戀蕾―こいつぼみ―
ゆすらに想いを寄せる翡翠は、ついに、彼女に告白!
しかし…
「とりあえず、ゴハンよゴハン!おいで翡翠っ」
ぱちん、と妄想が弾けると同時に引っ張られ、翡翠は転んだ。
「ってて…腹が減っては戦はできん、て言うしな」
腰をさすりながら言う彼を、ゆすらはねめつける。
「なに言ってんだか、はい、ゴハン」
「おう、あんがと」
ゆすらは、なにかイヤな予感を感じつつも、味噌汁をすすった。
(戦って、こいつ…なんかするつもりかしら?)
「おかーり」(おかわり、と言っている)
そう言って茶碗を差しだす翡翠。
「おかわりって、もう?」
同じに食べ始めたのに、翡翠の皿は、すべてが空になっていた。
「お前が遅すぎンだよ、食べないンなら、俺が食うぞ?」
「あたしはこれが普通なのっ、ほら」
「おう」
おかわりしたご飯を、かき込む翡翠に、ゆすらは一筋、溜息をついた。
(なにか、するつもりじゃ、ないでしょーね?)
台所を片付けながら、ゆすらは翡翠の方を見ていた。
さっきはなにか、不穏な物を感じたが、今はというと。
そんな様子は、微塵も感じられない。
くわえタバコで、テレビに集中している。
どうだ、この馴染みようは!
まぁ、このご時世…人に化けて、生活をしている妖怪は数多い。
あたしの知っている妖怪は、殆どその部類にはいるだろう。
「お、ゆすら…ご苦労さん。ほれ、コーヒー」
翡翠が、さっき自分が飲みかけていたコーヒーを、渡してくれた。
「あ、ありがとう…」
温かい…。
気を、つかってくれたようだ。
「どーいたまして」
にっこりと笑いかけてくる翡翠に、自分は不覚にも、赤面してしまった。
どうもコイツには…いつも負ける。
「ふあー、眠ィ」
欠伸をしながら台所へ行く彼に、ゆすらは慌てて釘をさす。
「翡翠、眠いからって、ヘンな場所で寝ないでよ?この前なんて廊下で寝てて、踏んづけちゃったんだから」
尻尾を踏みつぶされた、猫のような声を上げた割には、無傷だったらしい。
「ああ、ちゃあんと寝るさ…自分の部屋で」
「よろしい。じゃ、おやすみ」
(間があいたぞ、なんだ…今の間は!)
ちら、と横目で翡翠をぬすみ見る。
昼間のこともあり、一応、警戒しているのだ。
「ん…」
そんなことには、全く気づいたふうもなく、彼は、欠伸をしながら元の、黄兎の姿に戻った。
っていうか、かなり邪魔なんですけど…。
「んだよ、どしたい?寝ないんかよ」
じ――‐‐‐っと見あげる翡翠に、ゆすらは慌てた。
気配は消していたはず。なのに気づかれるとは!
「なっ、別に…言われなくても、もう寝るわよっ」
「なぁ、なんで、怒ってるんだ?」
背中を向けていたゆすらは、ぴたりと動きを止めた。
ここからでは、表情を見ることはできない。
できない、が、その声で彼が、困りきっているのが分かった。
「いきなり、そんなのって…ないじゃない。キス、初めてだったのに」
翡翠の方に向き直った、ゆすらの顔は真っ赤だった。
「…それが、なにか問題なのか?」
(は?って、アンタ…どこまでデリカシー0なのよ)
眩暈を感じたゆすらは、額を強くおさえた。
「昼間のことは、悪かったと思う…謝る。けど俺、お前がいいんだ。一緒にいると、ここが、あったかくなる」
翡翠は、そっと胸に手を当てて、呟くように言った。
そんな翡翠に、ゆすらは、昏く笑う。
「あたしには、近づかない方がいいわ…あたしの傍にいたら、必ず、後悔する」
「なっ、なんでだよ!しねえよ、後悔なんてっ」
「もうおやすみ、翡翠…」
ゆすらは、屈んで、翡翠の頭を撫でて言った。
「ゆ…すら?」
翡翠は、凍ったように、その場から動くことができなかった。
彼女が、もう全てを諦めているような、それでいて、なにかを思い詰めたような顔をしたからだ。
「気持ちだけ、もらっとくね?」
自室の障子を閉めて、ゆすらは、ぽつりと呟いたのだった。