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第28話 ミリウスの初陣

「まずはあたしから行くわ」


 フレイアが最初に動いた。

 その身体を中心に魔力が噴き出し、訓練所全体を覆うかのような巨大な波となってミリウスへ迫る。


「遅いです」


 ミリウスは魔力を込めた右手を一閃した。


 まるで蜘蛛の巣を払うかのような動作。

 それだけでフレイアの魔力波は切り裂かれ、四散した魔力が火花のように宙を舞った。


「へぇ……あなた、やっぱり普通じゃないわね」


 フレイアが舌打ちすると同時に、カナデが仕掛ける。

 手元に魔力の刀を作り出し、ミリウスの死角から斬りかかった。


「見えていますよ」


 ミリウスは最小限の動きで、その斬撃をかわす。


 同時に、彼女の袖から銀色の何かが放たれた。


「……な!?」


 カナデが危険を察知して身を翻す。

 だが、僅かに間に合わない。


 首筋を掠めたのは、薄く光る一本の糸だった。

 肌に触れた瞬間、それが僅かに緑色の光を帯びたのが見えた。


 カナデが戸惑った表情を浮かべると同時に、フレイアが叫ぶ。


「離れて!毒か何かかも!」


 その警告に、レックスとデイモンも即座に距離を取った。

 ミリウスは不敵な笑みを浮かべながら、糸を指先で弄んでいる。


「いや、あれは……」


 恐らく、魔力そのものを糸状にしたものだ。


 ミリウスが魔力を軸にした戦法を取るだろうとは思っていたが、この形状は興味深い。


 実体のある武器に魔力を纏わせるのではなく、細く練り上げた魔力を直接操っている。

 武器を生成するという点では俺と似ているが、あれだけ細い形状を保ちながら自在に動かすとなると、相応の操作精度が必要になるだろう。


「ふむ、運だけはいいようですね、カナデ様」


 ミリウスの両袖から、無数の銀糸が放出される。

 それらはまるで生き物のように宙を舞い、訓練所の壁や床へ張り付いていった。


「デイモン、間違いなくあの糸が要だ!彼女が仕掛ける前に我々で切るぞ!」

「了解!」


 レックスの呼びかけに、デイモンが応じる。


 正面から魔力を溜め込み、突進するレックス。

 その陰で、デイモンは指先に魔力弾を生成し、天井へ向けて放った。


「これは大胆な。しかし……」

「うぉらあ!」


 レックスの拳が、轟音と共に魔力糸を叩く。


 同時に、デイモンの魔力弾が天井で炸裂した。

 砕けた瓦礫が、二人とミリウスの間へ降り注ぐ。


「ぐあっ!?」


 瓦礫の一部がデイモンに命中し、彼は膝をついた。


 自分まで巻き込むとは、随分と無茶をする。

 だが、落下する瓦礫で相手の視界を遮ること自体は狙い通りだったらしい。


 デイモンは姿勢を低くしたまま、瓦礫の陰から無数の魔力弾を発射する。


 その数、二十近く。

 逃げ場を奪うように広がった魔力弾が、ミリウスへ殺到した。


「ふん、甘い」


 ミリウスは張り巡らせた糸の一部を一気に引き戻し、盾として展開する。

 編み上げられた銀色の壁が、魔力弾の雨をすべて弾いた。


「その言葉、そっくりそのまま返すわよ!」


 いつの間にか、ミリウスの背後を取っていたフレイアが両手を組む。

 その掌中から放たれたのは、渾身の魔力圧縮攻撃だった。


 だが、ミリウスは振り向きもせずに糸を操作する。


 天井へ伸ばした糸を引き、身体を宙へ跳ね上げた。

 上下を反転させるような動きで、フレイアの攻撃を回避する。


 しかし、その先には既にカナデが踏み込んでいた。


「逃がさない……よっ!」

「ぐっ……!」


 着地の瞬間を狙った一撃が、ミリウスの左肩を掠める。


 カナデは止まらなかった。

 間髪入れずに追撃をかけ、素早い剣戟でミリウスを後退させていく。


 糸を操るよりも早く、次の斬撃が迫る。

 それをかわそうとしたミリウスが体勢を崩し、尻もちをついた瞬間──。


「レックス!今よ!」

「うぉぉぉぉっ!!」


 怒号と共に、レックスが全身に魔力を漲らせて跳躍した。

 その巨体を活かしたタックルが、ミリウスへ正面から叩き込まれる。


「しまっ──」


 流石のミリウスも、対処が間に合わなかった。


 豪快に吹き飛ばされた身体が、訓練所の壁へ激突する。

 鈍い衝撃音と共に壁面へ亀裂が走り、土煙が舞い上がった。


「いい連携だな」


 思わず感心の声が漏れる。


 個々の実力だけで見れば、おそらくミリウスが頭一つ抜けている。


 それでも、正面から圧力をかけるレックス、遠距離から隙を作るデイモン。

 そこへフレイアとカナデが時間差で畳み掛け、最後にレックスの一撃へ繋げた。


 誰か一人の攻撃を防いでも、次の攻撃が待っている。

 四人で戦う意味が、ちゃんとある。


 特にカナデは、以前より明らかに動きが良くなっていた。

 ミリウスの糸を警戒しながら死角へ回り込み、フレイアの攻撃を避けた直後を狙った判断も悪くない。


 少し前なら、勢い任せに突っ込んで返り討ちに遭っていただろう。


(ちゃんと強くなってるんだな……)


 本人が聞けば調子に乗りそうなので、口には出さないが。


 ただ──。


「これで終わり……じゃないわよね、残念ながら」


 フレイアは警戒態勢を解かず、土煙の向こうを睨み続けていた。

 その判断は正しいだろう。


「なるほど……口先だけでないことは認めてさしあげます」


 ラッシュを受けたミリウスが、ゆらりと立ち上がる。


 まともに受けていれば、骨折していてもおかしくない衝撃だった。

 だが、激突する寸前に全身へ魔力を纏わせ、防御を固めたのだろう。


 そこそこのダメージは入ったようだが、戦闘不能には至っていない。


「そんなあなた方に敬意を表し、力を出しましょうか」


 ミリウスの体内に、魔力が収束していく。


 やがて放出されたそれは、周囲に張り巡らされた糸へと流れ込んだ。

 銀色だった糸が、まるで脈打つように赤黒く輝き始める。


「フレイア教官、これは!」

「まずいわね、全員警戒を!」


 デイモンとフレイアが叫ぶ。

 だが、ミリウスは既に動き出していた。


 右手の人差し指を軽く振ると同時に、訓練所の天井へと跳躍する。


「……!やらせない!」


 カナデが素早く追う。


 しかし、その刃が届くより早く、ミリウスは糸に身体を預けて空中を移動していた。

 残されたのは、天井から垂れ下がる無数の糸だけだ。


「どうしました?もう追いかけっこは終わりですか?」


 挑発的な声と共に、訓練所全体が振動し始める。


 壁や床に張り付いていた糸が、一斉に浮き上がった。

 それらが網状に編み合わさり、四人の周囲を包み込んでいく。


 逃げ道が閉じる。


 次の瞬間、赤黒い網が急速に収縮した。


「うわぁぁっ!?」

「な!?」

「これは……!」

「くそっ、離れ……!」


 四人が一斉に声を上げる。


 四方八方から伸びた糸が四肢を捕らえ、首元や胴体へも巻きついていく。

 全員が抵抗を試みるが、糸は千切れない。それどころか、もがくほど身体へ食い込んでいた。


「なっ……なんだこれ……!」

「糸が魔力で硬化してる……!」


 レックスが呻きながら力を込める。

 だが、その腕力でも糸はびくともしない。


 デイモンは呼吸を乱し、既に意識を失いかけていた。


「無駄ですよ。魔力を最大限に込めることで金属以上の硬さを持たせました。私(わたくし)に劣る魔力量のあなた方ではどんなに頑張っても抜け出せません」


 ミリウスが、パチンと指を鳴らす。


 糸が引かれ、四人の身体がそれぞれ壁際へ固定された。


 先ほどまで見事な連携を見せていた四人が、今は誰一人として武器を振るえない。

 ミリウスが仕掛けを作動させてから、ほんの僅かな時間しか経っていなかった。


「くっ……うっ……!」


 カナデが歯を食いしばる。


 糸に四肢を取られながらも、どうにか抜け出そうと魔力を練り続けていた。

 だが、それすらミリウスの糸を断ち切るには足りない。


 その表情に浮かぶのは、屈辱と悔しさ。

 そして、抵抗が通じないことへの恐怖だった。


 普段の彼女を知る俺からすれば、見ていて痛々しい。


 もう勝負はついている。

 これ以上、続けさせる理由はなかった。


「さて。もはや勝敗は決したも同然ですが、せっかくです。是非新技の実験台にでもなってください」


 その言葉と共に、ミリウスが右手を掲げる。


 ……一体、何をするつもりだ?


 彼女の掌へ魔力が集まり、瞬く間に球体を形成した。

 赤黒い炎がその表面を包み込み、周囲の空気を揺らめかせる。


「な!?」

「ま、待て!それはいくらなんでも……!」


 フレイアの顔が驚愕に染まり、レックスが声を上げる。


 しかし、ミリウスは構わなかった。

 抵抗できない四人へ、ゆっくりと掌を向ける。


「……死ね」


 その声を聞いた瞬間、俺の中で何かが切り替わった。


 ──これはもう、模擬戦じゃない。


「そこまでだ」

「っ!?」


 炎球が放たれる寸前、俺はミリウスの右手を掴んだ。

 そのまま四人から狙いを逸らし、誰もいない壁面へ掌を向けさせる。


 直後、撃ち出された炎球が壁に命中した。


 赤黒い炎が弾け、訓練所を轟音が揺らす。


 舞い上がる粉塵の中、俺はミリウスの手首を掴んだまま、その顔を見据えていた。

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