ゆすら…もう一つの姿
傷つき、翡翠と引き裂かれてしまったゆすらは、翡翠の弟・青蘿の館である広寒宮で保護されていた。
叶わぬと知っていても尚、ゆすらに淡い想いを寄せる青蘿。
ゆすらを『お姉ちゃん』と言って慕う、翡翠と青蘿の弟・緋呂と子兎集団も加わってなにやら賑やかに…。
ゆすらと翡翠は、無事に黄兎一族の陰謀を破り、再会することができるのか!?
霊感少女・神崎ゆすらと、ワガママで、口が悪くて態度のでかい、けどなぜか憎めないヤツなウサギ妖怪・翡翠との珍道中。
一方その頃、ゆすら救助隊(?)の二人はというと…。
「一牙っ!てめぇ、また間違ったな…なんでこんな場所に出たんだか」
「はぇ〜…一本下の道に出ちまったのかぁ、やばいなー」
深々と溜息をつく一牙に、翡翠は噛みついた。
ちなみに、徹底的に二人の会話は、会話として機能していない。
しかも二人は…。
なぜか、蒿里とは真逆に位置する、崑崙山の山麓に突っ立っているのである。
簡単に言えば、迷ったのだ。
「はあ…ゆすらぁ、おかしな事になっちまったぜ」
「けっ、これだからジジイはよぉ…さっさと方向転換するぞ!」
ぽつりと呟いた一牙に、翡翠は『お前が迷ったからだ』と毒づいて、またも噛みつく。
一人、走り出した翡翠の背中に、一牙はやれやれと、首を竦めたのだった。
なんだこの、ひどい胸騒ぎは…。
嫌な予感がする!
これは、ホントに急いだ方がいいみたいだ。
翡翠は、疾駆しながら体の形を歪ませる。
まるで、飴でも溶けるかのように、人間の姿が拉げて、あっという間に黄兎の姿に戻っていた。
「おう、随分と焦れてンじゃねぇか?」
走る翡翠のすぐ横に、赤毛の豹猫が並んできて、一牙の声で茶々を入れる。
「ったりめぇだ!あのババクソ(朱明の事)めえ、今すぐにでもぶちのめしてぇっ」
ギリギリと歯噛みする翡翠に、一牙は、目を三日月形に歪めてニヤリとした。
「ゆすらだって、ただ…やられるだけじゃねえと思うぜ?あの方は、そこらの雑魚なんか、比べモンにならねぇくらいに強いんだ」
「ああ…確かに、もの凄ぇ霊圧だもんな。しかも『始末人』だし」
なにか面白くなくて、鼻の頭に皺を寄せた翡翠に、一牙はぷっと吹き出して見せた。
「お前、ゆすらのオトコのくせに、随分と鈍いんじゃねぇ?」
「んなっ、なんだとうっ!」
「あんなに、霊圧の強い人間がどこにいる?あれは霊力なんかじゃなくて『妖力』だよ」
「ゆすら、人間じゃねぇのか!?」
翡翠は目を剥いて、動かしていた足を急停止させた。
「ふぅむ、人間だが…そうでもないとも言える。半妖なのさ。だが…どちらかといえば、ゆすらは妖怪側の人だな」
「妖怪って、属は!?種属はなんだっ」
一牙は、うろたえる翡翠を見て、面白そうにニヤリとした。
こんなに、動揺する翡翠を見たのは初めてだ。
余程驚いたんだろう、両耳が、ぶるぶると震えている。
「聞いても、ビビって死ぬなよ?ゆすらの本性は饕餮だ。ゆすらの父上が饕餮だった」
「とっ、饕餮…!?こここ怖くなんかねぇぞ?てか、普通に惚れ直したっ」
言葉とは裏腹に、饕餮と聞いて、一瞬にして凍りついた翡翠。
「ほ〜う?その割にゃ、逆立ってんぞ?毛皮」
「うっ、うるせえやい!さっさとゆすら奪還だっ」
背中の毛皮を逆立てて、翡翠はガリガリと、憤然として地面を引っ掻いた。
「へいへい、見栄っ張り君」
「るせぇ!まだ言うかてめーっ」
「バカ兎ー…見栄っ張りのバカ兎〜」
ぴょんぴょんと、跳ね回って翡翠をからかう一牙。
「歌うなっ、待ちやがれってんだ、コラ!」
「やーだね〜」
一牙のからかいに簡単に乗せられる、単純おバカな翡翠なのであった…。
『饕餮』とは冷酷無慈悲で、妖怪のランクとも言える妖力が桁外れに強い、最強の殺戮者の称号だ。
黒く、滑らかな体躯。
左右、赤と青の色違いの瞳・オッドアイを持つ。
再び走り出した二人の背を、砂混じりの大風が押した。
まるで、意志でもあるかのように…。
一路、目指すは蒿里!
「っくしゅん!やだ、カゼかしら」
と、ベタな反応をしたのはゆすら。
天然の水晶石に座る彼女には、びっしりと子兎たちがこびりついている。
「随分と気に入られたようだね、しかも寝てるのもいるし…」
傍に来た青蘿は、ゆすらの膝の上で眠る、子兎たちを見て微笑んだ。
ゆすらの膝の上で眠る子兎たち。
たまに小さな、すべすべとした耳が動いている。
「そろそろ中に入ろうか?冷えてきたからね」
「そうね、でも…この子たち、起こしてしまうのが可哀相」
ぎゅうと、背中から抱き締めてくる青蘿の手を撫でて、ゆすらは困った顔で笑った。
瞬間、大風が彼らを激しく殴る。
「ひゃあ、寒いよう」
人型になった緋呂が、ゆすらに強くしがみついたのを皮切りに、テラスにいた三人と数匹は、冷えきった夜風に追われて、宮内に逃げ込む形となった。
強風の吹き荒れる、テラスから避難してきたゆすら達は、一段落して暖炉前でまどろんでいた。
しかし、まどろみも束の間、暖炉の前でうとうとしていたゆすらは、子兎集団と、緋呂の集中攻撃に、またも撃沈してしまっていた。
「お…重いわよ、ちょっとぉ」
「だっこして〜」
「だっこ〜」
「お母さんみたい〜」
「お姉ちゃん、温か〜いvv」
「も〜う、こうなればヤケクソーっ」
甘えてくる、子兎たちを抱き締めて頬ずりすると、嬉しそうにはしゃぐ声が耳を擽る。
ゆすらは、緋呂(人型の)をだっこしたまま、榻に座る青蘿を振りむいた。
「あなた達のお母上は、どんな方?」
尋ねたゆすらに、青蘿は、紺碧の瞳を一瞬だけ、どこか悲しげに翳らせた。
「優しい人だよ…いつも、周りを包んで和ませてた」
「そう、会ってみたいなぁ、翡翠と、貴男のお母上だもの、さぞ綺麗なヒトでしょうね」
「残念だけど…それはムリだよ、もう消滅してしまった」
「消滅っ…て」
消滅、それがなにを意味するのか。
ゆすらだって分かっている。
父の最期を、見取ったことがあるからこそ。
妖は、滅多なことでは死なない。
それは、個体の寿命であったり、他の妖から受けた深手だったりさまざま。
目を剥いたゆすらに、青蘿は苦笑して見せてから語り始めた。
「うん、殺されたんだ…武器の材料として、人間に。だから父上は、君と翡翠を許せなかったんだね。俺たちは、滅多なことがない限り、人間には手出ししない。だけど、父上だけは考えが違うらしい」
「なら、どうしてあたしを助けたの?あたしだって、人間よ?」
ゆすらは、言葉の裏に潜む、深い憎悪を悟って、きつく唇をかみしめた。
「ゆすらは、全部が人間じゃないだろ?かなり、強い妖気を感じるから」
「‐‐――‐そっか、やっぱり人間には見えないか…容姿だけじゃ」
ゆすらは、一つ溜息をして、切なげに微笑んだ。
「ハーフだね、けどかなり妖に近い…。なんの種属か、聞いてもいい?」
心なしか、青蘿の顔が強ばっているように見えて、ゆすらは内心で自らを嗤った。
翡翠が、自分の本性を知ったときは、こんな顔をするのか、と。
「怖い?青蘿」
「うん、怖い…けど、知りたいんだ。教えてくれるかい?」
ひた、と紺碧の瞳に見つめられて、ゆすらはコクリと小さく頷いた。
「いいわ、本性を明かす。けど、キライになっちゃ嫌よ?」
「ああ、約束する」
緋呂と子兎たちは、緊張感がないというか…退屈して、いつの間にか眠っていた。
「ホントね?あたしは‐‐――‐‐―‐」
瞬間、ゆすらを、青い霧状のものが包んだ。
濃い霧のせいで、視界は全く見えない。
やっと霧が晴れて、現れたゆすらを見た青蘿は、戦き、座り込んでしまった。
まず青蘿が見たのは、赤と青…左右対称の瞳。
そして、深闇を固めたようで、滑らかで華奢な、狼の形をした妖怪だった。
「と…饕餮、まさか」
「これが、あたしの本当の姿。殆どは人間の方ので過ごしてるけどね」
饕餮になったゆすらは、フサフサと尻尾を振る。
「撫でても、いい?」
おそるおそる伸ばされた青蘿の手に、ゆすらは噛む振りをして、彼を散々にからかった。
「もう、人の悪い…程々にしてくれよぉ」
「だーって、面白いんだもん…そんなようなゲームが、昔あったのよ」
「うわぁ、マジで?ろくでもないゲームがあるもんだ」
ぞぞ〜っと、背中が寒くなった青蘿は、しきりに腕をさする。
「うふっ、翡翠と同じこと言ってる。やっぱり兄弟ね」
白く、繊細な指が、ゆすらのすべすべの毛皮を撫でていく。
優しい温みに、ゆすらは、気持ちよさそうに目を細めた。
「ちぇ…また兄さんだ、なんか妬ける」
「あら…」
背中に、小さな温みと重さを感じて、ゆすらは背中を振りむく。
振りむいた背中には、びっしりと子兎たちがくっついていた。
饕餮の姿が、全く怖くないらしく、もぞもぞと無邪気に、背中によじ登ろうとしているのもいる。
「あれま…チビたち復活〜…モテるねぇ」
ごしごしと目を擦りながら、緋呂が寄ってきて、甘えて言った言葉に、ゆすらは目を見張った。
「お…母さん」
「え…」
「寝ぼけてるだけだよ…緋呂は、母さんの顔を知らないんだ。きっと、ゆすらに母さんを重ねてるんだろうね」
「独りじゃない孤独と…独りの孤独、どっちが辛いのかしらね?」
切なそうに微笑む青蘿に、ゆすらはぽつりと呟いた。
自分に抱きついたまま、再び眠りに落ちた、緋呂と子兎たちに複雑な顔で微笑んでから、ゆすらは『今のはナシね』と首を竦めた。
「ゆすら?」
ゆすらが、なり代わった黒い獣は、伏せていた状態から、起きあがるようにして人間の姿に戻った。
湯浴みを終えて、部屋に戻ったゆすらは、ベッドに座ろうとして、一瞬その動きを止めた。
ベッドの衾が膨らんでいるのだ。
しかも、三つ連なるように。
時偶、もぞもぞと動く小さな侵入者に、ゆすらはくすくすと笑ってしまった。
「ここにいるのね、出ておいで?」
つんつんと、膨れた衾をつつくと、『きゃあ』『きゃあ』『きゃあ』と声がする。
「だから言ったじゃないか、すぐ見つかっちゃうって…別の場所にしようって、言ったのにぃ」
もぞもぞと、始めに顔を出したのは、茶色い毛皮の緋呂。
それに続いて、白と銀色の兄弟兎も、顔を覗かせた。
「あらまあ」
「ごめんね、お姉ちゃん…僕たち、お姉ちゃんが心配だったんだ」
「心配?」
きょとんと、首を傾げるゆすらに、緋呂はつぶらな瞳を、うるうると潤ませた。
その瞳は『叱らないで?お願い』と言っている。
彼らの心遣いが嬉しくて、ゆすらは子兎たちを抱きあげた。
「ありがとね、嬉しい。ふくふくしてて温かい」
ゆすらは、子兎たちを抱いたままで、ころんとベッドに転がった。
「お姉ちゃんも、いい匂い〜v」
「お母さんみたい、ふわふわしてる」
腕の中で、居ずまいを整えた子兎たちは、小さな体を精一杯、ゆすらにすり寄せて甘える。
次第にまどろんできたゆすらは、小さく欠伸をすると、ゆっくりと眠りの深淵に沈んでいった。
少し、休憩…。
そしてまた、次の日には元気に。
どんなことも、急ぎすぎは禁物。
翡翠の迎えが来るまで、のんびり行こうよ?
どうも、維月です。更新が遅くて済みません。
作中の、緋呂とゆすらのコンビが密かなマイブームだったり(笑)