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第30話 仲間の成長

「って訳でして、あれからの記憶がないんですよね」

「ふーん。そんなことがあったんだー」


 数日後の昼休み。レイヴンはルネサンスであったことをカナデに話していた。

 どうやら睡眠薬を盛られたという自覚はないらしく、こいつの中では露出度の高いウェイトレスとの楽しい記憶しかないらしい。


「あのまま行けばお姉さん達とより親密になれたのに……なぁ!ミナトもそう思うよな!?」

「ああ、だったらいいな」

「おう!流石に共に死線を潜った戦友だぜ!」


 バシッと肩を叩いてくるレイヴンに適当な相槌をする。 

 まさかあの店が帝国が絡んでるなんて言ったら、こいつはどんな反応を示すだろうか。


「女の子の前でする話題じゃないと思うんだけど。ミーナートーく〜ん?」


 何故かニコニコと笑いながら俺を睨みつけてくるカナデ。


「こいつが誘ってきたんだぞ。奢りだって言うからついて行っただけだ」

「へー。それで色んなウェイトレスさんに鼻の下を伸ばしてたんだー」   

「いや、俺は普通にジュース飲んでただけなんだが」


 いつの間にか俺が原因になってるような物言いである。

 流石に不愉快なので訂正しようとするが、レイヴンが遮ってくる。


「そうなんですよカナデ先輩!こいつってば最初は照れてたんですけど、俺が寝た後も楽しんだみたいで……」

「誤解を生む言い方するな。お前が盛られて寝てる間は別の店に行ってたわ」

「え?そうなの?」


 カナデがキョトンとした顔で首を傾げる。


 正直、彼女には事実を伝えるべきだとは思うが、今はフレイアからの報告待ちが安定だろう。


「カナデには俺がそんな性欲の塊みたいな男に見えるのか?」

「でも、ウェイトレスさんの大胆な格好を見て喜んでたんでしょ?」

「……男だからな。目の保養にはなった」

「なんと、素直に認めるんですねー」


 カナデが驚いた様子でこちらを見る。

 そんなウェイトレスの片目を潰して尋問まがいをしたなどと知ったら、どんな顔をするだろうか。


「とにかく、あんな店には二度と行かないと誓おう」

「俺はまた行きたいけどな!カナデ先輩も一緒にどうっすか!?」


 レイヴンがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらカナデに迫る。

 年頃のカナデをあの店に連れて行く度胸だけは評価したい。


「うーん。うん、わたしも行ってみようかな」


 行くんかい。


「っしゃあ!じゃあカナデ先輩、放課後行きますよ!ついでにデートもしません?」

「あー、ごめんね。わたし、部活入ってるから」


 容赦なくフラれたレイヴンが床に崩れ落ちる。

 自業自得とはいえ、哀れな男である。


 食堂の喧騒は続き、平和な昼休憩。

 前世での日々とは雲泥の差だ。だが同時に焦燥感もあった。


「お、おい!ミナト!」


 不意にレイヴンが声を上げる。視線の先を追えばフレイアがこちらへ歩いてくるのが見える。


「ごめんなさいね。食事中だった?」

「いや、片付けるところ」


 フレイアは少し申し訳なさそうな表情をしている。

 どうやら用件は軽いものではなさそうだ。


「放課後、第二会議室に来て欲しいの。ちょっと重要な話があってね」

「学院関連のことですか?」


 カナデが尋ねる。フレイアは首を横に振りながら答える。


「いえ……多分、ミナトくんの方はよくわかってると思うけど」

 

 その言葉だけで俺には大体の事情が読めた。

 数日前のルネサンスの一件と関係があるのだろう。


「分かった。放課後にすぐに向かう」

「助かるわ。カナデちゃんには初報告になると思うから、お願いね」

「はい、わかりました」


 それだけ言い残し、フレイアは食堂を後にしていく。

 その後ろ姿が見えなくなるまで俺たちは見守った。


「え?何、二人、フレイア王女となんかあるの?」


 レイヴンの問いかけにカナデは苦笑する。


「秘密かなぁ。ほら、食べ終わったなら教室戻ろ」


 空になった食器をトレーに乗せカナデは立ち上がる。俺もそれに倣い立ち上がった。

 レイヴンだけが残念そうな表情で呟く。


「なんだよ。せっかく楽しい話になってきたのにな〜」

「また今度な」


 ぽんぽんと背中を叩き席を立つ。残されたレイヴンは不満そうに頬を膨らませていた。


「セレニテスとしての初活動……といったところでしょうか。成長の糧となるといいですね」


 遠目で一人食事を取る元メイド。


 その視線に気づいたカナデは不快そうに眉根を寄せるのであった。





 やがて放課後。指定された会議室の前に俺とカナデは佇んでいた。

 扉を開けると室内には既にフレイアだけでなくデイモンやレックスも集まっている。


「ご無沙汰している、ミナト殿。カナデさんもご苦労様」

「先輩!もう体は大丈夫ですか?」

「ええ。この前は自分だけ気を失って情けない姿を晒してしまいまして……」


 カナデはデイモンと挨拶を交わし室内を見渡す。

 巨大なテーブルと椅子のみがある簡素な部屋。壁一面の魔力シールドや防音機能を見るに重要な情報共有に使う部屋なのだろう。


「揃ったわね。じゃあ早速本題に入りましょう」


 フレイアが一同の注目を集める。


「初めて聞く人も居るかもだけど、ミナトくんは数日前、ルネサンスという店で事件に遭遇したわ」

「事件?」


 カナデが首を傾げる。事前に何も知らされていないから当然の反応だ。


「帝国が絡んでると思われる違法接待施設の摘発よ。偶然居合わせた彼が手助けしてくれたの」

「え?じゃあさっきのって……」


 カナデが驚いた様子で俺を見る。

 昼間の時に話してた内容がまさかこんな裏があるとは思わなかっただろう。


「捕まえたやつから何か情報は掴めたのか?」

「残念ながら彼女達もただの下請けでね。上層部については何も知らない。ただ確実に組織ぐるみって事だけは確かでしょうね」

「では、これを機に国王は……」

「すでに騎士団を使って捜査をしているわ。ただ……」


 レックスの言葉にフレイアが難しい表情を見せる。

 それを見たデイモンが続けた。


「騎士団だけでは限界があります。元よりエアハート王国は武力を抑えられている側面がありますから」

「そうなのか?」


 初耳だった。


 フレイアはまだ学生とはいえクロフォード王国でも通用する実力を持っているし、それはレックスやデイモンも同様だ。


 特にフレイアとサシでやって勝てるのは親父やミリウスを除けばアルフェンくらいだろう。


「まぁミナトくんのところと比べればって話ね。エアハートの騎士団の規模だけは大きいけど個人の実力は平凡。自慢じゃないけど、あたし達が入れば真っ先にトップ層になれるくらいには武力に乏しいのよ」


 フレイアが自虐的に笑う。


 しかし、その目は冗談ではなく真剣そのものだ。


「このセレニテスの設立もあたしの独断だから公的な支援は全く得られないし。組織というのも建前であくまでも『志を同じくする学生』って形でしか認識されてないでしょうね」

「前に言ってたな、クロフォードの力を借りるのは父親が反対してるって」

「ええ。お父様は自国の問題には他家の力は介入させたくないっていう考えだから。ほんと、何の為の同盟国なんだかって思うけど」

「そうなると……今のままだとやっぱり戦力不足じゃないのか?」


 俺の疑問にフレイアは頷く。


「もちろん。これからも有力な人材は確保していくわ。ただそれ以上に今のあたし達が目指すべきは……」

「実力向上……だね」


 フレイアの言葉を遮ってカナデが告げる。


「あたしも、あの時のミリウスさんとの模擬戦で身に沁みてわかったわ。学園最強なんて持ち上げられて来たけど、今のままじゃどうにもならないって」


 カナデだけでなく、フレイアも、デイモンもレックスも決意を固めた顔つきだ。

 どうやら、先日の敗北は確実に彼らに強い影響を与えたらしい。


「正直、帝国との戦いはクロフォード王国の協力を仰がないと厳しいと思うわ。帝国側もそれが分かってるからこそ、クロフォード王国には友好的に接しているのでしょうから」


 フレイアの言葉に、アリスとの交流戦を思い出す。


 奴ら的にはあの試合はこちら側の戦力を測る目的もあったのだろう。


「話は分かった。ただ、聞けば聞くほど切羽詰まり過ぎてるようにしか見えないんだが」

「あら、そうでもないわよ。だって……」


 フレイアはこちらに満面の笑みを浮かべる。


「帝国の魔力発展に貢献した天才、アリス・ルノワールが手も足も出ず、彼らが最も恐れるクロフォード王国国王、 アルドルフ・クロフォードをも上回るあなたがこちら側にいる。それだけで充分よ」


 その言葉に、レックスとデイモンは驚愕の表情を見せた。

カナデは……少し寂しげな表情だが。


「まあ、だからといって勝ちが確定するわけじゃないし、あたし達も努力は惜しまないわ」


 フレイアの強い言葉。彼女らがこの危険な道を歩み続ける覚悟は相当なものだろう。


 その覚悟の重さが伝わり、俺は小さく溜息をつく。


「まあ、出来る限りで応えてはみる」

「ええ。頼りにしているわ。ミナト・クロフォード第二王子殿下」


 フレイアは優しく微笑む。

 しかし、瞳の奥には熱い闘志が灯っていた。


「でも、ずっとミナトに頼るわけにもいかないよね。わたしたちも頑張らないと」


 カナデが握り拳を作る。

 表面上は笑顔を作っているが、ミリウスとの戦いで負った傷が完全に消化出来ていないのは明らかだ。


「大丈夫よ、カナデちゃん。むしろ本題はこれからだもの。全員この後、予定は空いてるかしら?」


 全員が頷く。フレイアはニヤリと笑うと立ち上がる。


「そう。なら早速実地訓練と行きましょうか」

「実地訓練……ですか?」

「ええ。実力をつけるには机上の空論ではダメ。実際に現場で経験を積むのが一番よ」


 レックスが興味深そうに眉を上げる。デイモンは少し警戒したようにフレイアを見つめている。

 カナデは……既に目を輝かせている。どうやら先日の敗北から早く挽回したかったようだ。


「具体的にどういう訓練なんだ?」

「魔獣退治よ。エアハートには王立ギルドがあるの。そこで依頼を受けて魔獣討伐に挑む。力を磨くには最適でしょ?」


 ギルドと来たか……確かに、今のカナデたちの訓練としては最適だろう。

 数年前には、親父にバレるまで第二王子の権限を利用して依頼を受け、魔力量を鍛えていたこともある。

   

「それは効果的ですね。我々には実戦が足りないと常々思っていました」

「同意します。ただ……相手は魔獣ですか?私達だけで対処できるレベルかどうか」


 レックスは即座に賛同したがデイモンは慎重派らしく懸念を口にする。


「学院屈指の実力者が四人揃ってるのよ?しかもそこに……」


 フレイアは俺を見て意味深な笑みを浮かべる。


「俺が保険役としてついてくんだろ?」

「察しがいいわね。いざという時はお願いしたいわ」


 やはり予想通りだった。


 こっちとしては別に構わないが、あくまでサポート役ということらしい。

 

「詳しい事情は現場に着いてから説明しましょう。それじゃあみんな、準備ができ次第校門前に集合ね」


 フレイアの号令に従い、それぞれが素早く部屋を出ていく。


 こうして、セレニテスメンバーによる初めての実地訓練が始まるのだった。

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