始末人
翡翠の告白を断ったゆすら。
彼女には、『始末人』としての、変えがたい運命があった!深闇に潜む妖を、ゆすらが斬る!
月夜に、鮮血が舞う。
しかし、その色は赤ではなく、黒かった。
彼女は血刀の露を払うと、刀を鞘に収める。
黒い外套がひとしきり、強い夜風にはためいた。
「ごめんなさいね。これが、仕事なの」
ぽつり、と呟いた彼女に、まるで異を唱えるかのように、風がざわめいた。
強風に煽られてフードが落ち、素顔がこぼれる。
赤みがかった、茶色の長い髪。
白磁の肌。
他でもない、ゆすらだった。
ゆすらは、二つの顔を持っている。
昼間は大学生。
夜は、この『始末人』としての仕事を手がけるのだ。
しかし、彼女は決して、無益な殺生は好まなかった。
客の依頼を、なにかしらの代価と引き替えに、行うだけ。
等価交換、と言うやつだ。
「あなたはただ…主の元へ、戻りたかったのよね?化けて出てしまうほどに」
ゆすらは、横たわる一匹の犬の、冷たくなった頭を撫でてから言った。
懐から、赤い文字の書かれた札を取り出すと、一度手を合わせ、犬の体に札を貼った。
彼女が貼ったのは、鎮魂札。
傷ついた魂を、慰めるための物だ。
風がざわめき、一瞬にして月が、暗雲に隠れる。
犬に貼られた札が、小さく、炎をあげた。
それから間髪入れずに雨が降り出し、ゆすらの、細い肩を叩いた。
丁度いい。
雨に打たれていれば、少しは、きれいになれるかも知れない。
穢れたあたしなど、誰が好むものか。
あたしは、獣だ…。
燃えあがった炎は、雨で勢いこそは弱まったが、雨の中でも消えずに、揺らいでいた。
秋の夜に降る雨は、急速に体温を奪っていく。
ゆすらは雨の中で、夜明け間近の、鉛色の空を見あげた。
髪が吸った水分が、幾筋も頬を伝う。
それは、彼女の涙のようにも、見えなくはなかった。