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第34話 戦いの後。新たな少女?

 ゲートを通過した俺たちの目の前には、予想外の光景が広がっていた。


 ギルドの広間は先ほどまでとは全く異なり、張り詰めた空気に包まれていた。


 入口には衛兵が立ち塞がり、中央には精鋭らしき騎士団が整列している。


「え?なにこれ」

「騎士団?何故ここまでの数が……」


 カナデとレックスが小声で驚く。デイモンも不安そうに周囲を見渡している。


 その数は明らかに異常と呼ぶべきものであり、フレイアは眉間に皺を寄せていた。


「お、お父様……!?」


 フレイアが小さく呟いた。


 その瞳は、騎士団の先頭に立つ初老の男の姿を捉えていた。


 白髪ながら堂々とした風貌。

 周囲の騎士たちとは格別のオーラを纏っている。


「な、何故国王が?」

「それに、これほどの数の騎士……一体何が……」


 レックスとデイモンも動揺を隠せない。


 それはあちらも同じ様子であり、俺たちを見るや否や驚愕の声を上げた。


「まさか、生きて帰ってきたのか!?あの黒龍を討伐したとでも言うのか!」

「馬鹿な!?そんなこと、不可能なはず!」

「だが……確かに皆、無事に戻ってきて……!」


 どうやら色々と事情を知っているらしい。


 騎士たちの間に動揺が広がっていく。


「あ、あの……国王陛下、一体……」


 デイモンが問いかけようとすると、国王は慌てて身振りで遮った。


「すまない。あれは先代の国王が、やむを得ず専用の隔離ゲートに封印したものだ。我々にとっても、今回の出現は全くの想定外だった」


 国王の声は真摯だ。


 しかし、どこか取り繕っているようにも感じる。


「本来なら決して解き放たれるはずのなかった存在だが、ギルドの管理不足によって再び野に放たれてしまった。それを……」


 国王は俺の方へ視線を向ける。


 その瞳には賞賛──いや、それだけではない。


 僅かな恐怖が入り混じっている。


「貴殿が、アルドルフ殿の……?」

「あ、はい。息子です。一応……」


 ここはとりあえず、礼儀正しく接しておく。


 すると、国王は深々と頭を下げた。


 それを見て、後ろの騎士たちも一斉に敬礼する。


「そうか。噂には聞いていたが、ここまでとは。我が国の恥辱を雪ぐばかりか、多くの民の命を守ってくれたこと……深く感謝する」


 国王の言葉に、一同が沈黙する。


 目の前の男の謝罪は、心からのものに見える。


「他の皆も、よくやってくれた。我々の不手際で、貴殿たち未来ある若者を危険な目に遭わせてしまい、誠に申し訳なかった」


 国王はカナデたちにも敬意を払う。


 彼らは畏縮しつつも、丁寧に頭を下げていた。


「お、おやめください!国王陛下ともあろうお方が、我々のような平民に……」

「そうです。第一、私たちはミナト殿の魔力障壁の中でしたので……」


 レックスとデイモンが恐縮しきりで答える。


 一方、カナデはと言えば──。


「なんか照れちゃいますね。ありがとうございます、国王様」


 あっけらかんと礼を言う。


 このメンタルの強さは、流石と言うべきか。


「ただ……」


 国王の視線が、フレイアに向く。


 瞬間、先ほどまでの態度が嘘のように鋭い眼光へと変わった。


「フレイア、貴様は何を考えている。ギルドが緊急事態にあると知ってなお、潜入したな?」

「っ……」

「しかも、このような者たちを選抜するとは。これも全て、お前の考えか?」


 フレイアは唇を噛み締めている。


 顔色は蒼白だ。


 彼女は国王の質問攻めに沈黙を貫いている。


「フレイア……教官?」

「まさか……知っていたのですか?」


 レックスとデイモンの問いに、フレイアは俯いたまま答えず、国王の視線を避けるように目を逸らしている。


「申し訳ありません……ですが、お父様。これには理由があり……」

「黙れ!貴様の勝手な行動で、どれだけの者が危険にさらされたと思っている!」


 国王の声は激昂していた。


 周囲の騎士たちも困惑している。

 それは俺たちとて例外ではない。


「この件はエアハート内でも、王族と騎士団長のみに知らされた最重要案件。何故、このような場所に彼らを連れ出したのだ!」


 国王の詰問に対し、フレイアは黙り込んだままだった。


 顔は青ざめ、手は震えている。


 レックスとデイモンはすっかり怖気づいてしまい、カナデも困惑の表情を浮かべている。


「……申し訳、ありません」


 フレイアは膝を折る。


 その姿を見た国王は一度深呼吸し、表情を戻した。


「今回の件、フレイアは厳罰に処さねばならない。だが……幸い、犠牲者は出なかった。無論、娘を御しきれなかった責任は私にもある」


 国王は再び騎士たちに向かい、指示を出した。


「全員、配置に戻れ。ギルドの調査は明日以降、改めて行う。今日のところは休養を取るように」


 騎士たちは整然と敬礼し、退出していく。


 広間に残ったのは、俺たちと国王のみ。


「さて」


 国王は咳払いし、俺たちの方を見た。


「諸君たちは、セレニテスといったか。この度の働き、誠に見事だった。表沙汰にはできぬが、報酬はいずれ」

「いえ、そんな……」


 満更でもなさそうなレックス。


 一方、デイモンは言葉に詰まっている。


「私はフレイアを連れて王宮に戻る。詳しい話は追って伝えよう」


 国王はフレイアの腕を掴み、強引に立たせる。


 その眼差しは、厳しさの中にどこか優しさも込められているように見えた。


「行くぞ」

「はい……お父様」


 フレイアの声は弱々しい。


 しかし、最後に俺たちへと視線を送る。


 その瞳には、深い悲しみと僅かな希望が入り混じっているように見えた。


 フレイアはそのまま、父親に連れられていった。


 ギルド内部には、再び静寂が戻る。


 結果、その場に残されたのは俺たち四人だけとなった。


「何というか、凄いことになったな」

「黒龍のこともそうですが、ギルドが緊急事態とは……一体どういうことでしょう」


 レックスが首を傾げる。


 デイモンも考え込むような表情を浮かべていた。


「あの教官様、俺たちを騙してたのか?」

「それは……考えたくないね」


 カナデは複雑そうな表情をしている。


 会って間もない俺に比べ、他の三人はフレイアに少なからず信頼を寄せていたようだ。


 この反応も仕方ないだろう。


「まあ、今悩んだって仕方ないな。今日は解散しないか?」

「うむ、賛成だ。色々考えるのは明日でも遅くはないだろう」

「だね」


 俺の言葉にレックスが同調する。


 カナデとデイモンも頷き、立ち上がる。


 正直なところ、俺はフレイアが敵側だと疑っているわけではない。


 黒龍と遭遇した時は、明らかに彼女も驚いていた。

 俺が倒さなければ、あの場で自分自身も死んでいたのだ。


 利用されたといえばそうなのだろう。


 だが、今は深追いしない方が賢明だ。


 そのままカナデたちとギルドを後にしようとした時──。


「ん?」


 微かだが、気配を感じた。


 思わずその方向へ目を向ける。


 建物の陰。

 月光の届きにくい場所に見えたものは──。


「……子供?」


 それは間違いなく、フードを深く被った少女だった。


 ロングコートを纏い、顔のほとんどは影に沈んでいる。


 だが、その隙間から覗く瞳だけが、はっきりとこちらを見据えていた。


「…………」


 一瞬だったが、少女と目が合う。


 真紅の瞳。


 夜の闇に溶けるような、奇妙な光を帯びている。


 それだけではない。


 彼女から滲み出る微かな魔力の質が、どこか異質だった。


 魔獣とも違う。


 どこか冷たく、甘く、粘り気のあるような──今まで感じたことのない感触。


「ミナト?どうしたの?」

「ああ、今、あそこに……ん?」


 俺が指を示した先には、もう誰もいない。


 建物の影は、静まり返っているだけだった。


 さっきまでの紅い光も、人の気配も消えている。


「……誰もいないよ?」

「いや、確かに……」

「なになに?もしかして、お化けでも見たの?」


 カナデが冗談めかして笑う。


 声の調子はいつも通りだ。


 ……だが、目だけが笑っていない気がした。


「気のせいだと思うよ。今日、色々ありすぎたし、ミナトも疲れてるんじゃない?」

「……そうか?」

「うん。誰もいない、ね?」


 そう言いながら、彼女は俺の手を軽く引き、先に歩き出す。


「ほら、帰ろう?」


 俺は最後にもう一度だけ、後ろを振り返った。


 やはり人影はない。


 紅い瞳も、フードの少女も、最初からいなかったかのように消えていた。


 カナデに手を引かれながら、俺は小さく息を吐く。


 その時、前を歩く彼女の唇から、ほとんど聞き取れないほどの小さな声が漏れた。


「……今は……ね」


 風に紛れて、それ以上は聞き取れなかった。


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