〔落語〕俺の推しはお菊さん
皆様、番町皿屋敷の怪談はご存知ですか?
お菊という幽霊が「一枚、二枚、三枚……」と皿を数える怪談。聞いたことあるでしょ。「九枚」を聞いた人は狂い死にするという怖〜い話です。
落語には、そんなお菊が出てくる「お菊の皿」という噺があります。お菊さんが美人だと話題になって、沢山の見物客が集まってしまう。今で言うなら、アイドルのライブみたいなものでしょうね。
もちろん、推し活もあったんじゃないでしょうか……
「うわぁ~!」
丑三つ時だと言うのに、多くの人たちが騒ぎながら走ってくる。この人たちは、お菊の井戸の見物客で、「九枚」の声を聞く前に逃げてくるってのがお約束だ。
「今日のお菊さんも美人だったなぁ」
「八枚の声が聞こえたときにゃ、死んだかと思ったよ」
みんなで感想を言い合いながら、ぞろぞろと帰って行く。
その様子を眺めながら、二人の男が酒を飲んでいた。
八「なあ、熊よ。お前……最近、お菊さんに会いに行ってないみたいじゃないか」
熊「そうなんだよ」
八「どうしたんだ、あんなに熱を上げていたのに」
熊「何というか。お菊さんが人気すぎて、会いに行きづらくなったんだ」
八「どういうことだ? いつも最前列の席で見てたじゃないか」
熊「あの見物席は有料なんだ」
八「あそこ、金取ってんの!? まじかぁ。もしかして、それで金が足りなくなったのか?」
熊「いや、年間で押さえてあるから、何回行っても大丈夫だ」
八「年パスぅ!?……それじゃあ、行かないと損じゃないか。そんなに好きなのに、どうして行かねぇんだよ。」
熊「何と言ったらいいかな。俺って、お菊さんが今みたいに人気になる前から、皿屋敷に通っていただろう」
八「ああ。確かにお前は古参のファンだな」
熊「最近来るようになった奴らが、『お菊ちゃ〜ん!』なんて声掛けをやりやがるんだ。風情ってものが分かっていない」
八「他人の推し方にモヤついてるんだな」
熊「お菊さんに、あんな奴らと同じだと思われたくないというか……」
八「推しに他のファンと同列に見られたくないんだな」
熊「というか、お菊さんを好きな他の奴とは一緒に居たくない」
八「同担拒否ってやつだな。お前さん、ずいぶん面倒くさいな」
熊「だから行かない」
八「でも、お菊さんには会いたいんだろ?」
熊「会い……たい……」
八「皿屋敷の周りには屋台も並んでるじゃないか。それだけでも楽しんできたらどうだ。お菊さんの饅頭や人形焼、団子なんてのもあったぞ」
熊「ああ、全部食べた」
八「お菊さんの絵を描いた錦絵や風鈴なんてのも……」
熊「全部買った」
八「錦絵もコンプ済みだったか」
熊「錦絵には、握手券というのが付いているんだ」
八「握手会もやってるのか!」
熊「お菊さんは幽霊だから、握手どころか触れられやしなかった」
八「詐欺じゃねぇか」
熊「……もう、俺だけのお菊さんじゃねえのかも知れねえな」
八「はじめから、お前のものじゃないけどな」
熊「お菊さんは自分だけで楽しみたい。他の奴らがお菊さんを応援していること自体が嫌なんだ」
八「こじらしてるなぁ」
熊「自分でもそう思う。だが、この気持ちは抑えられねえ」
八「……何かするのか?」
熊「お菊さんの『九枚』の声を聞いて、俺は死ぬ。お菊さんに呪い殺されるなら本望だ」
八「む……そうか。お前がそこまで言うなら止めやしねぇ」
次の日の夜。八は無言で、熊を送り出す。
熊は、神妙な決意に満ちた顔で最前列の席に陣取った。
時は丑三つ時。
今日も大入り。皿屋敷には満員のお客さん。立ち見客も並ぶ。
井戸からお菊さんが現れると、会場から大きな拍手が沸き起こる。
菊「皆、来てくれて、ありがと〜」
観客から「かわいい!」「美〜人」などと声が上がると、お菊さんは手を振って笑顔を見せる。
菊「行くよ〜。一枚……、二枚……」
その声に合わせて、手拍子が始まる。
井戸の周りの観客たちに、不思議な一体感が生まれ、広がっていく。
菊「三枚……、四枚……」
提灯を握った一団が、綺麗に揃ったダンスを踊る。
合いの手を打つような声掛けも入り、雰囲気はどんどん躍動的になっていく。
菊「五枚……、六枚……」
会場のボルテージが最高潮に達した所で、皆が逃げ出す。「九枚」を聞く前に皿屋敷から逃げ出さないといけない。
しかし、押し合い圧し合い、お客の数が多過ぎて、進むことができない。
菊「七枚……、八枚……」
熊は腕組みをして動かない。
周りの人たちが慌てているのを横目に、「俺はお前たちとは違うんだ」と呟く。
菊「九枚……」
逃げ遅れた人たちから「もうダメだぁ」と絶望の叫び。
熊は覚悟を決めて、ふんぞり返る。
熊「そんなことで慌ててるようじゃ、本当のお菊さんのファンじゃない!」
菊「十枚……、十一枚」
熊「は?」
観客たちも異変に気付いて、振り返る。
菊「十二、十三、十四、十五、十六、十七、十八枚……おしまい」
皆、呆気にとられ、「え?」「なんだ?」と戸惑いの空気が広がっていく。
お菊さんの真ん前に居た熊が、狼狽えるように立ち上がって聞いた。
熊「お、お菊さん、どうしてそんなに沢山数えちまったんだい?」
菊「明日休みもらうから、明日の分も数えたのさ」
熊は、ぐだぁっとうなだれて、八の所へ戻ってきた。
熊「……俺、ファン、やめよっかな」
八「じゃあ、お菊さんはさらに人気者になるな」
熊「なんでだよ」
八「推しも推されぬアイドルだから」
お後がよろしいようで




