黒いオーラを発している。
「てーめーえ〜…ヒトを踏んづけやがって!ゆすらから離れろっ」
がばっと、起きあがった翡翠から飛び退いて、一牙は身軽に着地した。
「およ?ゆすらぁ…誰だコイツ、2号さん?」
スリスリ、と懐く一牙を押し返しながら、ゆすらは溜息をついた。
「ヘンな言い方しない…誤解されるじゃないの」
「んなっ!」
翡翠は一瞬、言葉に詰まった。
一牙とかいう、この男。
なんていうか…。
いけ好かない。
「ってゆーか、お前が誰だよ!しかも、俺は2号じゃねぇっ」
「ジョーダンよ、冗談!そんくらいでマジになるなよなぁ…頭カタイねぇ」
「ンな冗談、二度と言うんじゃねえ!」
へらへらと笑う一牙に、わなわなと拳を握る翡翠。
やれやれ、と首をすくめる一牙に、翡翠が食ってかかる。
見ていてまるで、そこだけコントのようだ。
実は、翡翠が相手じゃなくても、苦労性なゆすらなのだった。
「一牙、このヒトは翡翠っていって、黄兎なの」
「へえぇ、新入りか」
一牙は興味ありげに、翡翠を上から下まで、じっくりとねめまわした。
「ふう〜ん、黄兎ね…聞いたことあるぜ?俺も向こう(中国)の、秦嶺出身だし。よろしくな、新入り」
「おう」
ぶすくれ顔で、一牙を睨む翡翠。
翡翠は、面白くなかった。
踏んづけられた上に(別に、痛くはなかったので、これはいいとして)、ゆすらの隣を取られたことが、なんとも腹立たしいのだ。
(こっちのが、かなり深刻だよ…)
しかも、この様子からして、たぶん居候はコイツだけじゃなさそうだ。
恋敵多し!
「はぁ…寂しかったぜぇ、やっぱ、お前の傍が一番だよ」
翡翠が、そんなことを悶々と考えているウチに、一牙は、ゆすらの膝に寝転がって甘えていた。
一牙の猫なで声に、ばちん、と翡翠の妄想が弾ける。
翡翠の頬に、青筋が浮いた。
「くっつくなって言ってんだろ!猫みてぇにベタつきやがってっ」
一牙を引き剥がすと、翡翠は、強くゆすらを抱き寄せて、庇った。
「だって俺、猫だも〜ん…お前こそ、ひっついてんだろ。お前さぁ、ゆすらの何なわけ?」
面白そうに、にやつく一牙。
「おっ、俺はだな、てめーみてぇなヤツから、ゆすらを守ってんだよっ」
「ふうん、用心棒ってわけ。じゃあ、お前のモンて言うんじゃないんだね」
まさに、口からでまかせ。
ウソ八百。
さらに墓穴を掘り進む翡翠である。
「ぐっ、そうだ…しっ、仕事だよ。邪魔すんじゃねーぞっ」
「さあねぇ…俺さぁ、気まぐれだし。猫だから」
なぜか力んだ翡翠を、更にからかうように、一牙は悪戯っぽくペロリと舌を出して見せた。
「んなっ!」
「あー‐‐‐冗談だって冗談、まったく…すぐ頭に血が上る。落ちつきなよ、妖怪だったら、誰だって寄りたくもなるさ。ゆすらの旨そうな気に惹かれてなぁ。お前もそのクチだろ?」
悪びれずに言う一牙に、翡翠は息を詰まらせた。
無意識ながら、傍に感じた安心感は、彼女の濃く、強い霊気のせいだと、今になって分かったからだった。
「お、お前だって、そうじゃねぇのかよ!」
全くもって面白くない翡翠は、一牙に噛みついた。
「お前だって、ゆすらの傍にいるじゃねぇか!なんか、狙いがあンだろ!?」
一牙は、くっ、と失笑すると、肩を揺らして、大笑いし始めた。
「なっ、なにが可笑しいんだよっ!」
カッとなり、翡翠は怒鳴る。
「失礼、あんまり可笑しかったんでね。だけど…もの言いに気をつけな、ガキが」
翡翠の背中を、一筋、冷たい汗が伝った。
一牙から、殺気にひどく似た、苦い気配を感じたからだ。
「狙うなんて、とんでもねぇ…俺は勿論、他の奴らも、みな昔から神崎一族を護ってんだ、分かったか。解ったなら…もう余計な詮索はナ〜シ」
「へ?」
急に表情を崩した一牙に、翡翠は拍子抜けしてしまった。
なんだ、コイツは。
やっぱり、よく分からん…。
猫は、キライだ!
「ゆ〜すら、俺が全部護ってやるからなぁ」
(ブチッ…)
台所を片付けている、ゆすらの背中にぶら下がっている猫一牙を見た翡翠に、本日、いくつ目かの青筋が浮いた。
「ありがと、でもね一牙…プライベートまでは遠慮するわね?ちゃんと間に合ってるし」
ねっ、とゆすらは翡翠にウインクする。
そんなことで納得(満足?)してしまう、単純な翡翠なのだった。
「ちえー…つれねえの、誰だよそいつ、うらやましいヤツ―‐‐っ」
猫一牙は、不機嫌に尻尾を振ると、階段を昇っていってしまった。
「やれやれ…翡翠、まだ怒ってるの?」
「俺、あいつキライだ…いけ好かねぇ」
黄兎に戻った翡翠は、背中の毛皮を逆立たせていた。
ゆすらは、おいで、と手招きをして、寄ってきた翡翠の首を、優しく抱き締めた。
「ゆすら?」
翡翠は動揺したらしく、耳を細かに痙攣させる。
「いい?翡翠…あたしが好きなのは、アンタだけよ?特別ってこと、分かるわね?」
「お、おう…」
潤んだ鳶色の瞳に見つめられ、翡翠は戸惑った。
いつもの彼女と、なにか雰囲気が違う。
なんというか、濃厚な色気があるような。
ちょっと、やばい…かも。
「ふかふか〜…あったかーい」
どうやら、そんなことを考えた(妄想した)のは、自分だけだったらしい。
「ぐっ、苦し…」
ゆすらは、ぬいぐるみを抱くように、翡翠を抱きすくめた。
「おっきな、ぬいぐるみみたいー…かわい〜」
可愛がってくれるのは嬉しいが…これでは、まるでペットだ。
『もっと別な形で、可愛がってくれると嬉しい』などと、不埒なことを考えているバカが、ここに一匹。
「放せゆすら…苦しいぞ」
「やだー」
「死ぬって、コラ…」
「ウソつけ」
「ウソじゃねぇって、放してくれよぉ…」
結局その日は、ゆすらの枕になって終わりだった。
なんの、進展もないままで。
部屋に戻った翡翠は、深〜く溜息をついたのだった。
(まあいい…じっくり、のんびり行くさ)
そんな小雨降る、秋の夜更けのこと。
こんにちわ、維月十夜です。『のんびり行こうよ?』新章のお届けです。
ここまで、読んでくださった読者様方、感謝です。
それでは、ゆすらと翡翠の恋模様を、お楽しみくださいな♪